第二章「予想外にも」―1
リューセムの言葉に、誰も、動けなかった。
ただ、唇を噛み締めていた。
「そう、ですか……」
リューセムは溜息をつくと、フェムリヴドとリウェムスに向き直った。
「二人に命じる」
「はっ」
「はいっ」
それを聞き、思わず六人は身構えた。
すると、何とも予想外のことを、リューセムは口にした。
「私はしばらく寄り道をして、帝都には戻らない。其方らは、それを部隊全員に告げよ」
その言葉に、六人は思わず目を剥いた。
フェムリヴドとリウェムスは少し驚いた顔をしたが、それだけで、
「了解しました」
と言って、本当に天幕の外へ出て行った。
フェムリヴドとリウェムスは淡々とそれに従ったが、リューセムが下したそれは、反逆とも裏切りとも取られて仕方のないような命令だ。
と言うより、それ以外の何ものでもない。
「どど……どういうことですっ?!」
最初に声を上げたのは、リラだった。
「そのままの意味だ。私は、どうやら皇帝に嫌われているらしくてな。最も可能性の薄いこちらの方向へ回されたのも、そういうことだ。まあ、お三方は本当にこちらにおられたが」
リューセムはあっさりと言うと、不意に厳しい顔になった。
「まあ、私としては、其方らを帝都に連れて行ったとしても、むしろ疑われる可能性の方が高いと踏んでいる」
「疑われる……とは?」
その呆然とした言葉に、リューセムは苦笑して言った。
「つまり、簡単にお三方が逃げられたのは私達が協力したからで、私達が連れ帰ったのは、だからこそ今どこにいるのかを知っていたからということになり、そして何故お三方に協力したのに裏切ったのかと言えば、功績を上げる為ということになる」
その言葉に、思わずリラは立ち上がっていた。
「そんなっ! そんなの、ただの屁理屈ですっ!」
だが、リューセムは首を振って言った。
「いいや、陛下ならばやりかねん。あの方は七割が屁理屈で、三割が我儘と自儘でできているからな」
……屁理屈とは、つまりは我儘、自分勝手なことなのではないだろうか?
つまり、十割が十割、我儘しかないのではないか?
だが、そういった疑問を口にする余地はなかった。
ミリーメイとメイファとリューシュンは、無言で頷いて、それを肯定している。
「それで? 帝都に戻らない……つまりは、この三人を連れ戻さないということ、ですよね。それでは、貴方方は一体どうなさるおつもりですか?」
マウェが、何とも読めない微笑を顔に浮かべて言うと、リューセムも何とも言えない笑みを浮かべて言った。
「その前に、其方らはどこに行こうとしていた?」
その言葉に、ミリーメイが答えた。
「ウェブラムの森です。リラさん達はそこで《ウェルクリックス》を捕まえなければならないのですが、私達はそれに協力しようかと。巫女が一人よりも三人の方が、確実に《ウェルクリックス》を捕まえる確率は上がります。それに、何かあった時の為に、腕の立つ人は多ければ多い方が安全ですし。それにリラさん達が帝都に行った時も、リラさんが捕まえたのではなく、私か娘が捕まえたことにすれば、お二人の村……メイラン村は潰れずに済みます。それに、普通追われているとなれば、すぐさま国を出ようとするでしょう? 寄り道をするなどという酔狂は起こさないはずです。だから、却って寄り道をした方が、裏をかけるかなぁと思いまして」
そこで、ミリーメイは苦い顔になった。
「ですが、ウェブラムの森は……まず、入ることすら難しそうで。何しろ、いくら腕が立っても、道具がなければ何ともしようがありませんから」
その言葉に、リューセムは薄く笑いながら言った。
「ならば、我らが手伝おう。要は、道が作れればいいのだろう? 我らは皆帯剣しておるし、予備としてだが戦斧も持ってきている。協力するのに何ら問題もない」
その言葉に、リューシュンが軽く腰を浮かせて言った。
「な……ラムドウェッド卿? 一体、どうして……」
「何、ただの気紛れだ。それに、最初にも言ったと思うが、私はウェブラムの森に関心がある。だから、それもあるな。何しろ、簡単に帝都には戻れん。あのような命令を出した以上、陛下の在位ももう長くはないだろうが……」
その言葉に、リラが首を傾げて言った。
「あのような命令、とは……もしかして、メイファさんを、その……自らの、妃にするという……?」
「ああ。さすがにそれはまずい。非常に、まずい。そろそろ、貴族の誰かが密かに動き出していても可笑しくはないな」
あっさりと言うリューセムに軽く絶句しながら、ウィオは溜息をついた。
「……それで、その……こちらに協力しても、大丈夫なんですか?」
ウィオのその言葉に、リューセムは微笑して言った。
「大丈夫だ。何の問題もない」
そして、立ち上がって言った。
「我々は、其方らに全面的に協力しよう。何しろ、下手に戻るとこちらの命が危うい」
そう言ったリューセムの瞳には、強い決意の光があった。
それを見たウィオは、思わず苦笑を洩らした。
その色を浮かべた人間は、余程のことがない限り、決して自らの意見を翻さないだろうということを知っていたから。
そして、不思議に思った。
何が、彼をここまでさせているのかと。
(普通、興味があるからってここまではしねぇよな……いくら命が危ないからって、ここまでは……普通、見て見ぬ振りすんじゃねぇのか? 一体……何でだ? ……まあ、いっか。協力してくれるっていうんだし。こっちには何の不利もない話だよなぁ)
ここで楽観的になってしまうのが、ウィオと言う人間なのだろう。
他のメンバー、特にマウェやミリーメイは、そこまで楽観的になってはいなかった。
まあ、これは二人が大人だということもあるだろうが。
ウェブラムの森には、結局シャーラーヴ隊の三十人全員も行くことになった。
しかも、三十頭の馬も連れて。
リラは、
(最初は三人の予定だったのに、どうして三十六人っていう大人数に……)
と、頭が痛くなるような思いをしていた。
(そりゃあ、軍人がいた方が便利なのは分かってるけど……でも、何だか怖い……)
リラは、チラッとウィオを見た。
(ウィオは……怖くないのかな? まあ、ウィオは剣の腕が立つし、怖くないのかも知れないけど……こんな大勢の軍人、もしこっちを押さえようとしたら、こっちはたったの六人で、向こうは三十人もの大人数……絶対に、敵う訳がないわ)
思わず、リラは落ち込んでしまった。
(……そうよ。いくらこっちに三人腕が立つ人がいて、三人が巫女でも、三十人が相手じゃ無理よ……)
「お~い? どうした? リラ。行くぞ?」
ウィオに声を掛けられ、リラははっとした。
「え、あ、うん」
さすが三十人の軍人の力は強く、もう既にウェブラムの森への入り口は簡単に切り開かれていた。
そのことに軽い呆れを感じながら、リラは他の仲間と共にウェブラムの森へと足を踏み入れたのだった。




