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旅中記  作者: 琅來
第Ⅱ部 禁域の杜の社
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第一章「危殆に瀕す」―1

 彼らは、しばらく呆然と立ち竦んでいた。

「……行く、か?」

 思わず、ウィオが疑問形で訊ねてしまったのも、無理はない。

「道が……ないんだけど……」

 いつもはしっかりしているリラも、呆然と呟いている。

「まさ、か……ここまで、とは……」

 冷静沈着で、滅多に声を荒げたり激したりしない、達観していると言えば聞こえはいいが、どこか悟っているようなマウェも、さすがに茫然自失、ひたすら唖然としている。

「……まあ、何十年も……下手したら、百年前から、ずっと、人入ってないん、だし……しかも、聖域……だから、それより前も、滅多に、入ることなかったんだろうし……こうなってるって、想像してなかった、私達が……甘かった、ってこと……なのかしら、ねぇ?」

 ミリーメイは、呆然としているというよりも、ひたすら呆れ返っているようだ。

 リューシュンとメイファは、既に言葉もない。

 マウェは奴隷で、幼い頃からあちこちを回っていて、ミリーメイは元はと言えば農民で、ウィオとリラは現在進行形で農民なので、まだ少し耐性はあった。

 だが、リューシュンとメイファは産まれた時から皇家の血を引く高貴な子供で、今まで都の外にすら出たことがない、純粋培養の皇女様と皇子様だ。

 普通の森や山ですら驚くような人間が、この鬱蒼と茂っている森を……もう道すらなく、何だか生暖かい風が吹いてきて、とても不気味な森を見て、言葉を発せる訳がない。

「と……とにかく、行かねぇと……いつまでも、ここで時間潰す訳には……いかない、し」

 ウィオはそう言うと、茂っている森の隙間から、顔を覗かせた。

 だが、その顔が軽く引き攣る。

「……奥が見えねぇー……」

「ウィ、ウィオ……進め、そう?」

 いつの間にか、リラもウィオの隣に来ていた。

「……切り払ってけば……多分。でも……その切り払う道具が、なぁ……」

「ない……わよ、ねぇ……」

 六人は、思わず考え込んでしまった。

 マウェはほとんどのことができるので、勿論武術もでき、更には護衛と傍仕えを兼ねたようなことも結構やっているので、剣が使える。

 ウィオは元々騎士になりたかったので、剣の腕も相当なものだし、リューシュンは皇帝の甥っ子であり、近衛隊から直々に剣を習っていたのだ。

 つまり、男達三人の腕っ節からすると、道具さえあれば、ここを切り開けるのだ。

 だが……その道具は、ない。

 ちょっとした短剣はあるが、それでは、あっと言う間に刃が欠けてしまい、使い物にならないだろう。

「……こういう時って、どうして巫女が役に立たないのかって思っちゃうわね……」

「同感。巫女の力はあっても、結局はあたし達って、何の役にも立たないわよね。こういう実践的っていうか、現実的なことって……」

「そうですよね……ほんっと、もっと役に立つ力があればって、私、思っちゃいますよ……」

 女三人、つまり巫女三人は、何もできないことをひたすら嘆いている。

 すると、その時だった。

「お前達、ここで何をしている?」

 鋭い声が、六人の背後でした。




 マウェは、驚愕して振り返った。

 この自分が、全く気配を感じなかったのだ。

 それは、ウィオやリューシュンでさえも気付かなかったらしい。

 二人も、緊張して強張った顔で、さっと振り返る。

 巫女三人組の方は、言うまでもない。

「お前達は……あの時の」

「えっ……?」

 マウェは、思わず訝しげに眉を寄せたが、はっと気付いた。

「貴方、は……あの時のっ……!」

 すると、ミリーメイも気付いたようだ。

「何故……軍の方が……それも指揮官が、ここに……こんな所に、お一人で……?」

 すると、四人も気付いたようで、はっと顔色を変えた。

「ただの気紛れだ。このウェブラムの森に、前々から興味があったからな」

 彼は、森を見渡した。

「色々な噂を、聞いていたものでな。この森には。さて……こちらからも、訊ねよう」

 彼は、纏っていた空気をがらりと変え、鋭い眼差しで言った。

「お前達は……一体何者だ? 何故、ここにいる? 道を間違えたにしては、可笑し過ぎる。とすると、ここが、其方らの目的地か……。しかし、ここは聖域で、禁域。ここに隣接する村……シャブワル村で、言われなかったのか? こちらの方面に出る関所で。ここから先にあるウェブラムの森には、決して近付くべからず、立ち入るべからず、と」

 その言葉に、思わず六人は顔を見合わせてしまった。

 六人は……実は、またもやと言ってもいいが、関所を通らずに、遠回りをして来たのだ。

 だが……それよりもずっと先に行っていた彼らが、ここにいるのは可笑しい。

 可笑し過ぎる。

「私達は……関所を通らずに来ましたからね。そんなこと、言われませんでしたよ。……ですが、何故です? 貴方方は、馬で……しかも、ムウェリの街とジャルウォン村の間の草原で、私達を追い越して行きました。……それなのに何故、貴方は今ここにいるのですか?」

 マウェの目は、三日前に彼らと会った時に比べて、鋭さを増し、恐いほどだった。

 だが、彼は笑って言った。

「お前達は多分、ブラムウェル山を越えて来たのだろうな。だが、私達はブラムウェル山を越えるのではなく、遠回りをして迂回した。捜している者を、見付ける為にな」

「なるほど……それで、私達の方が早く着いてしまったと……そういう訳ですか」

 マウェは、にっこりと微笑んで言った。

「そうでしょう? ラムドウェッド男爵位及びジョーゼット皇帝陛下直属シャーラーヴ独立小隊隊長及び大尉位を拝命していらっしゃる、御前試合での優勝の功績によって准男爵位を拝命し独立隊隊長にまで成り上がった下級貴族、リューセム・ラムドウェッド卿?」

 その言葉に、彼……リューセムは、大きく目を瞠った。

「お前は……何故、私のことを……」

 その時、リューセムの背後から人影が現れた。

「どうしたのです? ラムドウェッド大尉。遅過ぎです……よ?」

 彼は、途中で言葉を途切らせた。

 ふざけたような表情が、訝しげな表情に変わる。

「おや? 貴方達は……確か、あの草原で……」

「そうです、フラッドリス子爵家の跡取りにして、リューセム・ラムドウェッド卿の副官、中尉を拝命していらっしゃる、フェムリヴド・フラッドリス様」

 その言葉に、フェムリヴドの顔が引き攣った。

 そして、その鉾先は上司へと向いた。

「ラ……ラムドウェッド大尉っ! 何故私のことを……!」

「私ではない」

 リューセムは、顔を強張らせて言った。

「で、では……何故、私のことを……?」

 フェムリヴドは、仰天したように目を瞠って言った。

「お久し振りですね、リューセム・ラムドウェッド卿、フェムリヴド・フラッドリス様。お忘れですか? そう……もう、六年も前になりますか。まだ、ラムドウェッド卿が准男爵だった頃ですね。私は、一時期貴方方の部隊――シャーラーヴ隊に、体験という形で入隊していたことがあったのですが……憶えておいでですか?」

 その言葉に、二人は眉を寄せると、あっと大声を出した。

「お前……まさか、あの時のっ!」

「マウェという……奴隷かっ!」

「ええ。そうです。お久し振りですね。憶えて頂けて幸いです」

 マウェはにっこりと微笑み、それに、二人は感心したように頷いていた。

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