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旅中記  作者: 琅來
第Ⅱ部 禁域の杜の社
28/74

序章「危機」

「ええい、まだ見付からぬのかっ! シェリンヴス宮中伯っ!」

「はっ。陛下、申し訳ございませぬっ! ですから、ですからどうぞ、お気をお静め下さいませ!」

 シェリンヴス宮中伯は、平伏したまま声を上げた。

「もう一月を越えるのだぞっ! あの三人がこの皇城を抜け出してからっ! なのに、連れて来るどころか捕まえたという報告すらないっ! これは一体、どういうことだっ!」

「それはっ……」

 シェリンヴス宮中伯は、詰まってしまった。

 ジョーゼットは、シェリンヴス宮中伯の予想以上の人出を割き、三人の捜索にあたっていた。

 これでは、三人が見付かるのも時間の問題だと、そう、思っていた。

 だが。

 姿を見かけたという噂すらも、全く耳にしないのだ。

 普通、こんなにも上手く逃げられるものなのだろうか。

 ミリーメイはともかく、後の二人は、帝都からも出たことのない箱入りなのだ。

 常識では、あまり考えられない。

「そうか……そういうことか」

 不意に、ジョーゼットが猫撫で声で言った。

「……陛下……?」

「シェリンヴス宮中伯。其方も、可笑しいとは思わぬか? 第三十六皇妃と第二十一皇女とツェーヴァン元公爵が、ここまで上手く逃げているということは」

「それは……確かに、そうですが……」

 言葉を濁すシェリンヴス宮中伯に、ジョーゼットが突如として大きな声を上げた。

「そうかっ。やはり、お前もそう思うかっ!」

 シェリンヴス宮中伯は、自分の言葉のどれがジョーゼットを刺激したのか分からず、目を瞬かせた。

「へ……陛、下……?」

「シェリンヴス宮中伯よ。こうまで上手く逃げおおせることなど、あの三人には不可能だ。そうだろう?」

「あ……ええ、まあ……その、わたくしは、あのお三方に、そこまでの才覚がおありとは思いもしませんでしたので……」

「そうだな。やはり、そうだなっ!」

 正直に申しますと、とても驚きました――と言い掛けた言葉を突然遮られ、シェリンヴス宮中伯は驚いて面を上げた。

「へ、陛下……? 一体……」

「内通者がおる」

「はっ……?」

 突然の言葉に、思わず間抜けのようにぽかんと口を開けてしまった。

「だから、内通者だ。あの三人が、逃げおおせることなど不可能なのに、それが現実となっておる。つまりは、内通者が三人の手引きをしておるっ!」

 ……別に、そういう訳ではないのだが。

 しかし、興奮したジョーゼットは次々に言葉を紡ぐ。

「そう……シェリンヴス宮中伯よ、今現在、三人の捜索にあたっている者……部隊の中で、最も裏切りやすい者がいる部隊はどれだ? そう……決まっておる。なあ? それは、あの……」

 ジョーゼットの目が、不気味に動いた。

「リューセム・ラムドウェッドの率いる精鋭独立部隊に決まっておろうが! あの分不相応者めがっ!」

 そう、リューセムは、あの武術大会での優勝の褒美として一部隊を率いる身となったが、それは近衛の中の部隊ではなく、皇帝直轄の独立部隊なのだ。

 実は、精鋭と呼ばれる部隊のほとんどは、身動きが取りやすいという理由とメンバーの入れ替えがそう頻繁に行われないという理由で、ほとんどが皇帝直轄の独立隊だ。

 大抵、その一部隊の人数は分隊から小隊ほどだが、その身分は近衛の中隊よりも高い場合が多い。

 だからこそ、彼らは重要なのだが――。

「余の独立部隊で、最も身分の低い男爵位を持つ男が率いる部隊。同じように、その部隊の連中も身分の低い者が多い……それに、奴らは余のことをあまりいいようには思っていないだろう」

 これは、実は正しい。

 だが……だからといって、ミリーメイとメイファとリューシュンに協力するというのは、いささか飛躍し過ぎていないだろうか。

「すぐさまラムドウェッドの部隊を帝都に戻せっ! 処分は追って沙汰をする!」

 ジョーゼットはそう言うと、荒々しく足音を立てて部屋から出て行った。

 シェリンヴス宮中伯はゆっくりと立ち上がると、内心嘆息した。

(またか……また、陛下の気紛れが出たか……全く、一体どれだけの者を疑い、殺せば気がすむのであろうか……)

 いつもならば、すぐさま行動に移すシェリンヴス宮中伯だが、今回ばかりは強い躊躇いがあった。

(彼……リューセム殿や、その副官のフェムリヴド殿は、よく陛下に諌言をして煙たがられてはおったが、言うことはいつも適確で、適切で……彼らを失ったら……益々、陛下の御世は短くなるであろうに……)

 そう言えば、長い歴史の中でも、国主が臣下の諌言を疎ましく思うようになってきたら、それはその政権の末期だという。

 今が、丁度それなのかも知れない。

 だが……シェリンヴス宮中伯は、気が進まないながらも、その命令をしなければならなかった。

(そうだ……彼らの所には、できるだけゆっくりと行って、ゆっくりゆっくりと帝都に帰還するようにと命じれば大丈夫であろう。もう、陛下には……余裕があまりない。できれば、帝位がジェールズ殿下に移ってから、ご帰還願いたいものだ……)

 シェリンヴス宮中伯はそう思うと、静かに廊下を歩んで行った。

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