表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅中記  作者: 琅來
第Ⅰ部 往く道は、遠く、遙かに……
25/74

第八章「故郷」―2

「……失礼致します、ラムドウェッド大尉、フラッドリス中尉」

 リウェムスは深夜、恐る恐るリューセムの天幕の中に入って来た。

「ああ、来たか、リウェムス。こちらへ来い」

 リューセムはリウェムスをテーブルに着かせると、革のコップに入った酒を渡した。

「まあ、取り敢えず飲め」

「……はい」

 リウェムスはコップを受け取ると、それを一気に飲み干した。

「……それで……その、噂の、ことですよね」

 リウェムスは、恐る恐る言った。

 その言葉に、リューセムとフェムリヴドは強く頷き、リウェムスは目をうろうろと彷徨わせた。

「……それほどまでに、言いにくいことなのか? その噂は」

「ええ、まあ……そうです」

 リウェムスは深く息を吸い込むと、覚悟を決めたのか、真っ直ぐな強い目をして言った。

「その……陛下は、妃殿下方の捜索に、異様なほどまでに熱心でいらっしゃいますよね?」

「ああ。そうだな」

 やはり、リウェムスは気付いていたのだ。

 彼が気付いていたということは、恐らく他の者も皆気付いているのだろう。

「それで……その、口にするのも汚らわしいことなのですが……その、噂……一応、噂ですので……」

 よくよく見ると、リウェムスの額には汗が浮かんでいる。

 暑さのせいと言うには、季節はいささか過ぎている。

 つまりは――脂汗だ。

 そこまで緊張することなのだろうか。

「ですから……その、あまり、真に受けられない方が宜しいのではないかと思います!」

 リウェムスはそう言うと、顔を顰めて言った。

「その噂には、色々なものがあります。ですが、だいたい共通している部分というものがありまして……その部分を、お話ししたく存じます」

 リウェムスは深呼吸をすると、目を伏せて言った。

「その、噂では……陛下は、皇妃殿下と甥御様は処刑して、皇女殿下は……その……」

 リウェムスは、目を逸らした。

 だが、意を決したのか……小さな声で、吐き捨てるように言った。

「ご自分の妃のお一人にするとの、もっぱらの噂にございます!」

 リウェムスは顔を上げると、上司二人を真っ直ぐに見詰めた。

「この頃、このような不潔極まりない下郎のごとき噂が流れ、て……」

 だが、リウェムスの言葉は途切れてしまった。

 リューセムとフェムリヴドの、あまりの顔の恐ろしさに。

「あ、あの……ラムドウェッド大尉……フラッドリス中尉……?」

 恐る恐る掛けた言葉で、ようやく二人の顔から恐ろしげな様子が減少した。

 だが、その剣呑さは全く減っていない。

「――く、下らない噂話ですよねっ! はい! 全く、こんな噂をする者の気が知れませんっ! そ、それでは、あの、僕はこれで! ……その! 本当に、本当にただの下らない噂話ですからっ! ですから……だからあの、その……あま、あまり、お気になさらない方が宜しいかと存じますっ! それでは、あの、失礼致します! お休みなさいっ!」

 リウェムスは勢い良く言うと、ギクシャクとした動きで天幕を出て行った。

 天幕に残ったリューセムとフェムリヴドは、リウェムスが出て行った途端、再び殺気を噴き上げた。

 まるで地獄の番人のような、呻くような声で、リューセムは言った。

「……なるほど、な……そういう、こと、か……」

「ただの噂話と、流すこともできます。ですが……」

「ああ、そうだな……」

「以前にも、噂話を無視して、痛い目に遭いましたから、ねぇ……」

「多少は尾鰭が付いても仕方がないとは、思うが……思うのだが……」

「それにしても、いささか頂けないお話、です、ねぇ……」

「真に、不潔不浄汚濁極まりない。下郎の仕業だな。年上として、老人として――いや、それどころか人として風上に置けんわ」

「ですよ、ねぇ……仮にも、一国の主たる者がそのようなことをすれば、どのようになるか……お分かりでないとは思えないのですけれど……」

「まあ、それだけあの老人も耄碌したということだろうな」

 ……口調が静かなだけに、むしろ恐ろしい。

 リューセムの方は、どこかぶっきら棒だからまだマシとも言えるが、フェムリヴドの方は……柔らかい猫撫で声で、むしろ穏やかにニコニコと微笑みながら言っているので……本当に、恐ろしい。

 むしろ、フェムリヴドの方が恐ろしく見えるぐらいだ。

「ですが、あの老人って……宜しいのですか? 仮にも、()主君でしょう」

 フェムリヴドは、『現』というところを嫌に強調して、穏やかににっこりと微笑みながら言った。

 だが、その背後では寒風が吹き荒れている。

「ああ。そんな暴挙に踏み切った以上、他国からの評判を気にする者……特に貴族が、陛下かフェイネット皇女殿下を暗殺するだろう。まあ、両方かも知れないがな。だが、その可能性は陛下の方が高い。耄碌したボケ老人に、いつまでも国を任せておく訳にはいかないだろうし。ま、跡継ぎのジェールズ=ルウォンメル・フェーヌラブム殿下は、平凡な方でいらっしゃるし……別に、何の問題もなかろう」

 仮にも自国の皇帝、主君が殺される話をしているというのに、しかも第一皇子を『平凡』と言い放ってしまったというのに、その態度は泰然とし過ぎている。

 すると、フェムリヴドは少し可笑しそうに笑って言った。

「おや、もしかして、あのことをまだ気にしていらっしゃるんですか? もう、何年も昔のことでしょうに」

 その口調は完全にからかっていて、リューセムはムッとした表情で押し黙った。

 どうやら昔、ジョーゼットとの間に、何か良くない思い出でもあったようだ。

 リューセムの表情から、それがよく窺える。

「……もう、昔のことだ。とにかく、今の方が遥かに問題だ。……さて、これからどうするか……」

「どうする、とは?」

「いや……勿論、メミリオン皇妃殿下達の捜索は続ける。しかし、見付けたとしても、帝都まで連れ戻すか否か……」

「です、ねぇ……」

 フェムリヴドもしばらく考え込んだが、ふと、あるものを思い出したように、パンと膝を打った。

「そうだ。ラムドウェッド大尉。……こんなお話を、ご存知でしょうか?」

「どんな話だ?」

「このまま真っ直ぐ行きますと、ブラムウェル山に行き着き、それを更に越えると、シャブワル村という村がございます」

「ああ……そうだな」

「そのシャブワル村には、昔、度々妃が物見遊山で、泊まって行ったことがあるそうです。……そして、これが重要ですが、その妃達は、丁度我々と同じような道を進んで行っていたそうですよ。不思議だとは、思いませんか?」

「あ、ああ……そうだな。そう言えば……その先は、ウェブラムの森か……」

「……? ラムドウェッド大尉?」

 フェムリヴドは、急に黙り込んだリューセムに首を傾げた。

「いや……何でも、ない。それよりフェムリヴド。もう、お前は休め。明日も早いからな」

「はい、はい……それではラムドウェッド大尉、お休みなさいませ」

 フェムリヴドは茶化すように言うと、リューセムの天幕を出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ