第八章「故郷」―1
この話から、軍人の階級として『大尉』や『中尉』などがでてきます。
時代設定的にそぐわないとは思いますが、これ以外には思い付きませんでした。
気に入らない方はご注意願います。
「みんな、ご苦労だった。今夜はここで野営する。各自、準備に取り掛かれ」
その男の言葉に、馬に跨った騎士達は馬から下り、それぞれに動き始めた。
「ラムドウェッド大尉、貴方も、こちらへ。そうしておられては、皆も休めません。見張りならば他の者がやりますので、お休み下さい。総大将の役目は、常に泰然と後方で控えていることですが、そう見張っておられては……」
その言葉に、リューセム・ラムドウェッド――先程、ウィオ達に声を掛けていた男性は苦笑し、張られる途中の天幕の側に腰を下ろした。
「私がそうじろじろ見ていては、皆が落ち着かぬかな? フェムリヴド」
「そうです、ラムドウェッド大尉。貴方の武勇は、それほどまでに天下に轟いているのですよ?」
二十代後半ほどの若い男の言葉に、リューセムは再度苦笑した。
辺りを見回すと、皆、鎧兜は既に脱ぎ去っている。
この部隊は、実に若いメンバーで構成されていた。
一番年上でも三十四、五歳程度で、若ければまだ二十三に届くか届かないかといったところだ。
この部隊の変わっているところは、そこだけではない。
身分だ。
この国の大抵の精鋭部隊は、ほとんどが公爵や侯爵、伯爵家との縁がある者ばかりで構成され、子爵家や男爵家の人間でこういった精鋭部隊に入っているのは、ごく僅かだと言ってもいい。
だが、ここの部隊では、そうではないのだ。
この部隊の隊長であるリューセムは、一応男爵位を持ってはいるものの、その家格は男爵の中でも大して高くはない――というか、リューセムが幼い頃は、零落寸前だった。
他の者も皆、似たり寄ったりで、中には貴族ですらない――平民もいる。
何故そんな彼らが、よりにもよって精鋭中の精鋭とまで言われるようになったのか?
理由は、簡単過ぎるほどに簡単である。
今から十年ほどまえ……リューセムがまだ二十二、三ぐらいだった頃、ジョーゼットは騎士達の武術大会を開いた。
その時、リューセムはまだ男爵位を継ぐ前で、しかも騎士になりたてだった。
また、その武術大会は、騎士達の中でもまだ歳若い……十代や二十代の若者のみの参加で、どうやら歳若い者の中でも特に腕の立つ者を重用しようという思惑があったらしい。
だからだろうか、その大会の決勝戦まで残った者には、賞金と階級の格上げ、もしくは爵位を持っていない者には准男爵位を与えるといった褒賞が貰え、そして、優勝者と準優勝者には何でも欲しい物が貰える――つまり、何でも願いが叶うという褒章も加えられた。
そして、その大会で見事リューセムは優勝し、その際、褒美として自らの部隊を持つことを願った。
それをジョーゼットは許したので、その時、リューセムは准男爵位と部隊を手に入れたのだ。
まあ、その後に父が死んだので、結局そちらの男爵位を継ぐことになり、今のラムドウェッドの身分は男爵なのだが。
そして、今リューセムが指揮を取っているこの部隊のおよそ半分近くが、その大会の時に決勝や準決勝まで生き残っていた者だった。
「……フェムリヴドよ」
「何でございましょうか」
「……先程通って来た村――ジャルウォン村とか言ったか。あそこは……確か、メミリオン皇妃殿下の生地であったな」
「はい。そうでしたね。……まさか、あそこで何の手掛かりも得られないとは……思いもしませんでした。メミリオン妃のご両親も、とっくにお亡くなりになられていたそうですしねぇ……」
フェムリヴドは、まるで溜息のように言った。
気分的には、盛大に喚きたいところだったろう。
だが、部下達が目の前にいるのに、そこで副指揮官が喚きまくる訳にはいかない。
同じ理由で、リューセムも深く溜息をついた。
「お三方とも、一体どこにお行きになられたのか……」
「ええ……それにしても、何故メミリオン妃とフェイネット殿下とウォルフェム様は、皇城から出て行ってしまわれたのでしょうか? 理由など、何もないはずですが……」
フェムリヴドの言葉に、リューセムも眉をひそめた。
「ああ。それなら、私も不可解に思っている。……一体何故、お三方は皇城を抜け出したのか。何故、陛下は……あれほどあのお三方にご執心でいらっしゃるのか……」
その言葉に、フェムリヴドは不思議そうに首を傾げた。
「そうですか? ご自分の妻と娘と甥が一度に行方不明になれば、誰だって必死に捜すと思いますが」
その言葉に、リューセムは苦笑して首を振った。
「まあ、待て、フェムリヴドよ。あの陛下が、血縁の者が数人いなくなったからと言って、あれほどご執心になると思うか?」
「と、仰りますと?」
首を傾げるフェムリヴドに、リューセムは諭すように言った。
「よく考えてみろ、フェムリヴド。メミリオン皇妃殿下は第三十六皇妃。フェイネット皇女殿下は第二十一皇女で、第四十五皇位継承者。ツェーヴァン公爵に到っては、皇位継承権すらお持ちでない。……あの陛下の性格からして、そのような……言い方は悪いが、いくら巫女であろうと、血の濃い血縁であろうと、あまり帝国の役には立たない者を追うのに、ここまでの手勢を割くとは思えんのだ。ある程度の手勢は割くだろうが、ここまで割くとは……到底、思えん」
その言葉に、フェムリヴドはあっと声を上げた。
「そう言えば……確かにっ……!」
その時、部下の一人が二人の所へ来た。
「ラムドウェッド大尉、フラッドリス中尉、天幕のご用意ができました。どうぞ」
「ああ、ご苦労」
リューセムがそう言い歩き出すと、フェムリヴドが呼びに来た部下に向かって訊ねた。
「ああ、そう言えば、リウェムス。お前は、今回の皇妃殿下方の捜索隊に関して、誰かが噂をしているのを聞いたことはないか?」
フェムリヴドとしては、大して期待もせずに訊いたのだろう。
だから、あればいいかな程度の、とても軽い口調だった。
なので、その部下――リウェムスがそれに食い付いてきた時には、思わず仰け反ってしまった。
「はい! 知っておりますっ!」
だが、リウェムスはそこまで元気良く言ったかと思うと、急にはっとした顔になり、目がうろうろと彷徨った。
何だか、言ってはいけないことを言ってしまったような……。
その様子に、リューセムも気付いたのだろう。
急に顔付きを改め、真面目な顔でリウェムスに向かって問い掛けた。
「リウェムス・ラージェント一等軍曹。そのことについて詳しく話してもらいたい。全ての天幕の用意が整ったら、私の天幕まで来い」
「は、はい……」
このリウェムスは、この部隊の中で一番年少の二十二歳で、つい一年前にこの部隊に参加した、いわゆる下っ端だ。
だが、若いからか元気だけは良く、いつもなら元気過ぎて煩いぐらいだ。
しかし、今の様子は、普段とどこか違って、歯切れが悪い。
その噂は余程のことなのかと、リューセムとフェムリヴドは表情を険しくした。




