第七章「真実」―1
「う~ん……どういうこと、って訊かれてもねぇ……」
ミリーメイは、到って軽い口調で言うと、五人を振り返った。
「結構長い話になるのよねぇ……取り敢えず、今日中にジャルウォン村に着ければいいって考えて、そこの木陰で休憩しない?」
ミリーメイが指した方向には、この草原にしては珍しい、大きな樹と、小さな泉を指した。
「ええ。確かに、それがいいでしょうね。私達の事情も語った方がいいでしょうし」
マウェはそう言うと、ミリーメイと共にさっさと歩いて行ってしまった。
「あっ……」
リラは思わずそう声をあげ、取り残された形になったウィオとメイファとリューシュンと顔を見合わせると、慌ててマウェとミリーメイの後を追って行った。
六人は木陰に着くと、水筒として使っている革袋に水を入れた。
そして、この中で唯一混乱していないミリーメイとマウェの話に耳を傾けることにした。
「う~ん……何から話せばいいのかしらねぇ……。じゃあ、まずは私達の本当の身分のことから話しましょうか」
ミリーメイはそう軽く言うと、息を付いて言った。
「私達が名乗った名前は、本当の名前よ。確かに私はミリーメイだし、メイファはメイファだし、リューシュンはリューシュン。でもね……さっきあの人が言った名前の他に、私達には姓があるの。つまり……平民じゃないわ」
その言葉に、リラは軽く頷いた。
そう……リラは、何となく気付いていた。
ミリーメイはどことなく豪快であるが、メイファとリューシュンからは、どことなく気品のようなものを感じる。
これが平民とは、少し信じられなかった。
だが――次のミリーメイの言葉に、リラは大きく目を瞠った。
「私の本名――つまり、長い名前は、メミリオン=ミリーメイ・フェーヌラブム。メイファは、フェイネット=メイファ・フェーヌラブム。リューシュンは、ウォルフェム=リューシュン・ツェーヴァン。……私達は、このフェーヌラブム帝国の皇族なの。まあ、リューシュンの場合、父親が臣下に下っていたから、厳密には皇族とは呼べないわ。でも、絶対にあり得ないことだけど、何らかの事情で今の皇家全ての人間が息絶えたら、リューシュンにも皇位継承権が回ってくるでしょうね」
あっさりと告げられた言葉に、思考が完全に停止する。
けれど、それに構うことなく、淡々とミリーメイは続けた。
「そして、この『メミリオン』と『フェイネット』と『ウォルフェム』っていうのは、皇帝が付けた名であって、私の場合は、生まれた時に付けられた名じゃないわ。メイファ達の場合は、『メイファ』っていうのは私が付けた名で、『リューシュン』は、私の義弟夫婦が付けた名ね。……でも、公式の場所じゃあ私は『メミリオン』だし、メイファは『フェイネット』だし、リューシュンは『ウォルフェム』なの」
リラは、すぐに言葉を返すことができなかった。
自分が巫女だと知った時以上の驚きだった。
メイファとリューシュンが、絶対に平民の身分ではない、ということは分かっていたが、まさか、皇族だったとは……。
あまりの事実に、すっかり度肝を抜かれてしまった。
ミリーメイはどこか曖昧に微笑むと、話を続けた。
「私は、現皇帝、ジョーゼット=ヴァングー・フェーヌラブムの三十六番目の妃で、巫女よ。メイファは二十一番目の皇女で、四十五番目の皇位継承権を持っている。リューシュンは、皇帝の弟の息子で、つまりメイファとは従兄妹に当たるわ。だから、リューシュンは直系の皇族ではなく、いわゆる傍系ね。そして、皇位継承権もないわ。……まあ、しょうがないと言えばしょうがないんだけどね。皇子や皇女は、今のところ五十三人いるから、もう充分間に合っちゃってるの。それに……」
ミリーメイは視線を落として、言いにくそうに告げた。
「その、今の皇帝は、凄まじい皇位継承争いを勝ち上がって来た人で、男兄弟が、腹違いも含めて十四人いるんだけど……私が皇帝に嫁いだ時には、既に六人しか残ってなかったわ。……つまり、あとの八人は、皇位争いに負けて死んだり、処刑されたりしたってこと。……それで、皇帝の味方をした六人の弟達なんだけど、皇帝は彼らをすっかり信じ切ることができなかったのね。六人の弟と皇女達それぞれに、皇位継承権を奉還させたの。そして、自分の味方をしてくれた礼だと言って、弟達にはそれぞれ好きなことをするようにって言ったらしいの。……つまり、ぐうたらしないのであれば、費用はこちらで優遇するから何でも好きなことをしろ、って」
ミリーメイは、少し眉根を寄せた。
「それで……何人だったかしら? そう……四人だわ。弟のうち四人は、臣下として皇帝に仕える道を選んだわ。つまり、大臣とかの役職に付いて、皇帝を支える道を。あとの二人は、一人は剣の道を選んで、今は将軍になっているわ。もう一人は、自分は商売が向いているって豪語して、市井に下って、今はかなり有名な大商人になっている」
ミリーメイは、ちらりとリューシュンを見た。
そして、メイファがミリーメイの言葉を引き継ぐ。
「リューシュンのお父様は、皇帝に仕える道を選んだうちの一人なの。ただ、その叔父様は、リューシュンが小さい頃に亡くなってしまって……確か、まだ七歳か八歳か、それぐらいだったと思うわ。それに、リューシュンのお母様はもっと前に亡くなっていて、結局お父様はリューシュンを引き取ることにしたの。だって、唯一の同腹の弟の一人息子なんだもの。見捨てたら外聞的に良くないと、そう思ったんでしょうね」
悔しげに唇を噛み締めるメイファを、ミリーメイはそっと宥めるように撫でた。
そして、ついとこちらに視線を向ける。
「皇帝はね、私にリューシュンを預けて、育てるようにって言ったの。リューシュンと歳が近い皇子や皇女を持つ皇妃の中で、私が最も元の身分が低いかったから選ばれたんでしょうけどね。……そういう訳で、リューシュンはフェーヌラブム皇家の血は継いでいるけど、皇子ではないし、皇位継承権も持っていないわ。まあ、その代わりって言ったら何だけど、公爵位を叙爵されたのよね」
ミリーメイは一息付くと、ウィオとリラを見詰めた。
リラは、そっと溜息をついた。
そして、ウォルラの森で野宿した時、夜中にミリーメイとマウェが話しているのを聞いた後に感じた細波は、これが原因だったのかと納得した。
リラは、これで話が終わりかと思ったのだが、実はまだだった。
「それでね……その、まだ……あるんだけど……」
「まだ……ですか?」
リラは、半ば呆然としながら問い掛けた。
「ええ……その……これは、私達が帝都から出て来たことに、すっごく関係していることなんだけど……」
ミリーメイは、一息付くと、今までとは打って変わって真剣な表情になって言った。
「それだけだったら、何も私達は帝都から出て来なかったわ。帝都では、何不自由のない暮らしができたし……出て行く理由なんて、何もなかったの。でも……私達は、帝都を出て行かなければならない理由ができたわ」
ミリーメイは、少し悲しげな表情になった。
「私は皇帝の妃で、巫女よ。……でも、メイファも……メイファも、私と同じ。巫女なのよ」
その言葉に、リラは大きく目を見開いた。
(そん、な……嘘……ミリーメイさんだけじゃなくって……メイファさんも……巫女っ? そんな……まさかっ!)
そして、あの時に――巫女の『例外』のことを考えていた時に感じた細波は、メイファが巫女だったからだと確信した。
メイファは皇帝の実の娘なのだから、皇帝に嫁ぐことはできない。
つまりは、数少ない皇帝へと嫁がない例外の巫女の一例なのだ。
(何か……私の力って……)
リラは、何となく悲しくなってきた。
「おい……そんなの、ありなのか……?」
ウィオは、どこか呆然とした口調で訊ねた。
「ええ……普通は、滅多にないらしいんだけど……親子揃って、巫女なんてね……」
ミリーメイは深い溜息をつくと、言った。
「それで……『巫女』って、年齢がどうであろうと、どのような生まれであろうと、どんな事情があろうと、皇帝の妃になる。……これが、この国の大原則。でも、何事にも例外ってものがあってね……例えば、皇帝の姉妹だとか、実子だとか、姪だとか……結婚してはいけないぐらい血の近い近親者だと、その巫女は皇帝の妃にならない――いいえ、なってはいけないってことになってるの。でも……」
ミリーメイは深く俯くと、小さな声で言った。
「皇帝は……それを、不満に思った」
「えっ……?」
リラの顔から、サッと血の気が引いた。
「おい、ちょっと待てっ! ってことは……!」
ウィオは思わず声を荒げ、血相を変えた。
「ええ。父は……あの人は、あたしのことを巫女として求めたの。……つまり……実の娘なのに……その、あたしを、自分の妻に――妃にしようとしたの……」
メイファは、震える声で言った。
「あたし達がそれを聞いたのは、今年の夏が、終わろうとする頃。……あたしとリューシュンは、小さい頃から一緒に育ってきて……もう、いつだか分かんないけど、お互いに、好きになって――それで、リューシュンが二十歳になったから、お父様に結婚のお許しを貰おうとしたの。……今まで、あたしとリューシュンのこと、お父様には何も言ってなかったから。……でも、あの人は」
メイファは、しっかりと目を閉じたまま、自らの体を掻き抱いて言った。
「……最初から、可笑しいと思うべきだったのかも知れない。……あの人は、いい意味でも悪い意味でも、皇帝らしい人で……あたし達が皇族でも、謁見を――それも、個人的な謁見を申し込んでも、下手をしたら一ヶ月も待たされるような人なの。……でも、あの時は、謁見を申し込んでたったの四日で、会ってくれることになって……」
思わず、リラは絶句してしまった。
(……一ヶ月……そんな、謁見を申し込んで一ヶ月も待たされるって……自分の妃でも、実の娘でも、実の甥でも……そんなに掛かるなんて……)
こんなことは、農村で生まれ育った生粋の農民であるリラには、理解できないことだった。
「……個人的な謁見だったから、玉座の間じゃなくて、小さな応接間だったんだけど……あたしとリューシュンとお母さんで、その部屋に行ったの。そして……お父様に、あたしとリューシュンが結婚するお許しを貰おうとしたの。……でも」
メイファは、目を開いた。
だがその目は、現実ではなく虚空を見詰めていた。




