第六章「国軍」―3
六人が後退りながらもその人物を見上げていると、その人物は馬を止め、ゆっくりと兜を脱いだ。
その中から現れたのは、精悍な顔立ちをした三十代前半頃の、逞しい体付きをした男だった。
そして、よく響く声で言った。
「そこの者、恐れずともいい。何故ならば、我らが捜しているのは、三人で旅をしている人間だからだ」
その言葉に、六人は互いに顔を見合わせた。
だが、ウィオとしては、決して警戒心が薄れた訳ではなかった。
むしろ、三人組を捜していると言われたせいで、余計警戒心は強まった。
(……やっぱり、あいつらが捜してるのって……俺達なのか? 俺達を追って、ここまで……? 人気のない場所で、殺すように……それともリラを攫うつもりかよ……?)
ちらりとミリーメイ達を窺うと、彼女らもこの男を警戒しているようだ。
確かに、彼女らも元々三人で旅をしていた。
何か、身に覚えでもあるのだろうか?
だとしたら……少し、不思議である。
「さて――こちらの質問に、答えてもらおう。お前達は、元から六人で旅をしているのか? それとも……そうではないのか?」
その問いに答えたのは、マウェだった。
「ええ。違います。私達は、元々六人で旅をしている訳ではありません」
ウィオは驚き、思わずマウェを睨みつけようとした。
だが、その次に放たれた言葉に、大きく目を見開きそうになるのを堪えなければならなくなった。
だが幸いなことに、この騎馬隊の大将は、ウィオのその様子に全く気付いた様子はなかった。
マウェと話すのに、意識を集中させていたからなのかも知れない。
「元々私達は、二人と四人で、旅をしていました。その組み合わせは、私とこの弟、そして、こちらの四人です」
(……何を……一体、何を言おうとしてるんだ……何を考えてんだ……マウェはっ……!)
そして、それを引き継いだのはミリーメイだった。
何ともよく息が合っていて、よく咄嗟にこれほど思い付くと感心するほど、その受け答えは見事だった。
「こちらは、親子で旅をしております。私と、こちらが私の二人の娘。そして、こちらが長女の夫です」
ミリーメイは、メイファ、リラ、リューシュンを指して言った。
「ふむ……では、名を何と言う? それと、年齢も訊かせて頂こう。何も疚しいことがなければ言えるはずだ」
普通、疚しいところがあるのなら偽名を使うが、突然そんなことを訊かれれば、その受け答えは、多少とはいえどもぎこちなくなるはずだ。
この男が狙っているのは、そこなのだろう。
その男の言葉に、マウェが頷いて言った。
「では、申し上げましょう。……しかし、そちらが一体どのような事情でこのような場所までいらしているのか、お聞かせして頂いても宜しいでしょうか?」
ついと男の目が細まり、声が低く響く。
「……何故、そのようなことを訊く? それを訊いても、そちらには何の利もないが」
「ええ。確かにそうでしょうね。ですが……気になってしまうのですよ。ここは国境でも、帝都に近いという訳でもありませんから。そんな所に軍隊が――それも騎馬隊が来るなんて、いい話の種じゃないですか。自慢もできますし。……つまりは、野次馬根性ですね」
マウェが笑いながら言ったので、その男も少し頬を緩ませた。
「……良かろう。では、最初に名を名乗れ」
「はい。私の名はジェイ。弟の名はフェイと申します。私の歳は二十四、弟は十六です」
……ちゃっかり、自分の年齢もウィオの年齢も誤魔化している。
ちなみに、マウェの実年齢は二十七である。
それを聞いた途端、ウィオは顔が引き攣りそうになった。
(……三つも鯖読んだよ、このオッサンっ……! しかも、俺のは逆に一つ水増ししてるしっ……!)
「では、そちらは?」
男が、ミリーメイを見た。
「はい。私はリィファ。長女はルナ、次女はレナ、義理の息子の名はリュウと申します。私は四十で、長女と義理の息子は十九、次女は十三です」
……こちらもきっちり、年齢を誤魔化している。
だが、マウェとは違い、ミリーメイは自分の年齢に上乗せしたが。
ウィオは、内心呆れた。
(何っでこんなに次から次へと偽名と年齢思い付くんかなぁ……俺には、無理だぜ。絶対に。ただでさえも、頭使うの苦手だっつうんに……)
「そうか……。――なるほど、其方らは違うようだ」
男は頷いて言うと、口を開いた。
「我らがここへ来たのは、玉命によってだ」
「玉命……? つまり、皇帝様のご命令ってこと、ですよね……?」
リラは、大きく目を瞠って言った。
「ああ。我らは、とある三人の人物を捜している。何故かは言えぬが、とても重要なことだ。……そこで其方らに訊ねたいが、三人で旅をしている者を、見掛けたことはないか?」
思わず、六人は顔を見合わせてしまった。
そして、マウェが答えた。
「そうですね……それだけを訊かれましても……何か、特徴でもありませんか?」
すると、男は重々しく頷いた。
「なるほど、其方の申すことも、もっともだな。その三人は、女が二人、男が一人だ」
その言葉に、ウィオはほっと安堵した。
(良かったぁ……俺らじゃねぇんだ……。俺らだったら、男が二人、女が一人、だもんなぁ……ほんっと、良かった……)
「女は、三十五と十八、男は二十だ」
男の言葉に、ウィオは少し首を傾げた。
(ん……? 何か、引っ掛かるような、引っ掛かんねぇような……)
そして、男は最後にこう言った。
「三十五の女の名前はメミリオン=ミリーメイ、十八の女の名前はフェイネット=メイファ、二十の男の名前はウォルフェム=リューシュンだ。ちなみに、この名は両方とも名であり、姓ではない。其方ら、聞き覚えはないか?」
その言葉に、ウィオは固まってしまった。
(は……? どういう、ことだ……? 偶然な訳、ないよな……。じゃあ、この三人は軍に――しかも、皇帝の命令で追われてるっつうこと……に、なるのか……? 一体、何で……?)
けれど、当の本人であるはずのミリーメイは、眉根を寄せて首を傾げた。
「そうですね……そのような人、見掛けたことは……聞いたことも……」
「そうか。では、そちらはどうだ?」
男は、マウェの方を向いて言った。
「いいえ。私もです。そのような三人組、見たことも聞いたこともありません」
……お見事、と言いたくなるほど、二人は綺麗に嘘を付いた。
余計なことは言わず、変に取り繕ったりもせず、不審なほどに狼狽える様子もなく、けれど不自然なくらいに落ち着き払っているということもない。
実に自然で、平常の態度だった。
「そうか。礼を言う。それでは行くぞ」
男は背後に向かって声を掛けると、ジャルウォン村の方に向かって駆け出して行った。
六人――いや、マウェとミリーメイを除いた四人は、ただただ唖然としてそれを見送っていた。
やがて、騎馬隊の姿が見えなくなった頃――リラが、重い口を開いた。
「ねえ……これって……どういうこと……?」
その口調は、未だに呆然としたものだった。




