第五章「六人での旅」―1
「じゃあ、お気を付けて~」
「ありがとうございます、リルカさん。それでは」
「はいは~い」
六人は、リルカに見送られて宿を出た。
「……それにしても、リルカさん。凄かったねぇ」
リラは、リャンレイ村を出てしばらくしてから、ぽつりと言った。
「ああ……。あれは、ほんっと感心したぜ」
「そうだなぁ。僕も、それは驚いているところだよ。どうして、あんな娘さんがいるのかな?」
リューシュンの問いには、マウェが答えた。
「ああ、確か、リャンレイ村から北の方角へ一日ほど歩けば、ヴワルの街がありますから。丁度、大人の男の足で歩いて一日なので、リャンレイ村に泊まる人は多いのでしょう。ですから、逆に言えば酔っ払いも多く泊まるのでしょうね」
マウェは見事な博識振りを発揮したが、それにメイファ達は目を瞠った。
「凄い……まるで地図が頭の中に入っているようですねぇ」
「ええ。僕も、さすがにそこまでは覚えていない……」
それに、ウィオの顔が少し強張り、慌てて声を上げた。
「マ……マウェ兄さんは、色んなこと知ってんだ! なあ?」
「ええ。私は、地図を見るのが好きで。それで、特に帝都周辺の街の名前や、有名な村の名前などは覚えているのです」
マウェは、ウィオとは違い落ち着いていた。
さすがは(?)、マウェである。
「へ、へ~……なんか、凄いなぁ……」
リューシュンは、目を丸くしていた。
「ありがとうございます、リューシュンさん」
六人の旅は、比較的穏やかに、平和的に続いていた。
ただ、突発的な問いに、ウィオ達が慌てることもあった。
だが、少し可笑しなこともあった。
メイファ達に何気なく問い掛けた問いに、何故か一瞬詰まられることがあったのだ。
何故かはよく分からなくて、ウィオとリラは、ただただ不思議そうに首を傾げるだけだった。
だがマウェは、訝しげに、何か引っ掛かりを感じるかのように首を傾げていた。
それは、ミリーメイも同様だった。
何か、引っ掛かりを感じるかのように、三人を――特にリラを、チラチラと眺めていた。
その日の正午少し前、彼らはウォリューム村に着いた。
少し時間は早かったものの、丁度良かったのでそこでお昼を食べることにした。
そこの宿屋は広い造りになっていて、彼らは余裕で同じテーブルに付くことができた。
そこで、マウェはふと思い付いて言った。
「そう言えば、貴方方は、何故リャンレイ村にいたんですか? リャンレイ村に寄らずに、ウォリューム村へ行った方が早いでしょうに」
その言葉に、軽くメイファとリューシュンが沈黙してしまった。
「あ……あの……?」
リラは、沈黙して手も止まってしまった二人を見て、不思議そうに声を掛けた。
すると、ミリーメイは、実に言いにくそうに、顔を歪めて言った。
「え~っと、ね。その……ちょっと言いにくいんだけどぉ……」
「何ですか?」
「私、出身はジャルウォン村なんだけど、長い間帝都にいたから……それで、ブリュー山脈を抜けた後にね、ちょっと迷っちゃったのよ。まあ、滅多に帰ってなかったから、これでも上等な方かな?」
ミリーメイの言葉に、マウェは背筋が少し寒くなるのを感じた。
(な……何と言う……私は、思い違いをしていたのか……? 道を知っている人と一緒に行けば、絶対に迷わないと思っていたというのに……!)
だがウィオとリラは、目を瞠ってはいるものの、仰天した様子はなかった。
むしろ、呆れているようだ。
その様子に、マウェは脱力せずにはいられなかった。
(何て……何て、暢気なんだ……! しっかり者と思っていた、リラさんですらそうなのだから……。ああ……あれが、メイラン村の副長であり数少ない貴重な存在である巫女と、同じくメイラン村の次期村長であるとは……大丈夫なのか? メイラン村は……)
マウェは、他人事ながら心配になってきた。
(……まだ、ウィオさんをリラさんが止めて下さると思っていたのだが……それも、無理なのか……)
マウェは、酷く脱力して、ちらりとウィオとリラを窺った。
そして、気付いた。
(あれ……? 何だか、変だ……? やっぱり。変だな……メイファ殿と、リューシュン殿と、ミリーメイ殿……やはり、そうなのか……? いや、違う。だったら、可笑しい。重複するはずがない……。やはり、あり得ない。そうだ。きっと……違う。絶対に……)
マウェは、知らず知らずのうちに深く考え込んでしまっていた。
「マウェさん……マウェさん?」
そう、ミリーメイに声を掛けられて、マウェははっとした。
「は……はい? 何でしょうか?」
「あの……ウォルラの森って、抜けるのに一日掛かりですよね?」
「え……ええ。そうですね」
マウェは、ウォルラの森には入ったことがない。
だが、事前情報ではそうなっていた。
そして、今、ミリーメイも同じことを言う。
だから、マウェは少し安心していた。
「やっぱり。良かった。私の記憶、捨てたもんじゃないわね。よく憶えてるもんだわって、自分でも感心しちゃうわ」
「ちょっとお母さん。自画自賛しないの!」
メイファは、慌てたように言った。
「そうですよ。しかも、人前で……」
リューシュンも、軽く非難するような視線をミリーメイに送っている。
「……何よぉ。ちょっとは浸らせてくれてもいいじゃない!」
その口調はまるで少女のようで、リラはくすくすと笑っていた。
マウェは、そっと天井を仰いだ。
(……このまま進んで、大丈夫なんだろうか……?)
何故だか知らないが、マウェには、嫌な予感がした。
それは、とんでもないところで当たることになった。