第四章「旅立ち」―3
「あ、ウィオ、マウェさん」
リラがミリーメイとメイファの三人で食堂に下りると、そこにはもうウィオとマウェが、見知らぬ若い男性と一緒にいた。
「ああ、リラ。……丁度良かった。この人――」
「あ、そっちも? 何だ。こっちもよ」
「へ~。何か、奇遇だな。……で、それでいいか?」
「うん。そっちも?」
「ああ。じゃ、そういうことでいいかな?」
「ああ。じゃ、これからしばらく宜しくな」
「こっちこそ」
男子グループの方は、完璧に連携が取れているようだった。
ウィオもマウェも、そのメイファの夫と、この短時間でかなり仲良くなっていた。
「何が宜しくなんですかぁ? お客さん」
その時、リルカが楽しげに訊ねて来た。
「あ、リルカさん。私達、この人達と進行方向が一緒だってことが分かって……それで」
「あ~、なるほど~。運がいいですねぇ、お客さん」
「ええ。ありがとう、リルカさん。それで、お食事がしたいんですけど……」
「ああ、は~い。じゃ、お客さん達、ここにど~ぞ」
リルカは、六人を大きめのテーブルにつけた。
「じゃ、少し待ってて下さい」
リルカはそう言うと裏に下がり、そして六人は改めて自己紹介をした。
それで名乗ったところによると、メイファの夫の名前はリューシュンと言うらしい。
歳は二十歳で、若々しく、精悍な顔立ちだ。
ちなみに、『村』では同い年の相手としか結婚はできないが、『街』や『帝都』であれば、同い年でなくても結婚は可能である。
そして、マウェはリューシュンの顔を見て、何故か首を傾げていた。
まるで、思い出せそうで思い出せないようなものを、無理矢理思い出そうとしているようだった。
「はぁい、お客さん。お待たせ致しましたぁ~」
そう言ってリルカが運んで来た料理を突きながら、彼らは他愛もない話をした。
しばらくすると、リルカが先程言っていた団体客がやってきた。
彼らの中には、どうやら酒を飲んでいる者がいるようで、赤ら顔で大声を上げながら話をしていた。
「ああ、やだ……どうして、あんな人がいるんでしょうねぇ。そう思いませんか? メイファさん」
リラは顔を顰めて言った。
「ええ……そうですね、リラさん」
メイファは嫌悪感からか、顔を強張らせて言った。
遠くの方で、リルカと女将が声を張り上げているのが聞こえる。
どうやら、あまり大声を出さないように注意をしているようだ。
そしていきなり、ダン、という音が響き、食堂中にいた人々は動きを止め、その音を出した人物――リルカに注目した。
「あんったらねぇ、好い加減にしなさいよっ! あのねぇ、ここは『街』の『酒場』じゃないの。『村』の『宿屋』なの。街なら酒場があるから、そこでそうやって騒いでもいいだろうけどねぇ、ここは酒場じゃないのよっ! お酒も出すけど、れっきとした宿屋なの! しかも普通、村に宿屋は多くったって一つだから、旅人はみ~んなここに泊まるのよっ? それなのにあんたらが騒いでたら、他の人に迷惑を掛けるって分かりきってること、なんっで分かんないのかしらねぇ! ほんっと不思議だわ! 摩訶不思議よっ! あんたらがこれ以上騒ぐってんなら、迷惑料を払ってもらった上で、うちから追い出すからっ! 他のお客さんにもあたし達にも迷惑ですからねっ!」
凄まじい啖呵を切ると、リルカは凄い勢いで後ろを向き、足早に立ち去って行った。
それに激怒したのか、酔っ払いの一人が訳の分からないことを喚きながら、リルカに突進して行った。
「危ないっ!」
思わず、リラは悲鳴を上げていた。
だが――何をどうやったのか、気が付いたら、ズシン、という重い音がして、その酔っ払いは引っ繰り返っていた。
(はっ……?)
誰にも、一体何がどうなったのかが分からなかった。
ただ、リルカはニンマリと笑って、そのまま気絶した酔っ払いの懐を探っていた。
そして、ヒューリック銀貨とレックォン銅貨を数枚取り出すと、スクッと立ち上がって宣言した。
「よっし、一丁上がり! さ、次に寝て迷惑料取られたいのはどこの誰っ?」
……その言葉が、ここまで恐ろしく似合う女性も珍しいだろう。
団体客達は一斉に真っ蒼になると、一目散に上へ逃げて行った。
とてもとても恐ろしくて、ここにこれ以上いる気にはならなかったのだろう。
それに対し、周りにいた客やこの村の人達は、リルカに向かって拍手喝采だった。
「いいぞぉ、お嬢ちゃん!」
「かっこい~ぞ~!」
「最っ強!」
「ふふ、ありがとぉ! お客さん!」
リラは、ただただ唖然するばかりだった。
いくら酔っ払いとはいえ、大人の男を投げ飛ばしたのである。
先程の、ニコニコとした笑顔の、優しげでお喋りな女性と上手く繋がらなかったのだ。
「これは……」
「凄い……」
「……はっきり言って、ちょっと呆れましたねぇ……」
とは、ウィオとリューシュンとマウェである。
どうやら、ウィオとマウェだけでなく、リューシュンも武道の嗜みがあるようだ。
彼らはしばらく、食事をすることを忘れリルカに見入っていた。
「じゃ、邪魔だから外に出しとくわね?」
リルカはそう言うと、その酔っ払いを(恐ろしいことに)ズルズルと引き摺り(それも実に軽そうに)、外に出て行った。
戻って来たリルカに、リラは恐る恐る訊ねた。
「あの……リルカさん。外に出して、寒さで死んだりしませんか……?」
「あ、大丈夫、大丈夫! 干草たっぷりの家畜小屋に放り込んで来ただけだから! 死なれたら、そっちの方が大迷惑だもんねぇ~、この村にとって」
あっけらかんと笑って言われたその言葉に、リラはまたしても唖然呆然、絶句するのみだった……。