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旅中記  作者: 琅來
第Ⅰ部 往く道は、遠く、遙かに……
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第四章「旅立ち」―2

「こんばんはぁ……」

「いらっしゃい。お泊りですかね?」

 リラが声を掛けると、恰幅の良く人も良さそうな女将が出て来た。

「ええ。相部屋で、男が二人、女が一人でお願いします」

「そう。一泊の夕と朝の食事でいいかしら?」

「ええ。それでお願いします。あ、値段の方は……」

「ああ、全部で、レックォン銅貨三枚。前払いでお願いしますね」

「はい。え~っと、これでいいですか? すみませんが、お釣りもお願いします。レックォン銅貨二枚」

 リラが差し出したのは、レックォン銅貨ではなく、下級銀貨のヒューリック銀貨一枚だった。

 その女将は銀貨が偽物ではないかどうか確かめると、感心したように言った。

「ああ、あんたはちゃ~んと貨幣の価値、知ってるようだね。これでいいよ。はいはい、え~っと、ちょっと待ってね。いち、にい……はい、レックォン銅貨二枚」

「ありがとうございます。あ、あと、お願いがあるのですが」

「何だい?」

「夜中でいいですから、台所をお借りしてもいいですか? 狩って来たお肉を焼いてしまいたいので……」

「ああ、そんなことかい? だったら、今からでもいいよ。どうせ、うちもこれから乾し肉作ろうとしてたとこだし。うち、旅人の為に乾し肉も作ってんだ。だから、大した手間じゃないよ。良かったら、買ってきな」

「本当ですか? ありがとうございます。乾し肉は、明日の朝に買わせて頂きますね。……え~っと、じゃあ、これでいいですか?」

 リラは、レックォン銅貨の十分の一くらいの価値の、銅貨の中では最も価値が低いリブヤ銅貨を一枚と、まだ捌いていない野兎を差し出した。

 女将はまたもやそれを確かめると、頷いた。

「ああ。ちょっと、リルカっ! お客さん、案内しておくれ!」

「は~い、母さん! じゃあお客さん、こっちです。相部屋ですよね?」

「はい。そうです」

「じゃあ、こっちにどうぞ」

 そのリルカという二十歳前後の女性は、宿の二階へと案内した。

「ええっと、相部屋はこっちになります。男の方はこっち」

 と言うと、リルカは右手側の扉を指差した。

「女の方はこっちですね」

 と、今度は左手側の扉を指差した。

「お客さん達は、お夕飯も食べられるんですよね?」

「あ、はい」

「じゃあ、あと半刻ほど待ってもらえますか? そうしたらお夕飯ができるので。あ、朝は夜明けから一刻ぐらい経ってから食べられますから」

 リルカは、丁寧に説明をしてくれた。

 元々、お喋りなのだろうか。

 何故か、四人は廊下に立ったまま話すことになっていた。

「今日って、何か団体さんが一つ来てて、それで男性用の部屋、ちょっと狭いんです。ごめんなさいね?」

「あ、いえ。とんでもない。泊まれればそれで大丈夫ですから」

「あ、そうですか? ありがとうございます。あ、でも、女性用の部屋は大丈夫ですよ? 今日は貴女を含めてまだ三人目ですから」

 その言葉に、リラは目を瞠った。

「まあ! 相部屋なのに?」

「ええ。こういう時ってちょっと無駄かなって思うけど、泊まる時は泊まるんですよ? 特に……あたしの曾お祖父ちゃんがまだ生きてた頃、ほんと耳たこだってぐらい聞かされたことがあるんです」

「何かしら?」

「何か、帝都の方から、煌びやかに着飾った女性達が一人か二、三人で一つ部屋を取るっていう贅沢さで、ここに泊まったことがあるらしいんです! おまけに、弾んでくれるチップも信じられなかったみたいです。だって、宝石ですよ、宝石!」

 リルカは、信じられないと言うように首を振った。

「これが水晶クォーツとか琥珀アンバーとかの比較的安い宝石なら、まあ、さっすが帝都の人! すっごい羽振りがいいわ! って感心するだけですけど、小粒でも上質な猫目石キャッツアイとか柘榴石ガーネットとか翡翠ジェイドとか、果ては藍玉アクアマリンとか翠玉エメラルドとか! もう、曾お祖父ちゃんったら驚いて体が動かなくなっちゃったんですって! ま、その頃あたしちっちゃかったですから、そのまんま信じたんですね。でも、お客さんにその話したら、もう笑われました。面白い作り話だねって。あたしもおっきくなってから考えてみたら、やっぱり作り話だなって。だって、どう考えても可笑しいですよね? チップにあ~んなに高い宝石を渡すって」

 リルカは、実に面白可笑しく話した。

「え、ええ。そうですね。チップに藍玉や翠玉って……いくら小粒でも、ありえないわ。普通、リブヤ銅貨でしょう? よくてもマンウェル銅貨くらいで」

「そうそう。だってここら辺だと、小石くらいの大きさの水晶一粒だけで、個室の宿に一泊できますよ? 宿代と同じかちょっと安いくらいのチップなんて……信じられませんよね?」

「……そうだなぁ。ちょっと……いや、ものすっごい勿体ない気がする……」

「あ、やっぱりお客さんも思いますか?」

 その時、下から声がした。

「ちょっと、リルカぁ! いつまでも油売ってないで、さっさと戻ってきな!」

「あ、やば! ごめんなさいねぇ、お客さん。じゃ、失礼します!」

 リルカは、凄い勢いで階段を下って行った。

「ねぇ、マウェさん……さっきのお話って……」

 リラがぽつりと言うと、マウェは頷いた。

「ええ。やはり、そうでしょう。お妃様のご一行の……」

 ウィオは、眉を顰めた。

「やっぱり、ここもか。てか、ほんと勿体ないなぁ。ちょっとは節約しろって忠告したくなるぜ」

 彼らがこれまで立ち寄って来た農村の中には、同じような話をしてくれた所がいくつかあった。

 その度に彼らは、やはりこの道で間違いなかった、あのことは事実だと確信させられていた。

 マウェは、ウィオの言葉に首を振った。

「向こうとしては、勿体なくは思っていなかったはずですよ? 帝都では――特に上流階級では、大抵取引されるのは金貨ですから。そこから、小銭感覚で使われるのが銀貨です。銅貨なんて……見たことがあるのでしょうか……?」

 その言葉に、リラは天井を見上げた。

「信じられないわ……私、金貨なんてこの前初めて見たばっかりなのに……銀貨ですら、この旅をするので始めて使ったっていうのに……」

 金貨一枚と言えば、下級金貨のアンヴェイル金貨でも、農村の標準的な生活で半年は働かずに食べていける。

 下級銀貨であるヒューリック銀貨の二倍の価値がある、中級銀貨のブウォル銀貨一枚では一ヶ月ほど、中級銅貨のマンウェル銅貨一枚で一日ほどのことを考えると、眩暈がしそうなほどの贅沢さである。

 農村では、お金が取引されることが少ない。

 宿屋などでない限り、精々がリブヤ銅貨、高くてもマンウェル銅貨がいいところである。

 メイラン村は決して貧しい村ではなかったが、銀貨はおろかレックォン銅貨でさえも、滅多には取引されなかったのだ。

「では、そろそろ部屋に荷物を置きましょう。そしてゆっくりと休んで、夕飯の時にウォリューム村への最短距離か、シャブワル村への最短距離を訊きましょう」

「ええ。そうですね。じゃ、夕飯の時に」

「おう」

「では」

 ウィオとマウェは右側の扉へ、リラは左側の扉へ入った。

 リラが扉を開けると、そこには二人の女性がいた。

 一人はまだ十代後半ほどの若い女性で、もう一人は三十代中頃ほどの女性だった。

 親子らしく、顔が少し似ている。

「あら? 貴女もここに泊まるのかしら?」

「ええ。宜しくお願いしますね?」

「いいえ、いいのよ。どうせここは広いし」

「それに、ずっと三人で旅をしていたものだから、お喋りする相手がいて新鮮だわ」

「あら? 連れの男性がいるんですか?」

「ええ」

 その母親らしき女性は、若い女性を指して言った。

「この子の夫なんです。私にとっては義理の息子で」

「まあ、そうなんですか」

「ところで、貴女のお名前は?」

「私は、リラと言います。歳は十五です」

「そうですか。あたしは、メイファって言って、十八です。お母さんは、ミリーメイっていう名前で、歳は三十五です」

「ミリーメイ、ですか? お珍しい名前ですね」

「ええ。それで、小さい頃からちょっと困っちゃってねぇ……変わった名前だから、すぐに名前を憶えてもらえないのよ。それに、悪さをしても、ねぇ」

 そのミリーメイという女性はおっとりと微笑んだ。

「あ、そうだ。リラさんって、どこへ向かってるんですか?」

 その問いに、リラは少し慎重に答えた。

「……シャブワル村へ。私は、普段は帝都で働いてるんですけど、従姉がそこにいて、子供が産まれたからちょっと顔出しに来いって」

「へ~。じゃあ、あたし達の行き先と近いですね」

「どこへ?」

「あたし達は、ジャルウォン村に行くんです。これまた奇遇なことに、あたし達も帝都にいたんですが、お祖父ちゃんが病気で倒れちゃって」

 メイファは、小さく肩を竦めた。

「まあ……お気の毒に」

「いいえ、大丈夫ですよ。もうそろそろ六十になるから、充分長生きなんです」

「へ~……凄いですね。私は、もう父さんも母さんもいないから」

「まあ……」

 リラが肩を竦めると、いけない話題を振ってしまったと思ったのか、ミリーメイとメイファは気の毒そうな顔になった。

 しかし、リラは二人に微笑みを返す。

 そういう風に見られることは、慣れていた。

 けれど、違う話題を向こうから振られ、この気まずい空気から抜け出せたのでほっとした。

「でも、シャブワル村ってことは、ジャルウォン村とブラムウェル山一つ挟んだ先ね。とっても近いわ」

「ええ。私もびっくりしました。まさか、同じ方向に向かう方と同室になるなんて……」

「じゃあ、一緒に参りませんか?」

「ええ。それもいいとは思いますけど、ちょっと連れに訊ねないと」

「連れ?」

「ええ。その従姉の兄弟です」

「へぇ……」

「じゃあ、夕飯の時に訊いてみますね? 一緒に行ってもいいかって」

 リラは、口ではそう言ったものの、頭の中では二人とも断らないだろうと思っていた。

 ここは、三人にとっては未知の世界だ。

 だから、故郷に帰るという『未知ではない』世界の人に付いて行った方が楽だし、安全だし、迷う心配もほとんどない。

 ウェブラムの森に入った後の方が問題なのだが、リラはそれをあまり考えないようにしていた。

 それを考えると、心臓が締め付けられるような、苦しい思いに駆られるので。

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