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旅中記  作者: 琅來
第Ⅰ部 往く道は、遠く、遙かに……
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第四章「旅立ち」―1

 三人が家を出た時、まだ空は暗かった。

 それもそのはずで、太陽が昇るのにはあと半刻は待たなければならないからだ。

「それじゃあみんな、行って来るから」

「私達が旅の間、弟達を宜しくお願いします」

「ああ。分かってるとも」

「いってらっしゃい。気を付けて……絶対、帰ってきてね?」

「はい。分かってます」

「俺らは絶対に生きて、この村に帰ってくるからな。そして、この村を潰させなんかしないから」

「……本当に、気を付けてね? あんた達、変なところで無茶するんだから」

「大丈夫よ、シュリーさん。いざとなったらマウェさんが止めてくれるから。ね、マウェさん?」

「ええ。ご安心下さい。私は責任を持って、お二人をこの村まで送り届けます」

「……マウェ、息子達のことを……宜しく、頼む」

「はい。それでは参りましょうか、ウィオさん、リラさん」

「ええ。行って来ます」

 彼らはそう別れの言葉を口にすると、家を出て行った。

 まだ、辺りは暗い。

 その雰囲気に圧されたのかどうか、彼らは無言で進んだ。

 そしてあっと言う間に村の境界まで来た。

 そこを一歩でも出れば、旅は始まる。

 彼らは、無意識のうちにそこで一瞬立ち止まった。

 そして、そこを出た。

 彼らの旅は今、始まった。

 三人は、目の前に延びる道をただひたすら歩いていた。

 村には馬などという贅沢品はないので、歩くしかないのだ。

 道に迷ったら危ないし、馬ならば切り抜けられることも、徒歩では切り抜けられないということがあるかも知れないが、さすがに心許ない旅費でそこまでの贅沢をする気にはなれなかったので、仕方がない。

 それ以上に心配なのは、この三人の中に、ウェブラムの森に行ったことのある人がいないということだ。

 マウェは、オールクッド以外にも帝都を出る貴族に付いてあちこち行ったことはあるが、それでも、ウェブラムの森や元ミカッチェ村、現シャブワル村にまでは行ったことがなかったのだ。

 しかも、オールクッドがメイラン村に置いて行った物は地図でも何でもなく、ただ道順を記しただけの紙だった。

 どこの村を通り、どの道を進めばいいのかしか、書いていない。

 それ以外は、方角も何も書いていないのだ。

 これにはさすがのマウェも唸り、悪態を吐くのをすんでのところで押しとどめた。

 リラも、最初にそれを見た時に、やけに薄く小さい紙であったことに違和感を覚えたものの、完全に地図だと思い込んでいたので、それが地図でも何でもないと知って、しばらく落ち込んでいた。

 だから、結局この旅は、全く計画が練れないままに出発してしまうこととなったのだ。

 何とも無謀で、生存率が低い旅に。




「……あのぉ、すみません」

 リラは、近くを通り掛かった初老の老人に訊ねた。

「何だい?」

「ここの道を真っ直ぐ行った村は、ウォリューム村ですか?」

「いいや? ウォリューム村は、この先にあるリャンレイ村の南隣だよ。あんたら、旅の人かい?」

「ええ。そうです」

「じゃあ、可笑しくねえかい? 帝都は逆方向だろうに」

 そう言うと、その男はリラの背中の方向を指差した。

「ええ。私達は帝都ではなく、別の所に行こうとしているので……」

「ふ~ん。こりゃまた、珍しいな。お前さん、一人旅かい?」

「いえ、違います。もう二人いるんですけど、今は食料調達に行っているので……」

「ふ~ん。ま、気を付けなさいよ。近頃、色々と物騒だから」

「物騒……?」

「ああ。この頃、兵隊さんが多くってなぁ……。何か帝都であったんかな。ま、庶民の儂らにゃ関係ねえことだがよ。それじゃあ、急ぐでな」

「あ、はい。ありがとうございました」

 その男が立ち去ると、リラは深い溜息をついた。

「……まさか、ずれてたとはね……迷うはずよ」

 リラが故郷の村を出てから、二週間が経った。

 彼らは今、西の方角に向かって旅をしている。

 一週間ほど前、三人はフィリルの街という、少し大きな街に着いた。

 あの紙に書いてあった行程は、マウェによると『遠回りも甚だしい代物』らしい。

 だから、紙に書いていなかった場所を通って、彼らはフィリルの街まで旅をした。

 そのおかげで、紙に書いてあった行程で行くと一ヶ月も掛かった道程を、僅か一週間半ほどに減らすことができたのだ。

 だが、ここで問題が起こった。

 マウェは、お偉方に付いて様々な所を旅して回って来ていたが、その彼でもフィリルの街よりも西へは行ったことがないのだ。

 だから彼らはそこに三日間滞在して、シャブワル村までの最も近い道を訊いて回った。

 そして得た情報によると、その紙に書いてある道は、これ以上遠回りをしようと思っても中々できるものではないと断言できるほど、遠回りを推進するものだった。

 これには、訊ねる方も訊ねられた方も呆れ帰り、中には

『何か変なことにでも巻き込まれてはいないかい?』

 などと心配げに訊ね返してきた人もいた。

 そして今、彼らはウォリューム村に向かっていた。

 フィリルの街で得た情報では、シャデュック村を抜け、ブリュー山脈を越えてウォリューム村を通り、その先にあるウォルラの森を抜け、更にムウェリの街を抜けてジャルウォン村を抜けた先にあるブラムウェル山を越えた先にシャブワル村があるそうだ。

 フィリルの街からの道だけでも、どんなに急いでも二週間は掛かるらしい。

 もし渡された紙の道通りに進んで行ったら、ここからでも優に五ヶ月は掛かると気の毒そうな目と口調で言われた時のあの寒気を、リラは忘れることができなかった。

(そこまで、私達が憎いの? 陛下は、私が――巫女が隠されたことが、そんなに恨めしいの? 聞いた話によると、今の陛下には五十人近いお妃様がいらっしゃる。その中で、巫女は十九人もいる。当たり前よね。国中の巫女は、残さず陛下のお妃様になるんだもの。そして、皇子様や皇女様は四十人以上もいらっしゃる。……なのに、それなのに、私が欲しいの? 私を? 村を潰して、人を死なせてまで? ……私には、全く分からない。どうしてそこまで、己の欲を露わにして、その欲を何が何でも満たそうとするのか……。きっと、そのせいで人生を狂わされた方は、沢山いるはずだわ。あの昔語りの人達も、マウェさんやそのご先祖様、同じ村の方々も、そして……私達、も……)

 リラは、そっと目を瞑った。

 そして、自分の首に掛けてある、琥珀の首飾りをぎゅっと握り締めた。

 これには、リラの力が封じられている。

 だからなのだろうか、これを握るとリラは、安心するような、落ち着くような、暖かい気持ちになるのだ。

(私がもし《ウェルクリックス》を捕まえなければ、村は潰れる。《ウェルクリックス》を捕まえて来ても、私が巫女だってばれて結局村は潰れる。……あくどいやり方ね。どっちに転んでも、村が潰れるようになってるわ。でも……そんなこと、させない。私は、絶対に村を潰させない。みんなを、悲しい目には合わせたくないもの。それに……)

 リラは、そっと脳裏に自分の婚約者の顔を思い浮かべた。

(ウィオが悲しい顔するの、見たくないもん……。ウィオは、いっつもふざけて、でも、明るくって……。見てると、安心する……。ずっと、ウィオの近くにいたいなぁ……だったら、どうすればいいんだろう……私。下手をしたら、ずっとウィオに会えなくなっちゃう。村を潰したくもない。私は……一体、どうすれば。全部上手くいく方法って……何か、ないのかなぁ?)

「リラ」

 いきなり声を掛けられて、リラはドキンとして振り返った。

「あ……ウィオ」

「何だぁ? リラ」

「どうかなさいましたか?」

「あ……あのね、この道を西に真っ直ぐ進んだ所にあるのは、ウォリューム村じゃなくってリャンレイ村なんだって。ウォリューム村は、リャンレイ村の南隣だから、私達は、進行方向ずれてたみたい」

 リラの言葉に、ウィオは顔を顰めた。

「何だよっ! ずれてたのかぁ……。じゃあ、一日ずれるかな? マウェ」

「ええ。そうですね。仕方ありませんから、今日はリャンレイ村に泊まりましょう。そしてウォリューム村に行ってウォルラの森へ参りましょう。ああ、それとリャンレイ村にお住まいの方に、ウォルラの森への最短の道を訊かなければなりませんね。急いでリャンレイ村に向かいましょう」

「はい、マウェさん。でも……ちょっとこれ、勿体ないです」

 リラは、マウェが持っている野兎を見た。

「折角捕まえて来て下さったのに……」

「まあ、この後はウォルラの森を通りますからね。できるだけ食料はあった方がいいですし。リャンレイ村の宿屋に着いたら、厨房をお借りして、焼いておけば二日は大丈夫です。このぐらいの獲物でしたら、私達だけでも最低一食分は保ちますからね。森には獲物が沢山いますけど、あまり狩をする時間はないので」

「ええ……ああもう、思い出すだけで腹が立つ!」

 リラは珍しく声を上げた。

「帝都の人達がちゃ~んとした地図を渡してくれたら良かったのにっ! いくら何でも、ここまで私達を嫌わなくてもいいじゃないの。ねぇ、ウィオ?」

「ああ……だけど、それは今言っても仕方ねぇぞ、リラ。とにかく、リャンレイ村に急ごうぜ? さっさとしないと、ほら。日が暮れちまう」

 ウィオが指し示したように、太陽はもう、ほんのりと橙色に染まり掛けていた。

「あっ、本当だぁ……。じゃあ、行きましょうか、マウェさん?」

「ええ。そうですね」

 三人は、その道を西の方向へ進んで行った。

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