しびれる現実
俺はきっと悪い夢を見ているんだな。
妙なリアリティが目の前のソレや、俺自身にあるが知ったことか。んなもんは俺の脳が異常をきたしたと考えた方がまだ常識的だろうよ。
「ちょっと、聞いてます?」
……わかったよ。オーケー。認めよう。ばっちり現実臭い。これはもう俺の悪い夢なんかじゃないな。
アレだよ。……ついに俺は壊れたんだろ。
「あの、もしもし? 何やってるんですか?」
ほら、こんなにガツンガツン、頭を柱の角にぶつけても全然痛くない。むしろ段々と気持ちよくなってきた感すらある。
ああ、ほら。なんだか徐々に眠たくなってきた。夢の中でさらに寝るなんてアホな現象はまず無いだろうから、これは現実だ。
徹夜続きの俺の脳がドバドバと変なモノを垂れ流して、その結果として目の前のモノを見せているんだ。
うん。つまりは幻覚幻覚。
ほら、俺。お前のお脳様はお疲れだぞ。段々と眠くなってきた。適度な睡眠はちゃんと取れや。
「もしもーし。こんな可愛い子を前に寝るなんて失礼じゃありません?」
なんかたわけたことを言っているが、それですら俺の脳の異常だ。
大丈夫。寝りゃ直るだろ。治るじゃなくて直るとか思ってる時点で相当ヤバイな。末期症状だ。
「あっ。ホントに寝る気ですね。いいですよ。そっちがその気ならこっちにも考えがありますからね」
徐々に薄れいく意識の中、羽とか尻尾とかをちらつかせていた女は、そんなことをのたまっていた。
それは多分一時間くらい前のことだった気がする。
いや、というのも、俺は連日の徹夜のせいで時間の感覚とかその他諸々があやふやになっていたのだ。だから、もしかたら数分かもしれないのだ。
まぁ、それはいい。この際時間がどうとかは脇に置いておこう。
俺がテスト勉強を一通り終えて、小休止に入ろうとしたところで、ソレは現れた。
「こんにちは〜」
とか。言いながら。ものすごい破砕音を引き連れて。
部屋の窓とその周囲の壁が、中途半端な爆弾テロでも受けたかのように吹き飛んでいた。ものすごい至近に居たのに俺には全く破片が飛んできてなかった。助かった。と、思ってもいいのだろうか?
その妙に明るい器物破損及び不法侵入犯は、露出過多なゴシックドレスを身に纏った……。まぁ、その、なんだ。アレだよ。アレ。美少女とか言う奴だ。
腰まであろうかというほどの煌くプラチナブロンド。見事な逆三角の顔。高い鼻梁。大きな鶸色の瞳。露出されている肩とか脚とかは細くて。胸はささやかだが確かな存在感で自己主張をしている。
非現実的な美少女だった。
その美しさもそうだが、俺はそれよりもその背中についてる羽や、お尻で揺れている尻尾とか、妙に尖った長い耳が気になった。
羽や尻尾はアクセサリーだとしても、耳はありえねぇだろ。
「おめどうございまーすっ。あなたはこの度、“欲望抽選会”にこちらの勝手な偏見と独断とサイコロの出目によって、当選しちゃいました〜」
なんだって?
「あ、自己紹介を忘れてました。わたしはリティ。魔界欲望採集科の営業員です。将来的には偉そうな年増ババァを蹴落として社長の座につく予定です。よろしく〜」
可愛い顔して今、さらっと毒吐かなかったか?
いやいや。それより、なんだって? 魔界? 欲望採集科? なんじゃそりゃ?
「……えっと、はい?」
口を開いたものの、何を言えというのだ。言うべき言葉なんか、この異常事態でそう簡単に出てくるかっ!?
「あれ? わかりませんか? 意外と頭悪いんですね」
初対面の奴に対して失礼だなぁおい。
いや、違うだろ。そうじゃないだろ。落ち着け。こう言う場合パニクっちゃあダメだ。冷静に。クールにいこう。
「……アンタ、誰?」
「もう。さっきも言いましたよ。ちゃんと聞いてくださいっ」
めっ。とか可愛らしく怒ってから、目の前の珍美少女は自己紹介を再度行った。今度は先ほどよりも簡潔に。
「わたしはリティ。俗に言う、悪魔です」
すまんかった。俺の脳。適度な睡眠は必要だよな。
今度から気をつけよう。
「…………きぃ〜…………ださいっ!」
ものすごい衝撃が覚醒しかけていた俺を、今度は別の眠りに持っていこうとする。
「ぎゃあああああああ!」
そのありえない痛みに、俺はたまらずそんな怪獣みたいな悲鳴をあげた。
死ぬって。マジで。
頭を押さえながら陸に打ち上げられた鮮魚のようにビタンビタンとのた打ち回っていると、上から神経を逆なでするような声が投げかけられた。
「起きましたか」
「きっ、こっ、たっ――!?」
声にならないとはこのことだろう。
あまりの痛みにまともな声が出やしない。
「何言ってるんです? ていうかびったんびったん鬱陶しいですよ? おとなしくさせられたいですか?」
「ひぃっ」
のた打ち回る俺の目の前を紫電が踊った。めっさ怖いがな。
もはや恥じも外聞もかなぐり捨てて醜態を晒しまくる俺を、露出ゴス女は冷ややかな目で見下してやがる。……腹立たしいことこの上ない。
「わたしの話はまだ終わってないんですよ? おとなしく寝ないで聞いてくれません?」
俺は紫電をバチバチと手の平で遊ばせる目の前の異常物に必死で頷いて見せた。可愛い顔してすごい黒いよ。
「わたしがここに来たのは、ただの遊びじゃありません。あなたの欲望をもれなく叶えにやってきたんです」
「じゃあ、さっさと帰ってください」
よせばいいのに、俺は咄嗟にそう偽らざる気持ちを吐いてしまった。
正に後悔。後に悔いる。
「黙って聞いてください?」
笑顔で紫電を纏った黒い何かを俺の手前に投げてくる。
それは台風の日にセットでやってくる雷よりも大きな音を立てながら床を破壊した。ここで仮に俺が漏らしたとしても誰も攻められまい。――仮にだぞ?
「叶えて差し上げる欲望はこの“欲袋”が一杯になるまでです。それまでならば、幾らでも叶えて差し上げますよ」
そう言って手の平の上に出現させた紙袋を示す。“欲袋”って。んな福袋みたいな。
「あの、質問いいですか?」
俺はおずおずと手を上げる。下手に発言して怖い目に合わされるのはもう嫌だ。そんなチキンハートフルスロットルな所業。
「いいですよ」
「もしかして、その“欲袋”が一杯にならないとお帰りにならないのですか?」
ビビリすぎて口調がめっさ丁寧だ。
「よくわかりましたね。そうですよ」
にこり、とそう言って微笑む。
泣きたくなった。
てことは何か。俺が帰ってくれといっても帰らないんだろ。その紙袋が一杯になるまで俺は……。
そこまで考えて、俺はその思考を止めた。
やめよう。これ以上は自分の首を絞めるだけだ。これ以上は鬱になる。
「あの、それで。欲望は何でも叶えてもらえるんでせうか?」
だから、俺は前向きな質問をした。
何でも叶えてもらえるなら、思いつく先から全部叶えてもらって、さっさと帰っていただこう。そのほうが俺にとっての最良だ。
「ええ。もちろん」
いよっしゃー。
俺は内心でそうガッツポーズを作る。
「んじゃあ、まずは、俺を億万長者に!」
「汗水流して働いてください」
「……」
「……」
「えーと、俺をモテモテに……」
「整形したほうが早いんじゃないですか? いい医者を知ってますよ」
「……」
「……」
「じゃ、じゃあ。PS3を――」
「再販されるのを待ったらどうです?」
「…………」
「…………」
「俺を頭脳明晰に――」
「……ハッ」
こ、このアマ……。鼻で笑いやがった。
「んじゃあ、なにができるんじゃい!?」
思わず口調が元の俺に戻る。
「そうですね。炊事洗濯ですかね」
しれっとそんなことを言いやがった。
ああ? 炊事に洗濯だぁ? なんじゃそりゃこら! なめとんのかこら。
「をい。テメェ、もう一回自己紹介してみぃや」
「なんだかキャラが変わりましたね」
「ええからせぇや」
「はいはい。――魔界欲望採集科の営業員、リティです。俗に言う悪魔ですが何か?」
「お前さん。悪魔なんだよな?」
「そうですよ。このとんがり尻尾が証拠です」
ふりふりと尻尾を振る。可愛らしいお尻も一緒にふりふりされて、眼福眼福。
「欲望を叶えるんだよな?」
「そのために下界まで降りてきたんです」
「んじゃなんでどれもこれもできんのじゃーーーーっ!」
恐怖感とかは全部怒りに変換された。欲望が叶うぞやほーい。とか思ってたからその分怒りはでかい。
「だって、わたしまだ入社したばっかりですもん」
頬を染めて指先を突付き合わせながら、恥ずかしそうにそう言った。
その姿はものすごくかわいらしくて、一瞬くらっと来たが、ソレがいけなかった。
「んじゃあ、てめぇ、×××(検閲削除)とか×××とかさせぇや!」
「…………は、い?」
「テメェの×××で俺様の×××を(これ以上は非常にまずいので割愛)」
「な、なななななな」
耳まで真っ赤に染めてそううろたえだした。可愛らしい容姿でのその仕草とかは俺の嗜虐心をくすぐるのには十分だった。
もはや俺を止めることなど誰にも――。
「へんたいっ」
「きぃぃぃいいいいいいいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
涙声でリティが叫ぶと同時に、俺の男の象徴を紫電が襲いまくった。そりゃもう、容赦なく。
この痛みは、筆舌に尽くしがたく、即死するに足るものだった。
俺は再び意識を失った。
きっと、もう二度と蘇ることは無いだろう……。
――て。ちょっと待てい! 俺の人生これでお終い? ちょっそんなっ!?
正直――すまんかった。マジで反省してます。
けど、悔いはない。
あー……こんなアホなモンを書いてる作者を哀れむような目で見るのはやめてあげてください。きっと増長します。