↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Out-of-Page Märchen  作者: 桜桃
第3章 - 回収者編 -

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/50

第3章 回収者編 - 第4話「選択」

潮が満ち始め、波の音が少しだけ高くなる。


男は何も話さない。

ただ、時折後ろにいる咲《さく》へ視線を移し、また前を向く。


咲《さく》は男との距離を保ちながら、導かれるまま歩いた。


視線を落とす。


あれから、ジョーカーは何も反応しなくなってしまった。

もしかしたら、もう役目を終えたのかもしれない。


しかし。


これは、案内人の彼との初めての繋がりだった。


少なくとも、彼だけは始末や回収といった物騒《ぶっそう》な意思はなかった。


むしろ―――少し、楽しかった。


きっとまた会えた時に、思い出のカードとして、話題になるかもしれない。


「……そんなわけ、ないか」


温かくなりかけた心に、影が落ちる。


もう、会えないかもしれないのに。

その可能性の方が、高いのに。


「何ぶつぶつ言ってんだ」


引っかかるような声が、静かな空気を裂いた。


顔を上げると、男は首を捻り、咲《さく》へと視線を向けていた。


「今までの人間は、大抵口を開けば命乞《いのちご》いだった」


陸の方へと視線を移すと、深く息を吐く。


「……別に。どうせ死ぬなら、最後に思い出に浸ったっていいでしょ」


男は、咲《さく》の言葉に返事を返さなかった。


顔は不機嫌そのものだ。

しかし、今すぐどうこうするような気配は感じられない。


ただじっと咲《さく》を見ると、また視線を先に戻し、歩き出す。


しばらく歩くと、海とは反対側へ伸びる道の先に、小さな明かりが見えていた。


「……ぇ……」


呼吸に混じり、吐息のような声が出る。


先ほどまで、どこを向いても海と岩場しか存在しなかったのに、それは急に現れた。


煙突のついた屋根。

風見鶏《かざみどり》。

看板。

石畳の道。


見間違いじゃない。


人の住む場所が、その先の光景に広がっている。


―――街だ。


灯りがあって、声があって、この海とは違う世界。


それだけで、胸の奥に小さな熱が灯る。


誰かがいる。

建物がある。

道がある。


ただそれだけのものが、今は救いの形に見えた。


「……あァ」


男も、それに気づいていたらしい。


「見えてんだろ。……街だ」


振り返らずに言う。

触手《しょくしゅ》が、ゆっくりと揺れる。


「ここからなら……走れば、届くかもしれねェな」


“かもしれない”。


確信じゃない。

でも、ゼロでもない。


しかし。


この希望に縋《すが》りたい思考が、“今すぐ街へ行け”と、信号を出している。


息が上がる。

心臓の音がうるさい。


男は背を向けたまま続ける。


「魔女の気配は、まだ薄い。今なら、回収も処分も来ねェかもな」


咲《さく》は、ぎゅっと手を握る。

言っていることはめちゃくちゃだ。


なのに。


先ほどまで、今後の生存率がほとんどなかった選択肢に比べれば、圧倒的に希望がある。


一瞬、沈黙が落ちる。


男は、足を止めたまま動かない。

追いかける様子も、引き留める素振りもない。


「……おかしいよな」


ぽつりと呟く。


「俺は本来、お前を連れてくか、殺す側だ」


男は、背を向けたまま淡々と言う。


「離れんなら、止める理由はねェ。むしろその方が、楽だ」


咲《さく》は、妙な違和感を覚える。

止める理由はあるはずだ。


器《うつわ》。


この男は、海の魔女が入るための“人魚姫の器《うつわ》”が必要だと言っていた。

止める理由しかないはずなのに、なぜ。


その理由を問う前に、男が続ける。


「……なのによ」


言葉が、ほんの少し詰まる。


「毒が、まだ弾《はじ》かれてる」


自分の触手《しょくしゅ》を見る。


「ただ、回収できるようになるまで、待ってるだけのはずだった」


そのはずなのに。

目の前で起こるイレギュラーな状況が、男の常識を乱す。


「怯えた目を向けられんのは慣れてる。命乞《いのちご》いも、死ぬほど聞いてきた。……だが」


男は、こちらを見ようとしない。

触手《しょくしゅ》も、ゆっくりと揺れるだけ。


「……ビビんねェ目で普通に話してきたやつは、お前だけだ」


前を向いたまま、言葉を重ねる。


「今の距離が……やりづれェ」


低く、吐き出すような声。


街は、確かに見えている。

灯りも、道も、ある。


―――今なら、逃げられるかもしれない。


男は、何も言わない。

追い払わない。

命令もしない。


ただ、判断を保留したまま立っている。


ここで、街へ向かうこともできる。

それでも、彼のところに留まることもできる。


どちらを選んでも、破滅の未来は避けられないかもしれない。


波が足元を洗った。


毒と灯りの境界《きょうかい》で、時間だけが、静かに流れていた。





【第3章 回収者編 - 第4話「選択」- 完 -】

→第3章 回収者編 - 第5話「偽物の安心」へ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。