このろくでもない世界で
『眞木ちゃん、ごめん、すぐオフィスまで来て』
「はぁ?」
夜勤明けで、今日は午後出勤OKだった筈なのに、いきなり職場から呼び出し。
しかも、電話してきたのは、直属上司であるレンジャー隊門司第2小隊の隊長である中島真一ではなく、門司第1小隊の隊長の野見山千夏だ。
ちなみに、誕生日は冬至の日なのに、何故か、名前が「千夏」。
あたしの場合、去年の3月……まだ、勤務地が久留米だった頃……に当時の副隊長が殉職した結果の副隊長昇格だったので、実質的に警察学校時代の同期の「|対異能力犯罪機構広域警察・レンジャー隊」組の中では出世頭だ。
『眞木ちゃん達のチームが、例の『正義の味方』から得た情報だけど、60%ぐらい裏が取れた』
「60%?」
『眞木ちゃん達が逮捕した連中が、ほぼ同じ情報を自白したみたい……。あと、連中が持ってた携帯電話の中の情報でも裏が取れた。けど、親分格は……』
「何か有ったの?」
『受けたダメージが心霊系のヤツがメインなんで、治療に時間がかかりそうだって。だから、取調べは、まだ無理。「魔法使い」さん達の専門用語で言う「呪詛返し」みたい』
「なるほどね」
現実の「魔法」はファンタジーRPGとは違う。
誰かを「呪い殺す」事は得意だが、炎も吹雪も電撃も衝撃波も出せない。基本的に、対生物・対霊体に特化したモノばかりだ。何でも、物理現象に関しては、平均的な一般人なら余裕で呪い殺せるような奴でも、ロウソクに火を点けるのがやっとらしい。
そして、使うのにも色々と制約が有る。
例えば、ストロー級のボクサーが、自分の倍の体重の重量挙げのオリンピック選手が「ふんッ‼」と腹筋に力を入れてる時に、その腹をベアナックルで殴ったら、どうなるか?
ノーダメージなら、まだ、マシだ。下手すりゃ、自分の拳を痛める。
それと同じで、並の魔法使いが、「魔法を使える訳じゃないが先天的に『気』の量が異常に多い」奴や……何なら、自分より技量や気の量が段違いの同業者に攻撃魔法を使うと……効かないなら運がいい方で、下手すりゃ逆に自分がダメージを受ける。
更に「使い魔」だか「式神」だかを他の「魔法使い」にブチのめされたら、すぐに「縁」とやらを切らないと、自分にダメージが行く。
誰かを呪い殺そうとして、これまた、別の「魔法使い」に術を破られたら、やっぱり、エラい事態になる。
夜中に逮捕した連中の中のリーダー格の奴も、そ〜ゆ〜理屈で、「心霊治療」とやらが必要な状況らしい。
一度、元は化物級の「魔法使い」だったのに、その手のダメージのせいで、ほぼ「魔法」が使えなくなった奴を逮捕した事が有るが……風の噂では、自分を怨んでる相手からの報復を恐れて、刑務所に入った後、自分から独房行きを申請した挙句、貴重な自由時間でさえ引きこもり状態らしい。
「じゃ、午前中には到着するようにすっけどさ……」
『何?』
「朝飯食ってからでいい? あと私服出勤でもOK?」
『好きにして……あと、新入りさん達にも状況を説明する』
「は〜い」
ガスレンジにケトルを置いて点火。
眠気醒しも兼ねてシャワーを浴び、風呂場から出る頃にはガスレンジにかけてたお湯が沸いてて……。
カップ麺を喰い終った後に歯を磨く頃には、短かくしてる髪は乾き……。
「いっそ、坊主頭にでもすっかなぁ……どう思う?」
20代も後半なのに、毎晩抱いて寝てる兎と狸と恐竜(×2)のヌイグルミにそう話しかけながら着替え……。
返事が無い。
まるでヌイグルミみたいだ。
いや、まるでじゃなくて、本当にヌイグルミだ。
何か、自分でも、頭が冴えてない気がする。
「じゃ……あたしが居ない間、仲良くしとくんだよ〜」
マズい……。
門司に転勤になってから、仕事仲間とヌイグルミとしかロクに話しをしてない。
本当の家族は10年前の富士の噴火の時の旧首都圏壊滅で死に、育ての母親も数年前に、一緒に養子になった高校の頃の同級生も、去年、仕事で海外に行った時に事故で死亡……育ての母親の実の娘が……早い話が妹だが……2人居るけど、その片方と今年の初めに大喧嘩をしてから疎遠状態。
職場の規則で、SNSにアカウントを作るのはOKだけど、投稿は基本的にNG。あくまで情報収集とリアル知人とのDM用途だけ。
もちろん、SNSで警察官だとバレる真似をやったり、職場に知られてない裏アカを作ってたら大目玉だ。
マジで、あたしらが今居るのは、ラノベやアニメの学園モノの「学園」より遥かに狭い世界だ。
あたしの職場以外の知り合いの数は、高校生の妹達の「学校外」の知り合いの数より桁1つ少ないのは確実だ。
とは言え、ここまで厳しくしても、やっぱり、マル暴の奴らがヤクザとつるんでたりとか、ハムの連中がテロ組織に取り込まれてたりなんて話は日常茶飯事……この厳しい規則、冗談抜きで、ラノベの学園ものの意味不明な校則より何の役にも立ってない。
空は五月晴れ。でも、あたしの気分は、ビミョ〜にイマイチ。
「おはよ……」
「もう10時半すよ」
門司区役所の近くに有る、1階がコンビニと食堂になっている以外は、全階が広域警察の支局になってるビルのエレベーターの前で、同じく呼び出されたらしい、ウチの小隊の隊長と鉢合わせ。
このビルの「住人」どもは、何となく、どこの警察機構の奴らか雰囲気で判る。
広域組対に長く勤めてる奴らは、ヤクザっぽい感じになり、広域公安と広域麻取は……お堅いサラリーマンっぽい感じだが、最近、ビミョ〜な雰囲気の違いで区別が付くようになってきた。
で、あたしらは……一般人の……それも休日みて〜な服装。
一応は何か有った時の為に動き易い服装にしてるが、身分証はデスクの鍵付きの引き出しの中で、拳銃に至っては各小隊の隊長の許可が無いと開けられない、これまた鍵付きのロッカーの中。もちろん、強化装甲服は、これまた、最低でも上の事後承認無しに開けたら減俸処分の地下倉庫内で、しかも、目の網膜パターンだか静脈パターンだかが「持ち主」と一致しないと起動すらしない。
エレベーターが、あたしらのオフィスが有るフロアに到着すると……。
「あ……全員、上の大会議室に集ってくれだそうです……」
そこに居たのは……ウチの小隊で一番の堅物の池田晴紀。
「あたしらで最後?」
「いえ、まだ、大石が……」
池田が、そう言った途端、エレベーターがもう1つ到着。
「あ、おはようございます」
中から出てきたのは、ウチの小隊の内……この1年と2〜3ヶ月の間、死に損なってばかりの4人組の最後の1人である大石隆太。
「あれ? 池田、お前だけ制服? あと、何で、俺達しか居ないんすか?」
「全員、上の大会議室に集まれってさ……」




