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(完結)『隣の席の田中くんが異世界最強勇者だった件』  作者: 雲と空
第二章:運命の扉と私たちだけの世界
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9話:『ぼっち勇者』の秘密、そして二人で歩む道

「田中くん!?」


私の声に、田中くんは驚愕と困惑の表情を浮かべたまま硬直していた。


周囲の通行人たちは私たちに一瞬視線を向ける。だが、まるで田中くんが見えていないかのように、すぐに興味を失って通り過ぎていく。


「さ、佐藤さん……? どうして、ここに……?」


田中くんの震える声が、私の胸を締め付けた。


彼の目には、信じられないものを見たかのような動揺と、同時に――まるで秘密基地を見つかった子供のような、困惑が色濃く浮かんでいる。


「あの光のゲートに入っていくのを見たから、私……!」


言葉に詰まる。こんな状況で、何をどう説明すればいいのか。


田中くんは長い間私をじっと見つめていた。


その表情に、驚きから諦め、そして――まるで「ああ、とうとうバレてしまった」とでも言いたげな、微かな安堵のようなものが混じっているのが見えた。


「……そうですか。来てしまったんですね」


彼は俯き、その横顔に深い疲労と孤独が滲んでいる。


でも同時に、どこか観念したような表情も見える。


「田中くん……あなた、一体、ここで何を……?」


田中くんはゆっくりと顔を上げ、決意を込めた目で私を見据えた――のだが、すぐに視線を逸らした。


やっぱり人の目を見て話すのは苦手らしい。


「……佐藤さん。ここが『異世界』です」


言葉を選びながら、小声でぼそぼそと続ける。


「まだ信じられないかもしれませんが……僕は、この世界では『勇者』という役割を与えられています」


勇者? 田中くんが?


その単語は、私の中で現実離れしすぎていて、うまく理解できなかった。


あの、教室の端でいつもうつむいている田中くんが?


「魔王の脅威から世界を救う、とか……」


田中くんは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。


「まあ、僕みたいなのが勇者って、システムも相当適当ですよね。他にもっといい人材いるだろうに」


その自虐的な笑いが、逆に彼の心の奥の複雑さを物語っていた。


「僕が初めてこの世界に来たのは、二ヶ月ほど前のことです」


遠くを見つめながら、ぽつりぽつりと話し始める。


「現実世界での僕は……どこにいても透明人間でした。誰にも気づかれず、何をしても失敗ばかりで、ただ息苦しい毎日だった」


彼の言葉が、私の胸に重くのしかかる。


「でも、ここに来て、システムから『勇者』だと告げられた時……」


田中くんは一度言葉を切って、苦笑いを浮かべた。


「正直、最初は『は?僕が?間違いでしょ?』って感じでした。生まれて初めて、自分に『役割』らしきものが与えられたんですけど、それすらも戸惑いの方が大きくて」


一度口を閉じ、深く息を吐く。


「最初は怖かった。魔物が跋扈する危険な世界だとすぐに気づきました。最初のスライムに殺されかけて、泣きながら逃げ回りましたし」


真剣な表情で私の目を――やっぱり見られなくて、足元を見ながら続ける。


「でも、現実世界での1時間が、ここでは1日になる。そのことを知った時……僕は思ったんです」


視線が遥か彼方を見据える。


「ここなら、誰にも邪魔されず、誰にも見られず、失敗しても笑われることなく、ゆっくりと、自分を高められるんじゃないかって」


その言葉は、彼の奥底にあった、ひたむきな願いそのものだった。


「それからは、自分の意志で、何度もここに転移して訓練を重ねてきました。誰かに強制されたわけじゃない。僕自身が、この場所でなら――少しは、マシな人間になれるかもしれないって、そう思ったから……」


たった二ヶ月で、一人で。


私の想像を遥かに超えていた。



「でも、どうして田中くんは一人なの……? ギルドで仲間を探したりは……」


田中くんは顔を伏せた。


「僕には……そういうのは、無理なんです」


胸の奥から絞り出されたような、痛みを伴う言葉だった。


「ギルドには登録しました。でも……」


田中くんは苦笑いを浮かべた。


「受付のお姉さんに『パーティを組むことをお勧めします』って言われたんですけど、僕、その場で『あ、はい、検討します』って言って、そのまま逃げるように帰ってきちゃって」


その情けない告白に、なぜか私は微笑ましさを感じた。


「冒険者たちが集まるあのざわついた空間にいるだけで、誰かに声をかけることなんて……僕にはできませんでした」


私は、ギルドの喧騒を思い浮かべた。


活気に満ちた冒険者たち、張り詰めた空気、依頼を探す人々の熱気。


そんな場所に、いつもクラスの隅で息を潜めていた田中くんが一人で立っている姿を想像する。


きっと、他の誰にも気づかれることなく、ただその場の空気に押しつぶされそうになっていたのだろう。


――その孤独を思うと、胸が苦しくなる。


「一回だけ、勇気を出して冒険者の人に声をかけようとしたんです」


田中くんは苦い笑いを浮かべた。


「でも、『あ、あの……』って言ったところで、その人に完全に無視されて。まあ、僕の声が小さすぎて聞こえなかっただけなんですけど」


彼は肩をすくめた。


「それで完全に心が折れちゃって。やっぱり僕は一人でやるしかないんだなって」


「だから、ギルドで仲間を探すことは諦めました」


拳を握りしめる。


「一人で、ひたすら訓練して、戦って、強くなるしかなかった」


ゆっくりと顔を上げた目には、深い諦めと、同時に静かな決意が混じっていた。


「……誰にも、このことを話したことはありませんでした。話しても、きっと信じてもらえないでしょうし……」


そして、小さく呟いた。


「それに、僕がこの世界で戦っている姿なんて、誰にも見られたくないですから……恥ずかしすぎて」


彼の言葉が、私の胸に深く突き刺さった。


いじめっ子たちを倒した時の、あの無意識の強さ。校舎裏でチンピラを制圧した時の、あの精悍な横顔。その全てが、彼にとって「誰にも見られたくない」ものであったという事実。


「僕、こっちの世界でも結構ドジなんです」


田中くんは自嘲的に笑った。


「魔物と戦ってる時に転んだり、呪文の詠唱を噛んだり、一人で迷子になったり……そんな情けない『勇者』なんて、誰にも見せられません」


彼は、ずっと一人だった。


この「異世界」で、文字通り命懸けで、そして誰にも見られることなく「ぼっち勇者」として生きてきたのだ。


「……見られてないって……私には、見えてるよ、田中くん」


私は震える声を振り絞って言った。


「田中くんが、いじめっ子たちを倒したのも、校舎裏でゲートに入っていくのも、全部」


田中くんはハッとしたように私を見て――やっぱりすぐに視線を逸らして、信じられないというように首を横に振る。


「そんなはずは……僕には、存在希薄化という認識阻害状態があります。僕は現実世界では誰にも正しく認識されないはずなんです」


彼は困ったように頭を掻いた。


「だから、佐藤さんが僕を追ってきたこと自体も信じられなくて……どうして、佐藤さんだけ、僕を認識できるんですか?」


私自身も、その理由が分からなかった。


頭の中に、特別なメッセージが表示されることもない。


ただ、私は彼の全てを、他の誰にもできない形で認識できる。


「私にも、分からない……。でも、とにかく、見えてるんだよ、田中くん。田中くんのことが、ちゃんと」


私の声に、田中くんはさらに驚いた顔になった。


「そんな……まさか、そんなことが……僕なんかを……」


田中くんの顔に、希望のような光が灯った――でも同時に、まだ信じきれないような戸惑いも混じっている。


ずっと一人だった彼にとって、自分の秘密を共有できる存在が、しかも自分の能力を打ち破る形で現れたことは、どれほどの衝撃だろうか。


私は、彼の隣に立ち、そのひどい汚れと傷だらけの手を、両手でそっと包み込むように強く握った。


私の手と彼の傷だらけの手が触れた瞬間、なぜか心臓がドクン、と大きく跳ねた。


熱い魔力が、手のひらから田中くんに流れ込んでいくような、不思議な感覚。


「田中くん。私、田中くんが一人でこんな大変な思いをしてたなんて知らなかった……」


彼の手を握りしめながら続ける。


「でも、これからは大丈夫だよ。私が、田中くんをちゃんと見てるから。全部、一緒に乗り越えよう」


田中くんは、何も言わずに、ただ私の手を見つめていた。


その目に、涙が滲んでいるように見えた。



「佐藤さん……」


彼の声は震えていた。


「本当に……僕を、見ていてくれるんですか?こんな、情けない僕でも……?」


「うん。絶対に」


私は強くうなずいた。


「田中くんは、全然情けなくなんかないよ。一人でここまで頑張ってきたじゃない」


長い沈黙の後、田中くんは小さく、でも確かに微笑んだ。


「ありがとう……初めて、一人じゃないって思えました」


そして、私は田中くんの手を握ったまま、自分の胸に湧き上がった確信に、息をのんだ。


なぜ私だけが、田中くんを認識できるのか。


そして、なぜ、この世界に来た今、私の身体から田中くんに魔力が流れ込んでいるような感覚があるのか。


それはきっと、偶然ではない。


私自身にも、この異世界と、そして田中くんと繋がる、何らかの秘密があるはずだ。


その謎を解き明かすことが、田中くんを救う、最初の一歩になる。


そして何より――


「田中くん、今度一緒にギルドに行こう」


私は微笑んだ。


「私がいれば、きっと大丈夫だよ。一人じゃないんだから」


田中くんは驚いたような顔をして、それから恥ずかしそうに頷いた。


「は、はい……でも、僕、人と話すの下手だから、佐藤さんに迷惑かけちゃうかも……」


「大丈夫。私が田中くんの通訳になってあげる」


私は決意を固めた。


『ぼっち勇者』田中くんの、最高のパートナーになってみせる。


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