8話:足を踏み入れた異世界、そして魔物の影
全身を襲う衝撃と共に、私は硬い地面に投げ出された。目を開けると、そこは知らない場所だった。
「う、うぅ……」
体を起こそうとするが、全身がひどく痛む。
特に頭がガンガンする。
恐る恐る周囲を見回すと、鬱蒼とした森の中にいることに気づいた。
高く伸びる木々は見慣れない形をしていて、葉の色もどこか現実世界とは違う。
空気はひんやりとしていて、微かに獣の匂いがする。
「ここ、どこ……?まさか、本当に……」
田中くんを追って光のゲートに飛び込んだのは覚えている。
ということは、ここは……?
その考えに至り、私の心臓はドクンと嫌な音を立てた。
同時に、言いようのない興奮が込み上げてくる。
本当に来てしまったのだ。田中くんが、いつも行っていた場所に。
「田中くんは?どこ!?」
慌てて周囲を探す。しかし、彼の姿はどこにもない。
私一人だけが、この見知らぬ森の中に投げ出されたようだ。
途方に暮れて立ち尽くしていると、突然、頭の中に直接響くような声が聞こえた。
『転移者よ。初めての転移、歓迎する。ここは「始まりの森」。』
「え?何、この声!?」
驚いてあたりを見回すが、誰もいない。
『これより、お前は異世界の理に従う。まず、初期装備を選択せよ。選択肢は以下の通り。』
頭の中に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。
そこには、いくつか武器のイラストと説明が書かれていた。
鉄の剣(STR補正:小、片手武器)
木の杖(INT補正:小、魔法武器)
革の弓(AGI補正:小、遠距離武器)
ショートナイフ(AGI補正:小、隠密武器)
「え、なにこれ、ゲームみたい……!」
私は目を輝かせた。
不安よりも、未知の体験への好奇心が勝る。
剣は重そうだし、杖は魔法が使えないと意味がない。
弓は使い方が分からない。残るは……。
「ショートナイフ……よし、これにしよう!」
直感でショートナイフを選ぶ。
素早い動きと相性が良さそうだと思ったのだ。
ウィンドウが消えると同時に、私の右手に、ずっしりとした重みの短いナイフが現れた。
そして、私の体に、見慣れない薄茶色の動きやすいチュニックと、丈夫そうなズボン、そして簡素なブーツが身についていた。
制服は消えている。
「おおー……」
妙に感心していると、足元で、ぴちゃ、と嫌な音がした。
見ると、緑色のゼリー状の塊が、ゆっくりとこちらに近づいてきている。ぶよぶよとした体には、小さな目のようなものが二つ。
『スライム:最弱の魔物。初期経験値を有す。』
再び頭の中に声が響く。
スライム。図鑑で見たことがある。最弱の魔物、ということは……!
「よし、やるしかない!」
意を決してナイフを構える。
ぴちゃぴちゃと近づいてくるスライムに、思い切ってナイフを突き立てた。
プシュッ!
という音と共に、スライムは弾け飛び、緑色の液体が飛び散った。
私の服にもべっとりと付着したが、痛みはない。
『経験値を獲得しました。レベルが上がりました。』
頭の中でメッセージが表示される。すると、視界の片隅に、私の名前とステータスが表示された。
佐藤 花 Lv.1 ⇒ Lv.2
筋力(STR): E ⇒ E+
体力(VIT): E ⇒ E+
知力(INT): C
敏捷(AGI): E ⇒ E+
精神力(MND): B
運(LUK): B
『スキルを獲得しました:初期回復(微小)』
『スキルを獲得しました:運命の導き手(特殊)』
「マジか!本当にレベルアップとかスキルとかあるんだ……!」
私は興奮に震えた。これぞまさに、ゲームの世界!
初期回復スキルは、体が少し楽になった気がする。
スライムを倒したことで、体全体の痛みも和らいでいた。
しかし、安堵したのも束の間だった。
ガサガサ……。
森の奥から、複数の物音が聞こえてくる。
「え……?」
視線の先に現れたのは、小さな緑色の人型。耳が尖り、手に粗末な棍棒を持っている。
『ゴブリン:群れで行動する好戦的な魔物。』
一匹、二匹……。あっという間に、十数匹のゴブリンが私を取り囲んでいた。
その全てが、ギラギラとした赤い目で私を睨んでいる。
「う、嘘でしょ……!?」
私はゾッとした。スライムとは明らかに格が違う。体が震えだす。
しかし、その震えは、恐怖だけではなかった。
そして、ゴブリン地獄が始まった。
『やってやる……!』
田中くんが、一人でこんな世界で戦っているんだ。私だって、負けていられない!
「うおおおおおおおっ!」
私は叫び、手にしたショートナイフを握りしめて、最も近いゴブリンに飛びかかった。
短く鋭いナイフが、ゴブリンの胴体に深く突き刺さる。
ゴブリンは甲高い悲鳴を上げて倒れた。
『経験値を獲得しました。』
次々と襲い来るゴブリンを、私は必死で迎え撃った。
ナイフを振り回し、時には回避に徹する。
何度も攻撃を受け、全身に痛みが走る。
それでも、ゴブリンが倒れるたびにレベルが上がり、ステータスが僅かに上昇していくのが分かる。
気付けば、空は茜色から漆黒へと変わり、そして、また仄かな光が差し込み始めていた。
夜通し、私はゴブリンと戦い続けていたのだ。
倒しても倒しても湧き出るゴブリンの群れ。
正直、もう限界だった。体は傷だらけで、足元もおぼつかない。
だが、目の前のゴブリンを倒せば、また経験値が入る。
その繰り返しが、私を突き動かしていた。
そして、夜が明け、太陽が昇り始めた頃、ついに私は、森の出口にたどり着いた。
「ハァ、ハァ……!」
森を抜けた先に広がっていたのは、石造りの建物が並ぶ、見慣れない街並みだった。
煙突からは煙が立ち上り、活気を感じさせる。助かった……!
安堵と疲労で、その場にへたり込みそうになった、その時だった。
街の入り口の門のそばに、見慣れた背中が見えた。
その人物は、私と同じ高校の制服ではなく、簡素だが動きやすそうな皮鎧を身につけ、腰には長剣を携えている。
「田中くん……!?」
私の声に、田中くんがゆっくりと振り返った。
その顔には、驚愕と、困惑、そしてかすかな焦りが浮かんでいた。
私は、田中くんの物語をこの目で見て、この胸で感じています。
彼の強さ、優しさ、そして葛藤。それらすべてが、私にとって、かけがえのない宝物です。
もし、あなたがこの物語に夢中になってくれたなら、私と同じです。
その気持ちを、ぜひ【評価】と【ブックマーク】で表現していただけると嬉しいです!