48話:「信仰の分岐点、新たな神の台頭」
交流都市ハーモニアの建設が始まって一ヶ月。人間と魔族が協力して基礎工事を進める光景は、もはや珍しいものではなくなっていた。
「おい、そっちの魔石をもう少し右に」
「分かった。この角度でどうだ?」
人間の職人と魔族の技師が、何の違和感もなく会話を交わしながら作業を進めている。そんな中、田中は各地から届く報告に変化を感じ取っていた。神殿での参拝者が減っているという報告が相次いでいるのだ。
「花」
田中が声をかけると、設計図を手にした花が振り返った。
「最近、神殿での参拝者が減っているって報告が増えてるんだ」
花は頷き、設計図を脇に置いた。
「私も気になってた。各地の商人たちからも同じような話を聞くわ」
そこへ、由希子が駆け寄ってきた。
「田中くん、花ちゃん!大変よ!」
「どうしたの、由希子?」
「城塞都市ヴェサリウスから使者が来たの。ハインリッヒ三世が緊急に相談したいことがあるって」
建設が順調に進む中、不穏な空気が漂い始めた。その不安は、予想もしない形で払拭されることになる。
城塞都市ヴェサリウスの王宮。ハインリッヒ三世は深刻な表情で田中たちを迎えた。
「田中殿、来ていただいてありがとう」
王が重々しく口を開く。
「実は、非常に興味深い現象が起きているのです」
側近が分厚い書類の束を持ってきた。各地の神殿からの報告書だ。そこには、参拝者の減少や供物の激減に加え、さらに奇妙な現象が記されていた。
「神像から光が消える、神託が聞こえなくなる、聖なる炎が小さくなる……」
花が読み上げるたびに、田中たちの表情は険しくなる。しかし、その報告書には、これまでとは違う、新たな記述が加わっていた。
「そして、この報告を最後に、一部の神殿で、神像が光り輝き始めたのです。今までとは違う、暖かく、優しい光を放ちながら」
王の言葉に、田中たちは驚きを隠せない。
「それは……一体、何を意味するのでしょうか?」
由希子の問いに、王は厳粛な表情で答えた。
「各地の神官たちが、口を揃えてこう言っているのです。『古き神は去り、新たな神が降臨した』と」
王はさらに続けた。
「新たな神は、神託を通じてこう告げたそうです。『汝らよ、互いに手を取り合い、慈しみ合うべし。魔族もまた、我が愛する子らなり』と」
神崎先生が資料を詳しく見ていた。
「時期を見ると、ハーモニアでの人間と魔族の交流が本格化した時期と一致しますね。人々の信仰心の変化が、古い神を退け、新たな神を呼び寄せたのかもしれません」
由希子は理解した表情を見せた。
「つまり、私たち人間の心が魔族との共存を望んだことで、それに呼応する神様が現れたってことですか?」
王は深く頷いた。
「その通りです。民衆の間で『魔族も我々と同じ心を持つ存在なのではないか』という声が広がった結果、神殿で祀られる神そのものが変わってしまった。しかし、王国全土で起きたわけではない。あくまでも、ハーモニアに近い一部の神殿でのみ起きている現象です」
一方、魔王城では、アルカディウスが神の力の変化を感じ取っていた。
「四天王たちよ。感じるか?この世界の流れの変化を」
リエラが静かに言った。
「神の圧迫感が弱まっている……いいえ、違います。重苦しい存在感と、清らかな存在感が、この世界で混在しています」
ダリウスが警告した。
「油断は禁物です。人間側の罠かもしれません」
しかし、アルカディウスは首を振った。
「いや、これは罠ではない。人々の心が、神を変えたのだ。だが、それは、すべての人間が同じ心を抱いたわけではない、ということだ」
数日後、田中たちは魔王城の謁見の間にいた。アルカディウスの表情は、どこか安堵しているように見えた。
「田中よ、君たちの努力により、この世界は一つの大きな転機を迎えたようだ」
魔王は口を開いた。
「古き神、セレスティスは、人々の信仰心の変質によって、一部の地域で力を失い、去っていった。しかし、完全に消えたわけではない。未だセレスティスを盲目的に信じる者たちの信仰に支えられ、その力は依然として健在だ」
茜が前に出た。
「じゃあ、また勇者が転移してくるかもしれないってことか?」
「ああ、おそらくはな。セレスティスの力が完全に失われていない限り、勇者の転移は起こり続けるだろう。しかし、その力は以前より弱まっているはずだ。新たな神の信仰が広まるにつれて、その転移の頻度も落ちていくだろう」
アルカディウスはそう言って、深く頷いた。
「君たちが始めた交流が、人々の心を動かし、その心が神を変えた。君たちは、我々魔族の未来を救ってくれた。しかし、まだ戦いは終わっていない」
花は明るく言った。
「じゃあ、私たちはどうすればいいんですか?」
「今できることを続けるしかありません」
神崎先生が答えた。
「人間と魔族の理解を深め、セレスティスの影響力をさらに弱めることです」
アルカディウスは立ち上がった。
「田中よ、君たちがいる限り、希望は失われない。神が変質したことで、この世界は新たな時代を迎える。しかし、それは始まりに過ぎない」
田中は決意を新たにした。
「分かりました。僕たちは、この平和を必ず守り抜きます」
魔王城を後にした田中たちは、夕焼けに染まる空を見上げた。神の重苦しい存在感は完全に消え去ったわけではないが、その間に清らかな、優しい空気が満ちている。
「神の力が弱まったんじゃなくて、神様自身が変わったのか……」
「すごいことだね。私たちの行動が、本当に世界を変えたんだ」
茜が拳を握った。
「だったら、その平和を絶対に守り抜く。誰にも邪魔させない!」
由希子も力強く頷いた。
「人間と魔族の絆も、もっともっと深めないとね」
夕日が地平線に沈んでいく。信仰が二つに分かたれた世界で、新しい時代の夜明けはもうそこまで来ていた。




