47話:人間と魔族、二つの世界を繋ぐ橋(前編)
大野たち三人との激戦から一週間が経った。
彼らの力に蝕まれた身体が崩壊していく様子は、見ていて辛いものがあった。神から与えられた絶大な力は、確かに圧倒的だったが、それは使用者を破滅に導く諸刃の剣でしかなかった。
「やはり、神の与える力というのは歪んでいるんだな」
田中くんはそう呟きながら、魔王城の謁見の間にいた。
大野たちとの戦いで破壊された人間領土の各地では、復興作業が始まっている。しかし、今度は別の問題が持ち上がっていた。
「田中よ」
魔王アルカディウス様が重々しい声で口を開いた。
「神の怒りはまだ収まっていない。私たちが和平を結ぼうとも、神は必ず新たな刺客を送り込んでくるだろう」
「ええ、分かっています」
田中くんは頷いた。
「でも、だからといって何もしないわけにはいきません。まずは人間と魔族が理解し合うことから始めないと」
私が前に出た。
「魔王様、城塞都市ヴェサリウスの王との直接対話はどうでしょうか?これまでずっと、お互いの真意を伝える機会がなかったじゃないですか」
「確かに」
アルカディウス様は長い髭を撫でながら考え込んだ。
「しかし、王が応じるだろうか?」
「応じてもらいます」
田中くんの声には確信があった。
「僕たちが仲裁に入れば、必ず話は通じるはずです」
茜お姉ちゃんが腕を組みながら言った。
「場所はどうするんだ?どちらかの領土だと、どうしても有利不利が生まれるだろう」
由希子ちゃんが提案した。
「それなら、中間地点はどうでしょう?城塞都市ヴェサリウスと魔王領の境界から、ちょうど中間にある都市で」
「ポートランドね」
神崎先生が地図を見ながら言った。
「あそこなら商業都市だから、中立的な立場を保てるでしょう」
こうして、歴史的な会談の場所が決まった。
ポートランド──かつて人間と魔族が交易を行っていた、平和な時代の象徴のような街だった。
ポートランドの中央広場に建つ古い集会所。
かつては商人たちの取引の場として使われていたこの建物が、今日は人間と魔族の歴史的会談の舞台となった。
長い楕円形のテーブルの片側には、城塞都市ヴェサリウスの王ハインリッヒ三世とその側近たち。
反対側には魔王アルカディウス様と四天王たち。
そして中央には田中くんたちのパーティが座っていた。
「まず最初に」
王が重々しく口を開いた。
「この度の件について、私は深くお詫びしなければならない」
魔王は驚いたような表情を見せた。
「お詫び、ですか?」
「そうだ」
王の声は震えていた。
「我々は長い間、魔族を一方的に悪と決めつけて戦争を仕掛けてきた。しかし、田中殿たちから真実を聞き、私は自分たちがいかに愚かだったかを痛感している」
アルカディウス様は静かに頷いた。
「王よ、私たちもまた、人間を恨んできた。しかし、その恨みの連鎖を断ち切らねばならない時が来たのではないでしょうか」
私が立ち上がった。
「お二人とも、過去のことを責め合っても何も生まれません。大切なのは、これからどう共存していくかです」
「佐藤さんの言う通りです」
田中くんも立ち上がった。
「僕が異世界で見てきたものは、人間も魔族も、みんな大切な人を守ろうとする同じ心を持った存在だということでした」
王の側近の一人が口を挟んだ。
「しかし、民衆の感情はそう簡単に変わるものでしょうか?長年の敵対関係を一朝一夕に解消するのは」
「時間はかかるでしょうね」
私が答えた。
「でも、不可能ではありません。現に、私たちは魔族の方々と友達になれました」
四天王の一人、リエラが微笑んだ。
「最初に田中さんたちが魔王城に来た時は、正直警戒していました。でも、今では本当に信頼できる仲間だと思っています」
「交流が始まれば、きっと理解し合えるはずです」
由希子ちゃんが優しく言った。
「人間も魔族も、根本的には同じなんですから」
神崎先生が資料を取り出した。
「実際に、各地で人間と魔族が協力して問題を解決した事例が報告されています。大野たちが暴れた後の復興作業でも、魔族の方々が自発的に手伝ってくださったと聞きました」
王は深くため息をついた。
「それなのに、我々はずっと戦争を続けてきた。なんと愚かなことだったか」
「過去は変えられません」
アルカディウス様が厳かに言った。
「しかし、未来は変えることができる。私たちの子供たちには、もうこのような争いを経験させたくはありません」
茜お姉ちゃんが力強く言った。
「だったら、本格的な交流を始めましょう。商業でも、文化でも、学術でも、お互いに学び合えることはたくさんあるはずです」
「そうですね」
王が頷いた。
「魔法技術などは、我々人間が魔族から学べることが多いでしょう」
ガルザが豪快に笑った。
「こちらこそ、人間の鍛冶技術には興味があります。田中殿の持つ黒刃の剣も、ドワーフが改造したものでしたね」
「そうです」
田中くんは愛用の剣を見つめた。
「ドワーフのマイスター・グリムが改造したものでした」
「では」
私が提案した。
「定期的な交流会を開くのはどうでしょう?最初は小規模でもいいから、お互いを知る機会を作りませんか?」
王とアルカディウス様は顔を見合わせた。
「それは良い提案だ」
王が答えた。
「段階的に交流を深めていけば、民衆の理解も得やすいだろう」
「賛成です」
魔王も頷いた。
「ただし、安全面での配慮は必要ですね。まだまだ偏見を持つ者も多いでしょうから」
神崎先生が手を挙げた。
「それなら、教育面でのアプローチはいかがでしょう?子供たちから始めれば、偏見のない世代を育てることができます」
「素晴らしいアイデアです」
由希子ちゃんが目を輝かせた。
「魔族の子供たちと人間の子供たちが一緒に学べる場所があれば」
しかし、王の表情が曇った。
「問題は、そのような場所をどこに設けるかだ。人間の領土では魔族が危険にさらされる可能性があり、魔族の領土では人間が不安に思うだろう」
一同が黙り込んだ。確かにそれは大きな問題だった。
その時、田中くんがゆっくりと口を開いた。
「それなら、中立地帯を作るのはどうでしょうか?」
「中立地帯?」
「はい。どちらの領土でもない、新しい街を作るんです」
田中くんの目が輝いていた。
「そこでは人間も魔族も対等な立場で交流できる」
私が興奮したように言った。
「それよ!お互いが安心して交流できる場所があれば、きっと理解も深まるわ」
「しかし、そんな場所がどこにあるというのだ?」
王が尋ねた。
茜お姉ちゃんが地図を指差した。
「魔族領の入り口の森と人間領土の境界、あの辺りの平原はどうでしょう?」
アルカディウス様が首を振った。
「それでは魔族領に近すぎる。人間の方々が不安に思われるでしょう」
「それなら」
田中くんが提案した。
「人間領土側に作りませんか?魔族領への侵略という過去の過ちを考えれば、人間側が歩み寄るべきです」
王は深く考え込んだ。
「確かに、それが筋というものかもしれません」
「でも、本当にそんな街を一から作れるのでしょうか?」
由希子ちゃんが心配そうに言った。
「作れます」
田中くんの声には確信があった。
「人間と魔族が力を合わせれば、必ずできます」
神崎先生が実用的な提案をした。
「建設に関しては、魔族の魔法と人間の技術を組み合わせれば、効率的に進められるでしょう」
「資金面はどうしましょう?」
王が尋ねた。
「それは人間と魔族、双方で負担しましょう」
アルカディウス様が答えた。
「この街は、まさに協力の象徴となるべきです」
私がワクワクした表情で言った。
「どんな街にしましょうか?商業地区、住宅地区、それに学校も必要ですね」
「図書館も欲しいな」
茜お姉ちゃんが言った。
「人間と魔族の知識を集めた、世界一の図書館を作ろう」
「病院も必要ですね」
由希子ちゃんが付け加えた。
「人間も魔族も安心して治療を受けられる場所を」
「それに」
ガルザが豪快に笑いながら言った。
「酒場も必要だ!酒を酌み交わせば、どんな種族でも友達になれる」
一同が笑った。緊張した会談の雰囲気が、少しずつ和らいでいく。
「では」
王が改まって言った。
「この中立都市建設の提案を、正式に受け入れさせていただこう」
「私も賛成します」
アルカディウス様も頷いた。
「人間と魔族の新しい歴史の始まりですね」
会談は成功に終わった。人類史上初めて、人間と魔族が対等な立場で交わした平和協定。それは小さな一歩だったが、確実に未来への道筋をつけた瞬間だった。
この物語は続きます。




