42話:「神に騙されていた真実」
玉座の間に足を踏み入れた私たちを迎えたのは、威圧的な魔物の姿ではなかった。
そこに座っていたのは、深い慈愛と憂いを湛えた瞳を持つ、品格ある男性魔族。
魔王アルカディウス様だった。
「勇者よ、よくぞここまで辿り着いた」
魔王様は立ち上がり、私たちに向かって深々と頭を下げた。
「え…?」
私たちは困惑した。
「まず、お詫びを申し上げたい。私の部下たちが君たちを攻撃したことを」
「いえ…でも、私たちが勝手に侵入したんです」
田中くんは慌てて答える。
「それでも、君たちは話し合いを求めていた」
魔王様の言葉に、四天王たちは申し訳なさそうに俯いた。
「魔王様…私たちは何を信じればいいのでしょうか」
田中くんは率直に尋ねた。
「まず、君たちが知らされている『真実』について話そう」
魔王様は重い口を開いた。
「君たちは、私たち魔族が人間を攻撃し、領土を侵略していると教わってきたのではないか?」
「はい…そう聞いています」
「では、この魔王領に来るまでに見たものを思い出してほしい」
魔王様の言葉で、私たちは魔王領で目撃した光景を思い返した。煙の上がった町や村、魔族を襲う冒険者、城下町へ避難を強いられた魔族の民たち。そして、修復されていない関所の残骸。
「あれは…」
私の表情が青ざめる。
「そうだ。戦争を仕掛けているのは人間側なのだ」
魔王様の説明は、私たちの世界観を根底から覆すものだった。
「何度も和平交渉をしようとしたが、相手にもされない」
「そんな…でも、どうして私たちはそのことを知らなかったんですか」
由希子ちゃんが震え声で尋ねた。
「それを説明するためには、まずある存在について話さなければならない」
魔王様は深刻な表情になった。
「君たちは『セレスティス』というものを知っているか?」
魔王様が重々しく口を開いた。私たちは顔を見合わせる。
「セレスティス…ですか?」
「そんな存在がいるんですか?」
田中くんが困惑して尋ねる。
「ああ、存在している。セレスティスという神だ。実態を持たない神だ」
魔王様は深いため息をついた。
「セレスティスは人間を愛している。それは間違いない。だが、その愛があまりにも歪んでいるのだ。人間を愛するあまり、私たち魔族を憎んでいる」
「そんな…」
「セレスティスの目的は、私たち魔族を絶滅させることだ。人間だけが住む『完璧な世界』を実現しようとしている」
私たちは言葉を失った。そんな存在がいたなんて。
「セレスティスは人間たちに『魔族は悪』だと信じ込ませ、争わせている。そして君たちのような転移者に力を与え、私たちを倒そうとしているのだ」
「転移者に力を…」
私が自分の胸に手を当てた。
「そうだ。君たちが持つすべてのスキルは、我々を倒すためにセレスティスが与えた力だ。実に迷惑な話だ」
魔王様の声には怒りがにじんでいた。
「魔族が一体何をしたというのか。我々は平穏に暮らしていただけなのに」
「でも…」
田中くんが戸惑いながら言った。
「僕たちの力は…」
「一度与えたスキルは、たとえ小さなものでも、その持ち主の中で育ち成長する。君たちの力が強大になったのも、セレスティスの思惑通りなのだろう」
「それこそがセレスティスの狡猾さだ。セレスティスは人間たちに真実を隠し、魔族を悪だと信じ込ませている。君たち人間は、セレスティスに騙されていたのだ」
「私たちは戦いたくない。ただ、家族と仲間を守りたいだけなのだ」
魔王様の声には、深い疲れがにじんでいた。
「私には愛する妻がいる。そして、まだ幼い子供たちがいる。彼らを守るために、私は生きている」
「僕たちと…同じですね」
田中くんがぽつりと呟いた。
「そうだ、勇者よ。私たちは敵同士ではない。どちらも、大切な人を守ろうとしているだけなのだ」
「魔王様…私たちに何ができるでしょうか」
私が前に出た。
「君たちにお願いがある。人間側との和平交渉の仲介をしてもらえないだろうか」
「和平交渉…」
「魔族は誰であろうと相手にされない。しかし、君たちになら話を聞いてもらえるかもしれない」
魔王様の提案に、私たちは顔を見合わせた。
「……やりましょう」
田中くんは考えながら答えた。
「僕たちがこの目で見た真実を、必ず人間側に伝えます」
問題はきっと簡単ではない。
簡単ではないけど、私たちのやるべきことなのかもしれない。
そう思えるようになった自分に、少し驚いていた。
私は魔王アルカディアだ。
どうか君たちの力を貸して欲しい。
私は一族を守りたいだけなんだ。
ブックマークと評価をして、私達の和平交渉を助けて欲しい。




