41話:魔王城侵入と誤解の始まり
魔王城は威圧的な要塞ではなかった。
品格のある美しい古い石造りの城壁に囲まれた城下町が、そこには広がっていた。
城壁の内側には数多くの建物が立ち並び、多くの魔族たちが穏やかな日常を送っている。
私たち一行は、ついにその城下町の門に辿り着いた。
門番の姿はなく、扉に鍵もかかっていない。それもそのはず――このだだっ広い魔王領で、何の目印もないこの場所を発見できた勇者も冒険者も、今まで一人としていなかったのだから。
門を開けると、内側は厳重な三重扉構造になっていたが、そこにも人の気配はない。私たちは迷うことなく門をくぐり、城下町の中へと足を踏み入れた。
「なぜ人間がここに!?隠蔽結界を破れるはずが...」
魔王城の城下町に現れた私たちを目にして、城内にいた魔族たちは驚愕の声を上げた。
兵士の姿はほとんど見当たらず、非戦闘員である住民たちは私たちを見ると悲鳴を上げて逃げ惑う。その動揺ぶりは明らかで、私たちも警戒態勢を取りながらも、なんとか戦闘を避けようと試みた。
「話し合いたいんです!僕たちは戦いに来たわけじゃない!」
田中くんは必死に説得を試みる。しかし、彼の言葉は魔族たちには届かなかった。彼らの目には警戒と憎しみが宿っている。
「人間の言葉など信じられるか!お前たちがどれだけの同胞を...」
その声が響くと同時に、巨大な影が私たちの前に立ちはだかった。そして次々と、強そうな魔族たちが姿を現す。
「我が名は鋼鉄のガルザ!魔王軍最強の盾なり!」
「我は疾風のリエラ!魔王軍最速の刃!」
「我は癒しのセラフィム!魔王軍最高の慈愛なり!」
「そして、我は智謀のダリウス!魔王軍最高の頭脳なり!」
四体の魔族は一列に並び、迫力満点のポーズを決める。
「我ら!アルカディア魔王軍四天王!」
その壮大で、どこか滑稽な登場シーンに、私たちパーティーは思わず呆気にとられてしまった。
「…なんか、ヒーロー戦隊みたいだな」
お姉ちゃんがポツリと呟く。その言葉に由希子ちゃんが小さく頷いた。
「だけど、日本のお侍さんみたいで立派だよね」
私はそう続けた。
しかし田中くんは気を引き締めていた。彼らの目は真剣そのものだったからだ。
「魔王様に手出しはさせん!ここで死ね、人間ども!」
田中くんたちの言葉は彼らに届かず、リエラが放つ黒色破壊光線がこちらに向かってきた。
「私の生徒たちは私が守る!」
麗華先生はとっさに前に出て、その黒色破壊光線をライトシールドで正面から受け止める。黒い光線は無力化され、消滅した。
「そんな…私の最強の破壊魔法が……」
リエラは驚愕の声を上げる。
「それなら格闘戦ならどうだ!」
ガルザは鋼鉄の鎚を持って一直線にこちらに向かってきた。
「ここは僕が!」
田中くんはその突進を剣で受け止めると、そのまま弾き返す。
「ぐっ……」
「ガルザさん!」
吹き飛ばされたガルザのもとに、セラフィムが駆け寄って回復魔法をかける。
「このまま通すわけには……」
ガルザは再び立ち上がろうとする。
「この城下町には魔王様の幼いお子様方も住まわれている。一歩たりとも通すわけにはいかない!」
その時、ガルザの脇をすり抜けて、猛スピードで田中くんに向かってくる者がいた。
「お前が勇者だな!」
目にも止まらないスピードで田中くんのもとにたどり着いたのは、疾風のリエラだ。細長い剣で田中くんに斬りかかる。
「させない!」
私はその間に割って入り、レイピアでリエラの攻撃を受け止める。その隙を突いて、お姉ちゃんがリエラの腹部にパンチを食らわせた。
「ぐふっ!」
リエラはガルザのところまで吹き飛ばされる。ガルザは慌てて彼女を受け止めた。
「魔王に会わせろって言ってるだけだろ!とっとと会わせろ!」
お姉ちゃんが叫んだ。
その時、智謀のダリウスが前に進み出た。
「やめよう。俺たちはこいつらには勝てない。抵抗はしない……俺たちをさっさと殺せ!だが、町の住民たちは許してくれ……頼む」
彼は静かに、しかし決意に満ちた目でそう言った。
「俺たちは本当に話し合いに来たんだ。信じてくれ」
田中くんは剣を鞘に収める。それに続いて私も剣を収めた。お姉ちゃんはそもそも剣すら抜いていなかった。
「こいつら……信じていいのか」
ガルザは目を丸くして、私たちを見渡す。セラフィムはすでに涙を流していた。
「わかった……魔王様のところに案内してやる……」
智謀のダリウスは田中くんをまっすぐな目で見つめ、そう告げた。
私たちは四天王に案内されて、だだっ広い魔王城の中を進んでいく。
「広いなあ~」
私が声を上げる。
「あんまりキョロキョロ見ちゃ失礼だよ」
由希子ちゃんが私を注意する。
「あれは壺?あれ何だろう!何か不思議なものがたくさんあるなあ」
お姉ちゃんは私よりもさらにキョロキョロしている。
「……」
由希子ちゃんは何も言えなかった。
「魔王様は我々魔族だけでなく、すべての弱者を守ろうとされている…」
智謀のダリウスは誇らしげに魔王のことを説明してくれる。城内の兵士が少ないのは、魔王領の町や都市の守護と復興作業のため出払っているからだと教えてくれた。
「魔王様に拾われなければ、私は路頭に迷う孤児のままだった…」
疾風のリエラがさらに続ける。
「魔王様はほんとに素晴らしいんだ!」
ガルザも何が素晴らしいのかよくわからないが、ひたすら「素晴らしい」を連呼している。
「魔王様は私の憧れ……なんです」
癒しのセラフィムは恥ずかしそうに話す。
私は、みんな魔王のことが本当に好きなんだなあと感じた。
そして彼らが侵略したいわけではなく、「ただ、家族を守りたいだけなんだ」という共通の願いを抱えていることを知った。
「僕たちと同じだ…大切な人を守ろうとしている」
田中くんが小さくつぶやいたのが聞こえた。
「勇者よ、よくぞここまで辿り着いた」
魔王城の玉座の間から、静かで威厳のある声が響いた。
私たちは、ついに魔王との初対面を果たすのだった。




