40話:「隠された魔王城発見」
森を抜けるにつれて、魔族の気配が濃くなってきた。
田中くんは相変わらず周囲を警戒し、由希子ちゃんと茜お姉ちゃんはいつでも動けるように準備を整えている。
麗華先生は私たちの盾となるべく、魔力を込めたライトシールドを身に纏っていた。
「みんな、ここからは特に注意が必要よ」
麗華先生の声には緊張が滲んでいる。
確かに、空気の質が変わったのを感じる。
重苦しく、まるで見えない重圧が肩にのしかかってくるようだ。
少し前まで獣の鳴き声が響いていた森は、今はひっそりと静まり返っている。
しばらく進むと、開けた場所にたどり着いた。そこには、見るも無残な廃墟があった。
「これは……関所か」
田中くんが低く呟く。
分厚い木の門は粉々に砕かれ、見張り台らしき建物も半分が崩れ落ちていた。
魔族領への入り口だったであろうこの場所は、今や無残な姿を晒している。
「これ、誰がやったんでしょう?」
由希子ちゃんの声が震えている。
「冒険者、もしくは勇者たちだろう」
田中くんの言葉に、私は思わず息を呑んだ。
隣で麗華先生も、悲痛な表情でその光景を見つめている。
「魔族は、自分たちの縄張りでこんな破壊はしない。これほど徹底的に壊すのは人間側の仕業だ」
関所の残骸には修復の跡がなかった。
打ち捨てられたまま、風雨に晒され続けている。
この光景が、魔族たちの苦境を雄弁に物語っていた。
人間からの襲撃を受けても、それを修復する余力すら失っている。
私たちが想像していたよりも、魔族の状況は深刻なのかもしれない。
「急ごう。このままでは魔族の哨戒に発見される恐れがある」
田中くんの指示で、私たちは再び森の奥へと進み始めた。
道中、獰猛な唸り声とともに、燃え盛る炎を吐くケルベロスが二頭、茂みから襲いかかってきた。
三つの首を持つその姿は、魔族領に相応しい強力なモンスターであることを一目で理解させる。
「私が盾になります。みなさん、お願いします!
」
麗華先生の声が響く間もなく、ケルベロスたちが口を大きく開いた。
炎のブレスが先生のライトシールドに叩きつけられ、轟音と熱風が私たちを襲う。
しかし先生のシールドは微動だにしない。
その隙に、田中くんが素早い剣捌きで敵の攻撃を受け流し、茜お姉ちゃんが炎の魔法を放つ。
さらにお姉ちゃんは剣に炎を纏わせ、ケルベロスの横腹に切りかかった。
私も負けてはいられない。
『真実の目』がケルベロスの弱点を捉えていた。
首の付け根、そして後ろ足の関節部分——そこに小さな隙間がある。
私はレイピアを握りしめ、先生のライトシールドの陰から素早く飛び出し、狙いを定めて突きを放つ。
「うぐあああ!」
ケルベロスの悲鳴が響く。
私の攻撃は致命傷を与えるほどではないが、確実に敵の動きを鈍らせた。
「花の攻撃、効いてる!」
由希子ちゃんが叫び、すかさず私たちにサポート魔法と回復魔法をかける。
由希子ちゃんの魔法で身体が軽やかになり、戦闘中に負った小さな傷も瞬く間に癒えていく。
私たちの連携は完璧だった。
強力なケルベロスも、あっという間に退散していく。
戦闘を終えてさらに進むと、目の前に広大な荒野が広がった。
遠くに見える山脈は、不気味な黒い岩肌を晒している。
「大きな街や村は避けた方がいい」
田中くんが言う。
「人間の冒険者と鉢合わせしても、追い返すことはできる。だけど、それ以上に魔族を傷つけてしまうかもしれない。無用な戦闘は避けたい」
麗華先生は「そうですね」と頷いた。
先生も、私たち生徒を無意味な戦いに巻き込みたくないと思っているのだろう。
田中くんは周囲を警戒しながら、何かを探すように視線を巡らせる。
「魔王城らしきものは……確かにここからは見えないな」
田中くんが困ったような表情を浮かべる。
私には、あんなにはっきり見えているのに。
みんながあまりに真剣な顔で周りを見回し、首を捻っているものだから、なかなか言い出せずにいた。
そのとき、田中くんが「あれ?」と私の方を見る。
「システムメッセージが……佐藤花に『真実の目』というスキルを与えたので発見できるはずだと言っている」
「「「え?」」」
みんなが一斉に私の方を向く。
「花? 見えるの?」
田中くんの顔が近づく。
私は慌てて頷いた。
「うん……あっち……」
田中くんの顔が近くて恥ずかしいので、指だけで方向を示す。
「あっちに……何かがあるよ。すごく大きな、建物みたいなものが……」
私は荒野の遥か彼方を指差した。みんなの視線が私の指先に集中する。
「モンスターの弱点がわかるのは、このスキルのおまけ機能なんだって。今、そういう表示が出てる」
私がそう説明すると、「へえ〜」とお姉ちゃんが感心したように頷いた。
「このスキル、一体何なんだろうね?」
お姉ちゃんは不思議そうに呟く。
きっと魔王を倒すためなんだろう……そう思ったけれど、悲しくなるので口には出さなかった。
私たちは歩みを進め、まっすぐ魔王城へ向かった。
私が「着いたよ」と告げると、突然目の前に巨大な門が姿を現した。
まるで最初からそこにあったかのように、当然のように佇んでいる。
田中くんは私の言葉に力強く頷く。
「ああ。ここからが本番だ。みんな、準備はいいか?」
私たちは全員、緊張しながらも頷いた。麗華先生も、しっかりとライトシールドを構える。
魔王城の結界が静かに消散し、重厚な門がゆっくりと開かれていく。
新たな局面が、今、始まろうとしていた。




