38話:魔族の子供を助けて、私たちが知った真実
辺境の村での盗賊討伐を終え、城塞都市ヴェサリウスに戻った私たち。
ギルドに報告を済ませ、一息つこうとした時だった。
「田中健太殿にお伺いしたい儀がある。陛下がお呼びである」
突然、王室の使者に呼び止められた。
私たちは皆、驚きを隠せない。
今まで田中くんが王に謁見したことは一度もなかった。
実力は認められていたとはいえ、対人関係が苦手な田中くんは正式な謁見を避けてきたのだ。
でも、今回は私たちも一緒だ。
「大丈夫だよ、田中くん。私たちがついてるから」
そう言って、私たちは王城へと向かった。
厳かな雰囲気の謁見の間。
国王ハインリッヒ三世は、田中くんを勇者として正式に認定した。
「多くの勇者が現れては消えていく中、そなたほどの実績を重ねた者はいない。黒刃の勇者よ、ついに魔王討伐の時が来たのだ」
国王の説明によると、魔族領は東方の険しい山脈の向こうにある。
「嘆きの渓谷」という、ただ一つの狭い谷間からしか入れないという。
「嘆きの渓谷を抜けた先には、魔族の特殊な結界が張り巡らされており、村や街は人間の目には映らん。多くの勇者や冒険者が挑戦したが、魔王城の在り処すら掴めずにおる。近頃は魔族どもの反撃も激しくなっておるゆえ、くれぐれも油断はするな」
重い使命を背負って王城を後にした私たちは、いよいよ魔族領へと足を踏み入れることになった。
「嘆きの渓谷」は、想像をはるかに超える険しい道のりだった。
両側を切り立った崖に挟まれた、人が一人通れるほどの細い道。
私たちは慎重に進んでいく。
「この先が魔族領の境界だ」
田中くんが地図を確認しながら言った。
渓谷を抜けると、鬱蒼とした深い森が広がっていた。
「境界の森」――多くの勇者が魔族との初戦を繰り広げる場所だ。
森に入ってしばらく歩くと、突然、地の底から響くような大きな咆哮が聞こえてきた。
「フォレストベア!」
巨大な熊のような魔物が姿を現す。
魔族領の魔物は一段と強力で、威圧感がこれまでの比ではない。
田中くんの黒刃がきらめき、茜お姉ちゃんの炎剣が唸る。
由希子ちゃんが回復魔法で私たちをサポートし、私がモンスターの動きを読んで指示を出す。
完璧な連携で、魔物はあっという間に倒れた。
「やっぱり、魔族領の魔物は手強いな」
田中くんが息を整えながらつぶやく。
さらに森の奥へ進むと、今度は遠くから戦闘の音が聞こえてきた。
金属がぶつかり合う音、魔法が炸裂する音、そして悲鳴……。
「誰かが戦ってる!」
私たちが音のする方向に急ぐと、開けた場所で激しい戦闘が繰り広げられていた。
武装した冒険者パーティが、魔族らしき一団を追い詰めている。
「魔族は一匹残らず始末しろ! 情報を吐かせろ!」
冒険者のリーダーが叫んでいる。
魔族たちは必死に抵抗していたが、数で劣勢に立たされていた。
しかし、激しい抵抗で冒険者も負傷しており、魔族が撤退すると彼らは深追いはしなかった。
その時、私の目に小さな影が映った。
戦場の端で、小さな魔族の子供が倒れている。
右足から血を流して、動けずにいる。
「子供がいる!」
私が指差すと、一人の冒険者がその子供に気づいた。
「おお、魔族の子供じゃねえか。これはいい獲物だ」
冒険者が邪悪な笑みを浮かべ、剣を抜いて子供に近づく。
「やめて!」
私は思わず飛び出していた。
田中くんたちも私に続いて駆け出す。
「何だ、お前らは! 邪魔するな!」
「子供に剣を向けるなんて、許せない!」
私が冒険者に向かって叫ぶ。
冒険者のリーダーが険しい表情で田中くんを睨みつけた。
「俺たちはただの旅人だ。目の前で子供が傷つけられるのを黙って見ていることはできない」
田中くんが冷静に答える。
リーダーは田中くんの放つ圧倒的な気迫に気圧されたのか、眉をひそめて命令した。
「ちっ……! 今日は引き上げるぞ。こっちにも負傷者がいる、無駄な戦闘は避ける」
冒険者たちは私たちを睨みつけながら去っていった。
静まり返った戦場に、私たちはぽつんと立ち尽くしていた。
その足元には、怯えきった様子の子供がうずくまっている。
小さな角の生えた頭に、淡い紫色の肌。
震える声で話しかけてきた。
「お、お願い……僕を殺さないで。僕、何も悪いことしてない」
その言葉に、私たちは胸を締め付けられる思いだった。
この子は、私たちを恐れている。
「大丈夫よ。怖がらないで。怪我の手当てをしてあげるから」
茜お姉ちゃんが優しく声をかけると、子供の表情が少し和らいだ。
「僕、リオ。お母さんとお父さんと、森の中で木の皮を剥いでたら、人間の冒険者たちに見つかっちゃって……。お父さんとお母さんが僕を逃がしてくれたんだけど、転んじゃって動けなくなっちゃったんだ」
リオくんの話から、人間の冒険者たちが魔族の村の位置を知らず、境界の森を闇雲に捜索していることがわかった。
見つけられない苛立ちから、無差別に魔族を襲っていたのだろう。
「魔族はね、みんな普通に暮らしてるだけなんだよ。畑を作ったり、お店をやったり……」
リオくんの話は、私たちが王から聞かされていた魔族のイメージと全く違っていた。
リオくんの案内で、私たちは森の奥深くに隠された魔族の集落に到着した。
木々に覆い隠されるように作られた集落は、結界の力で外からは全く見えない。
「リオ!」
集落の入り口で、リオくんのお母さんが駆け寄ってきた。
彼女は泣きそうな顔でリオくんを抱きしめ、その安否を確かめている。
リオくんのお父さんも、心配そうにこちらを見ていた。
「人間……?」
集落の魔族たちは私たちを見ると、恐怖に顔を歪めて後ずさりした。
子供たちは泣き出し、大人たちは手にしていた農具や狩猟用の槍を構える。
「待って!」
リオくんが叫んだ。
「この人たちは僕を助けてくれたんだ!」
それでも、すぐに信用してもらえたわけではなかった。
私たちは集落の外れに案内され、見張りをつけられた状態で一夜を過ごすことになった。
集落を見回すと、魔族たちは本当に普通の生活を営んでいた。
子供たちは元気に遊び、大人たちは畑仕事や手工芸に励んでいる。
人間の村と何ら変わらない、平和な日常がそこにあった。
「王様が言っていたことと全然違う……」
由希子ちゃんが戸惑ったようにつぶやいた。




