35話:田中くんと二人で、私を襲った不良グループのリーダーを追い詰めた件
翌日の放課後、帰り道。
私は昨日の出来事を、田中くんに正直に話した。
不良たちとの一悶着、そして「大野が指示した」という言葉。
「不良グループに?」
田中くんの声が震えた。
いつもの温厚な表情が一変し、私が初めて見るほど険しい顔になる。
「大丈夫、私一人で追い払えたから」
「大丈夫なわけないだろ!」
田中くんが声を荒げた。
周囲の生徒たちが一瞬こちらを向いたが、すぐに興味を失ったかのように視線を戻す。
彼の「存在希薄化」は健在だ。
「花に手を出した奴は絶対に許さない」
田中くんの目に、異世界で魔物と戦う時と同じ光が宿っていた。
でも、それよりもずっと激しい、私への怒りではない、私を守るための怒りが燃えている。
「大野が……大野がこんなことを...」
田中くんの拳がギリギリと音を立てて握られた。
その激情が、私への深い愛情から来ているとわかるから、怖くはなかった。
むしろ、胸が熱くなるのを感じた。
「今夜、そいつらの組織を潰す」
田中くんの言葉は、静かな宣戦布告だった。
夜。
異世界転移を利用して、私たちは街の裏通りにある、廃墟と化した工場の前に現れた。
一度、現在の世界から異世界に行き、もう一度戻ってくれば、ある程度近いところに現れることができた。
家族に気付かれずに……。
情報収集の結果、ここが不良グループの本拠地だとわかった。
「花、危険だからここから離れて」
「だめ。私も一緒に戦う」
「でも...」
「田中くん」
私は彼の冷たくなった手を握った。
「私たちは、いつも二人で戦ってきたんでしょ?異世界で、どんな敵にも。これも同じよ」
田中くんは迷いを見せたが、やがて力強く頷いた。
「わかった。でも絶対に無理はしないで。俺が必ず守るから」
私たちは工場の奥へと足を進めた。コンクリートの廊下に足音が響く中、複数の話し声が聞こえてくる。
「あの女、思ったより手強かったな」
「ああ、普通の女子高生じゃねぇよ。まさか兄貴たちが返り討ちにされるとは」
「くそっ、今度は本気でやる。あの女とその彼氏、両方まとめて潰してやる」
「金属バットでも持参するか?」
「それじゃ生ぬるい。もっとエグい方法で...」
その言葉を聞いた瞬間、田中くんの怒りが頂点に達した。
「絶対に許さない」
田中くんが扉を蹴破った。
バンッという音と共に、錆びついた扉が内側に倒れ込む。
「何だ、テメェ!」
部屋にいた七、八人の男たちが一斉に振り返った。
しかし、田中くんから放たれる圧倒的な殺気に気圧され、瞬間的に身動きが取れない。
「昨日、佐藤花に手を出したのはお前らか」
田中くんの声は低く、静かだった。
しかし、その静けさが逆に恐ろしさを増している。
「て、てめぇ誰だよ!」
一人の男が金属バットを構えたが、田中くんの動きの方が圧倒的に速かった。
瞬時に距離を詰め、男の手首を掴む。
ボキッという骨の軋む音と共に、男は悲鳴を上げてバットを落とした。
「うわああああ!」
悲鳴が響く中、私も戦闘に参加した。
異世界で身につけた格闘技術で、次々と不良たちを無力化していく。
私の動きは彼らには見えないほど速い。
「おい、テメェら何なんだよ!化け物か!」
部屋の奥から、リーダー格の男が現れた。
他の男たちよりも体格が大きく、顔に古傷がある。
両腕には刺青が彫られている。
「俺が田村だ。昨日の件は俺が指示した。文句があるなら俺に言え」
田村と名乗る男が、木刀を構えた。
その構えは素人のものではない。
「へぇ、木刀か」
田中くんが冷笑する。
「残念だったな、俺たちは本物の剣術を知ってる」
田中くんが近くに落ちていた木の枝を拾い上げた。
それは、異世界で磨き上げた剣技が、現実世界で再現される合図だった。
田村が木刀を振り下ろした瞬間、カキンという軽い音が響いて、木刀が真っ二つに折れた。
「馬鹿な...」
「花!」
田中くんの合図で、私も行動を起こした。
残った不良たちの注意を引きつけ、田中くんがリーダーに集中できるようにサポートする。
私たちの連携は、異世界での無数の戦闘で培われたもの。
お互いの動きを予測し、補い合い、最大限の力を発揮する。
まるで一つの生命体のように動く二人を見て、不良たちは完全に戦意を失った。
「こんな化け物みたいな奴らがいるかよ!」
不良の一人が叫んだが、もう遅い。
田中くんの木の枝が田村の喉元に突きつけられた。
「俺たちを誰だと思ってる?」
田中くんの声は氷のように冷たかった。
「花に二度と近づくな。そして、この組織は今夜で解散だ。大野にも、もう俺たちに関わるなと伝えろ」
「わ、わかった!わかったから許してくれ!」
田村は震えながら土下座した。
それを見て、他の不良たちも次々と頭を下げる。
「俺たちはもう手を引く!組織も解散する!だから、だから勘弁してくれ!」
田中くんは木の枝を捨てて、私を見た。
「花、これで終わりにしよう」
「うん」
私たちは不良たちを置いて、その場を去った。
誰も追ってくる者はいなかった。
廃墟を出てから、田中くんは私を強く抱きしめた。
「花、本当に怖かった」
田中くんの声が震えている。
さっきまでの鬼気迫る表情とは打って変わり、いつもの優しい田中くんに戻っている。
「怖かったのは私の方よ。田中くんがあんなに怒るなんて、初めて見たから」
「花を守るためなら、俺は何でもする」
田中くんが私を見つめて言った。
その目に宿る決意の強さに、私の胸が熱くなる。
「でも、今度からは最初から一緒に戦おうね」
「え?」
「私、一人で何とかしようとしたけど、田中くんと一緒の方がずっと強いもの。それに...」
私は田中くんの胸に顔を埋めた。
「田中くんの『花を守るためなら何でもする』って気持ち、すごく嬉しかった」
田中くんが微笑んだ。
さっきまでの凶暴さとは正反対の、優しい笑顔。
「そうだね。俺たちは一緒にいる時が一番強い」
夜風が頬を撫でていく中、私たちは手を繋いで家路についた。
今日の出来事で、私たちの絆はさらに深くなった気がする。
それからだ。
大野や大坪先輩たちが、私たちを見ると逃げるようになったのは。
あれだけ執拗に嫌がらせをしてきた彼らが、私たちを避けるように道を曲がったり、校舎の陰に隠れたりする。
私たちの周りの生徒は彼らの行動を「不思議だね」と笑うけれど、私たちはその理由を知っている。
田中くんの存在は、依然として「空気」のままだ。
しかし、彼の怒りが、彼の強さが、確かに彼らの「認識」を変え、恐怖という形で彼らの心を支配している。
認識阻害を打ち破るものは、異世界の経験だけじゃない。
強烈な恐怖や怒りの感情といった、原始的な感情が、案外簡単にその壁を壊してしまうのかもしれない。




