31話:覚醒した生徒たちと新たな絆
私たちは急いで街の外へ向かった。
オーガの討伐現場は、街から徒歩で30分ほどの草原だった。
他の冒険者パーティも数組参加しており、総勢20名ほどの討伐隊が編成されていた。
そして、私が目にしたオーガは、想像をはるかに超える巨体だった。
身長は優に4メートルを超え、樹の幹のような太い腕には巨大な棍棒を握りしめている。
その全身を覆う灰色の皮膚は岩のようにごつごつとしており、目からは禍々しい光が放たれていた。
「うわあ……」
私は思わず声を漏らした。一角うさぎやコボルトとは比べ物にならない、純粋な暴力と破壊を象徴するような威圧感が、全身を覆い尽くす。
「先生、僕たちの陣形を見ていてください」
田中が振り返って言った。
その声には、以前の冴えない田中からは想像もできないほどの自信と、かすかな誇りが宿っていた。
花が手短に説明する。
「田中くんが前衛でオーガの攻撃を受け止めます。私が指揮と後方支援、由希子ちゃんが回復、茜お姉ちゃんが魔法攻撃です」
「ちょっと待って、そんな危険な……」
私の制止も聞かず、四人は既に流れるような動作でそれぞれの位置へ移動を開始していた。
私の言葉は空を切った。
田中が、オーガの目の前に立ち、まるで岩壁のように盾を構える。
オーガが巨大な棍棒を唸りを上げて振り下ろした。
その一撃は大地を揺らし、周囲の空気を震わせるほどの質量を伴っている。
ゴオォォォン!
信じられない。
あの冴えない、体育の授業でいつも最後尾を走っていた田中が、オーガの攻撃を正面から受け止めている。
盾と棍棒がぶつかり合う鈍い音が響き、田中は地面に足がめり込むほど踏みしめながらも、微動だにしない。
彼の体からは、以前とは全く異なる、強固な意志と確固たる力が漲っていた。
「今よ、茜お姉ちゃん!」
花の透き通るような声が響いた。
それは、単なる指示ではなく、戦場全体を掌握し、各員の能力を最大限に引き出すための、研ぎ澄まされた号令のように聞こえた。
茜が、花の指示と同時に魔法を詠唱する。
「炎よ、剣となりて敵を貫け! 『フレイムソード』!」
茜の手から、剣の形をした巨大な炎の塊が迸り、轟音と共にオーガの足元を切り裂いた。
オーガがバランスを崩し、巨体が大きく傾ぐ。
「田中くん、右に回り込んで!」
花の的確な指示に従い、田中がオーガの死角に素早く移動する。
オーガの攻撃が空を切り、その隙に田中は再び盾を構え、オーガの注意を引き続ける。
その間、由希子は他の冒険者の傷を癒していく。
彼女は戦闘の激しさにも動じることなく、冷静に状況を判断し、負傷した仲間たちへと回復魔法を届けていた。
「『ヒール』! 『リカバリー』!」
由希子の手から放たれる柔らかな光が、冒険者たちの傷を瞬く間に癒していく。
その回復魔法の腕前は、周囲のベテラン冒険者たちをも驚かせ、感嘆の声が上がるほどだった。
戦闘の途中、オーガが暴れ回って飛散した岩の破片が、他の冒険者たちに向かって飛んできた。
私も無意識のうちに最善を尽くそうと、反射的に『ライトシールド』を展開し、破片から冒険者たちを守った。
透明な光の盾が岩の破片を弾き飛ばし、金属的な音が響く。
「すげぇ防御スキルだ!」
「あの光の盾、完璧に攻撃を防いでるぞ!」
周囲の冒険者たちから驚きの声が上がる。
私の生徒たちも、私のライトシールドを初めて目の当たりにして目を見張った。
「先生、すごい……」
花が呟いた。その声には、純粋な賞賛と、微かな尊敬の色が混じっていたように聞こえた。
戦闘は15分ほどで終わった。
他の冒険者パーティと連携し、私たち五人の活躍も相まって、見事にオーガを撃破したのだ。
私はただ、呆然と立ち尽くしていた。
これが、私の生徒たちなのか。
あの内気で頼りなかった田中が、オーガの猛攻を受け止めるほどの「盾」になっている。クラスで目立たなかった花が、戦況全体を見渡し、的確な指示でパーティを勝利に導く「指揮官」に。
誰よりも大人しかった由希子が、仲間を癒す「癒し手」として活躍し、そして、まさか茜が、あれほどの威力の魔法を操る「戦場の花」となっていたとは。
彼らはもう、私が知る「生徒」という枠には収まらない、立派な、そして恐るべき力を秘めた「冒険者」となっていたのだ。
「先生、どうでしたか?」
戦闘を終えた花が、少し誇らしげに尋ねた。
「あなたたち……」
私は言葉を失った。確かに彼らは強くなっていた。
しかし、同時に大きな不安も感じていた。彼らがこれほど強くなっていたとしても、この世界の危険は想像を絶する。
「でも、やっぱり危険よ。もし何かあったら……」
教師としての責任感が、私に彼らをこの世界から引き離すべきだと訴えかける。
「先生」
田中が私の前に歩み寄った。彼の眼差しは、まっすぐで揺るぎない。
「僕たちには、この世界でしかできないことがあるんです。そして、僕たちを必要としている人たちがいる」
「でも……」
「一緒に来てください」
突然、花が提案した。
その声には、有無を言わせぬ強い意志が感じられた。
「え?」
「先生も私たちのパーティに入ってください。そうすれば、私たちの安全を見守ることができるし、先生の不安も解消されるはずです」
他の三人も頷いた。
「僕たちも、先生がいてくれた方が心強いです」
田中が言う。
「先生のライトシールド、すごく頼りになります」
由希子が微笑む。今度は彼女の言葉に嘘はない。実際に私の防御スキルを目の当たりにしたのだから。
「先生となら、もっと高難度の依頼も受けられるわ」
茜も賛成の意を示した。
私は迷った。
教師として、生徒たちを危険から遠ざけるべきなのか。
それとも、彼らと共に行動し、側で見守るべきなのか。
しかし、今日の戦闘を見て確信した。
彼らはもう、私が保護すべき弱い生徒ではない。
立派な冒険者として、自分たちの道を歩んでいる。
私が彼らを止めようとしても、彼らは止まらないだろう。
ならば、せめて彼らのそばにいて、いざという時には盾となり、守ってやるべきではないか。
そして何より、現実世界での息苦しい毎日を思い出すと、この世界で彼らと共に過ごす時間は、私にとっても貴重なものかもしれないと、心の奥底で感じていた。
「分かりました」
私は静かに答えた。
一度決断を下せば、迷いは消える。
「でも、条件があります。危険な依頼を受ける時は、必ず私に相談すること。そして、現実世界の学校生活もおろそかにしないこと」
「はい!」
四人が元気よく返事をした。
そうして、私の新たな異世界での日々は、教師と生徒という関係性を超え、同じ冒険者として彼らと共に歩む、新しい道が始まったのだった。




