30話:ヴェサリウスへの過酷な旅路と運命の再会
翌日の朝、私はパーティのメンバーと共にギルドへと向かった。
まだ朝の冷気が残る中、ガルム、リリア、シルフィアの三人が既に揃っていた。
彼らの顔には、これから始まる旅への期待と、慣れ親しんだ街を後にする寂しさが混じり合っているように見えた。
「ヴェサリウスへはおよそ二日くらいかかる」
ガルムが口を開いた時、私は当然のように馬車か何かを手配するものだと思っていた。
しかし、次の言葉に私の予想は裏切られた。
「徒歩って……本当に歩いて行くんですか?」
私の問いに、ガルムは「ああ、馬車代がもったいないからな」とあっけらかんと答えた。
(まさか、こんな長距離を徒歩で……!)
愕然としながらも、彼らの表情に躊躇の色はない。
すでにレベルアップし、現実世界での体力とは比べ物にならないほど身体能力が向上している私でさえ、付いていくのがやっとの速さだった。
彼らは、まるで平坦な道を散歩するかのように、驚くべきペースで進んでいく。
ベテラン冒険者たちの底知れない体力に、私はただ舌を巻くばかりだった。
コレット周辺の平和な道とは違い、ヴェサリウスへの道中には強力なモンスターが次々と現れた。
平穏だった街の郊外とはまるで違う、厳しい「道」だ。
まず現れたのは、成人男性の胴回りほどもある、巨大なトサカ蛇だ。
その名の通り、頭には鮮やかな赤いトサカを持ち、毒を持つ大型の蛇は、私たちが近づくと鎌首をもたげ、毒液を飛ばしてきた。
私は間髪入れずに『ライトシールド』を展開し、飛来する毒攻撃を防御した。
その一瞬の隙に、ガルムの剣が、リリアの魔法が、そしてシルフィアの矢が、次々と蛇の急所を捉える。
チームワークを駆使して、私たちはトサカ蛇を撃破した。
次に森の奥深くで待ち伏せていたのは、巨大女郎蜘蛛だった。
そのグロテスクな姿は、私の生理的な嫌悪感を刺激する。
胴体だけでも軽自動車ほどの大きさがあり、無数の足が蠢いている。
「糸だ!散開して!」
リリアの叫び声が響く中、女郎蜘蛛が口から粘着性の糸を吐き出し、それが瞬く間に私たちを包囲し、拘束しようと迫る。
ガルムは剣で糸を切り裂きながら突進するが、すぐにその体は粘着質の糸に絡めとられていく。
私は躊躇なく女郎蜘蛛へと肉薄し、その八つの瞳の一つを狙って槍を高速で突き出した。
女郎蜘蛛が悲鳴を上げ、狙いが逸れたその隙を狙い、パーティの連携で包囲網を突破する。
私の槍技は、こうした窮地でこそ真価を発揮し、蜘蛛の攻撃をいなし、仲間の活路を開いた。
旅路の終わりが見え始めた頃、私たちはさらに厄介なモンスターの群れに遭遇した。
ゴブリンの亜種であるホブリンだ。
ゴブリンより二回りも体格が大きく、力も強い。それが、まるでコレット周辺のゴブリンと同じように、あたり一帯に「沸いて」出てくるのだ。
「これがホブリン……ゴブリンとは格が違うわね」
私は思わず呟いた。彼らの粗暴な突進は、ゴブリンとは比べ物にならないほど重い。
だが、パーティ「キューティーハート」のチームワークは、完璧だった。
ガルムの力強い剣技が前線を切り開き、リリアの放つ高威力の魔法が敵の群れを一掃する。
シルフィアの弓は、正確無比な狙いで敵の急所を射抜き、私の『ライトシールド』は、全ての攻撃を鉄壁の防御で受け止める。
攻防一体となった私たちの連携は、まるで一つの生き物のように流麗で、美しいとさえ感じられた。
激しい戦いの最中、ヴェサリウスに到着する寸前のことだった。
私が最後に槍で仕留めた一体のホブリンが光の粒子となって消滅した瞬間、私の全身が熱を帯び、頭の中に新たな情報が流れ込んできた。
レベルアップ。
そして――
『スキル:異世界転移を習得しました』
「え……?これって……現実世界に帰れるということ?」
驚きと、そして何よりも安堵が混じり合う、複雑な感情が私の胸を満たした。
まさかこんなスキルを得るとは。その可能性に、私の心は大きく揺さぶられた。
二日間の過酷な旅路を終え、私たちはついに城塞都市ヴェサリウスの門をくぐった。
目の前に広がる壮大な石造りの街並みに、思わず息をのむ。
しかし、その感動も束の間、宿泊料金の現実に直面することになった。
ギルドの宿屋の受付で提示された料金は、驚きの180レム。コレットの街の三倍だ。
「た、高い……」
私の言葉に、ガルムが苦笑いを浮かべた。
「都市部はこんなもんだ。我慢してくれ」
そう言われても、簡単に納得できる金額ではない。
しかし、その時、私の視線は食堂の奥に捉えられた四つの影に釘付けになった。
ギルドの食堂。賑やかな声が響く中、私の視界に、見慣れた顔が飛び込んできたのだ。
食堂の奥、四人掛けのテーブルで楽しげに食事をしている四つの影。
田中健太。佐藤花。鈴木由希子。そして、佐藤茜。
私の生徒たちだった。
「アナタたち、何してるの? ずっと、探してたんだから……!」
安堵と喜び、そして何よりも、この危険な世界で子供たちが冒険などしていることへの深い憤りが、私の声に混じった。
私は彼らのテーブルへと歩み寄り、すぐに冒険をやめるよう諭そうとした。
私の突然の登場に、彼らは驚いたような表情を見せた。
「神崎先生?」
花が最初に気づき、目を見開いた。他の三人も順番に私の存在に気づき、一様に動揺の色を隠せない。
「なぜここに……まさか先生も異世界転移を?」
茜が口を開いた。その表情には、単純な驚き以上の複雑な感情が見て取れる。
私は彼らの前に立ち、教師としての威厳を保とうと努めながら言った。
「説明してもらいましょう。あなたたち、一体何をしているの? こんな危険な場所で」
田中が立ち上がった。以前のように俯いてはいない。私の目をまっすぐに見据えて答える。
「先生、これは説明が長くなります。まずは座ってください」
私は彼らの向かいの席に腰を下ろした。
そして彼らから聞かされた話は、私の常識を根底から覆すものだった。
「異世界転移は一か月前から始まったんです。最初は田中くんだけだったんですが……」
花が説明を始める。
「私が偶然、田中くんの転移を目撃してしまって」
「僕も、花ちゃんを追いかけて」
由希子が続ける。
「私は花の様子がおかしいから尾行したのよ」
茜がため息をついて言った。
しかし、私はすぐに彼らの話を受け入れることができなかった。
「いえ、そんなことより、あなたたち今すぐ現実世界に帰りなさい。ここは危険すぎるわ!」
私の言葉に、四人は困ったような表情を見せた。
「先生、お気持ちはわかりますが……」
田中が口を開く。
「僕たちは、もうここの世界と関わってしまっているんです。簡単に足を洗うことはできません」
「何を言ってるの? 学生の本分は勉強よ。こんな危険な真似はやめて、今すぐ……」
その時、ギルドの扉が勢いよく開かれた。
「緊急依頼だ! 街の近くにオーガが現れた! 街への被害を防ぐため、すぐに討伐隊を編成する!」
ギルド職員の緊迫した声が響く。
周囲の冒険者たちがざわめき始める中、私の生徒たちは立ち上がった。
「私たちも行きます」
花が即座に反応した。
「花ちゃん、危険よ!」
「でも、街の人たちを守らなきゃ」
由希子も立ち上がる。
「ちょっと待ちなさい! あなたたちは学生なのよ? そんな危険な……」
私が慌てて止めようとした時、茜が私を見つめて言った。
「先生、見ていてください。私たちがどれだけ成長したか」
「そんなことを証明する必要はないの。今すぐ帰って……」
「神崎先生」
田中が私の言葉を遮った。
「先生も冒険者登録をされているんですよね? 一緒に来てください。そうすれば、僕たちの実力がわかるはずです」
私は迷った。
確かに、彼らの実力を実際に見れば、どの程度危険なのか判断できるかもしれない。
そして何より、彼らだけを行かせるわけにはいかない。
「わかりました。でも、絶対に無茶はしないこと。私の指示に従うこと」
「はい!」
四人が揃って頷く。
私たちは急いで街の外へ向かった。




