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(完結)『隣の席の田中くんが異世界最強勇者だった件』  作者: 雲と空
第三章:広がる秘密の輪

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28話:神崎麗華、異世界での邂逅

ギルドの食堂で、私はカウンターで注文した肉と根菜がごろごろ入った温かいシチューと、焼きたての黒パンを口に運んでいた。


活気に満ちた食堂は、香ばしい肉の匂いと、エールの独特の香りが混じり合っている。


一人、窓際のテーブルに腰を下ろし、慣れない食事を味わっていると、突然、声がかけられた。


「嬢ちゃん、一人かい?随分と腕がいいようだがね」


振り返ると、そこにいたのは三人の冒険者だった。


一番手前に立つのは、いかにも歴戦の勇士といった風貌の男性。


がっしりとした体格に、顔には幾つもの傷跡が刻まれている。

その隣には、ローブを纏った物静かそうな女性の魔術師。

そして、その奥には、ゲームで見たことがあるような、すらりとしたエルフの弓士がいた。

彼らの視線が、私の隣に置かれた槍と、テーブルの上の食事に交互に向けられている。


(新手のナンパ……?しかし、女性を二人も連れているわね)


私は警戒心を抱きながらも、すぐに彼らの意図を察した。


「私に何か御用でしょうか?」


私が問いかけると、男性冒険者はにやりと笑った。


「いや、見ていたんだよ、あんたが一角うさぎを仕留めているところをね。そりゃあ見事な槍捌きだった。まさか一人で五匹も片付けているとはな。ギルドの受付で五匹分の魔石を換金しているのも、聞こえたんだ」


どうやら、私が戦闘において「タンク」として優れた素質を持っていると判断し、自分たちのパーティにスカウトしたいようだ。


「俺たちはこれから活動の場を城塞都市ヴェサリウスに移すつもりでな。その前に、戦力を増強しておきたいんだ」

男性冒険者は、そう切り出した。


私は彼らの申し出に、すぐに返事をすることはしなかった。

一人で行動する危険性は理解している。


だが、同時に、見知らぬ人々と行動を共にすることへの慎重さも持ち合わせていた。


すると、女性の魔術師が口を開いた。

「一人で活動するのは、この世界では危険よ。特に若い女性は狙われやすい。以前にもね、若い女性の冒険者がオークの集落へ一人で攻め込んで、危うく慰みものにされそうになったのを助けたことがあるのよ。幸い、私たちは間に合ったけれど……」


その言葉が、私の胸に重く響いた。


(もし、私の生徒が、同じような目に遭っていたら……)


田中君、花、由紀子、そして茜。あの子たちが、もしそんな恐ろしい状況に陥っていたとしたら。


想像するだけで、全身の血が逆流するような感覚に襲われた。


私があの子たちを守らなければならない。


一刻も早く、この世界から救い出さなければ。

パーティに加わることは、資金稼ぎの安定性、私自身の安全性、そして何よりも、広範囲に生徒たちを探すための手段として有効だと判断した。


男性ばかりのパーティなら躊躇しただろうが、優しげな女性魔術師と、落ち着いた雰囲気のエルフの弓士がいることで、不安は軽減された。


私は意を決し、彼らの申し出を承諾した。


「分かりました。ご一緒させていただきます」


私の返事に、ガルムは満足そうに頷いた。


「よし!じゃあ、俺はガルムだ。こっちが魔術師のリリア、そして弓士のシルフィアだ。明日、お試しも兼ねて一緒に狩りに出かけよう。朝7時にギルド集合でいいかい?」

私はそれに同意し、ガルムたちと別れて宿屋に戻った。


彼らも同じ宿屋だったのは偶然か、それともこの街には他に宿屋がないのだろうか。


いずれにせよ、それぞれがきちんと一人一部屋で宿を取っていることに、彼らのパーティとしての規律と、私への配慮を感じ、好感が持てた。


部屋に戻ると、まだ寝るには早い時間だった。


時計は夜の八時を指している。

(せっかくだから、この街をもう少し見ておきましょう)


私はそう思い立ち、革製のチュニックと槍を身につけたまま、街へ出た。


考えてみれば、この世界に来てから、予備の服など一枚も持っていない。


全てアイテムボックスの中にある現行の装備だけだ。


夜八時頃というだけあって、街の中はそれほど騒がしくはない。


昼間の喧騒とは打って変わり、落ち着いた雰囲気が漂っている。


ギルドの食堂や屋台のお店などから漏れる明かりの下で、冒険者らしき人々がお酒を飲んでいるのがまばらに見える。香ばしい肉を焼く匂いや、甘い菓子のような匂いが風に乗って運ばれてくる。


衛兵もチラホラと巡回をしており、その存在が僅かながら安心感を与えた。


この世界で「冒険者」という職業は、ごくありふれたものなのだろう。


誰もがその看板を掲げ、生活の糧を得ようとしている。


そして、特別な才能やスキルを持たない者が、最後にたどり着くのもまた「冒険者」なのだということが、一つ路地に入ると明らかになった。


薄暗い路地の奥に、私は目を疑う光景を目にした。


地面に粗末な布を敷き、体を丸めて眠る人影の群れ。


彼らは、間違いなく冒険者だった。大量のホームレス冒険者。


(これが……この世界の現実……)


一般の冒険者には、肉食の一角うさぎを倒すのは無理なのだろう。


かといって、きっとゴブリンやスライムを一生懸命倒したところで、宿屋代の1泊分でさえも稼げない。


せいぜいその日の食事代を稼げるかどうか、といったところなのではないか。

冒険者と言っても、戦闘用のスキルがあるかないかで、人生が天と地ほど変わってしまう。


そういう現実でなければ、全員が宿屋に泊まれるはずだし、路地裏で寝ようとする冒険者がこんなにいるはずはない。


石造りの重厚な建物、温かい光を灯す街灯、異国情緒あふれる風情。


これらはそういったものに目を瞑れば、この街は美しいと感じられるのかもしれない。


しかし、この路地裏で、いつ自分の生徒が紛れてしまうかと思うと、堪らない思いが募ってくる。


(こんなことをしている場合ではないわ!)


この街を見納めに散歩に出たものの、私の心は全く晴れなかった。


焦燥感が先行し、私は宿屋に戻ることにした。


帰り道、ふと発見したのは「道具屋」という看板を掲げた小さな店だった。


店の前で看板を眺めていると、中から人の良い笑顔を浮かべた店主が声を掛けてきた。


「何かお探しですか、お客様?」


私は何が売っているか尋ねると、店主は丁寧に説明してくれた。


「ヒールポーションとマジックポーションを扱っております。ヒールポーションは傷を癒し、マジックポーションは魔力を回復します」


私はこれからの冒険のために、ヒールポーションを二つ購入した。

ひとつ50レム。二つで100レムと、かなり高額だと思ったが、用心にこしたことはない。


私がアイテムボックスにヒールポーションをしまうと、店主は興味深そうに尋ねてきた。


「ほう、アイテムボックスをお持ちですか。容量はどれくらいなのです?」

「申し訳ありませんが、私にも分かりません」


私がそう答えると、店主は「そうですね、人に聞かれてホイホイ答えるものじゃないですものね」と、妙に納得した様子だった。


(この世界の常識について、私はもっと学んでおく必要があるわね)


私は、この異世界で生き抜くために、まだ知らぬことが山ほどあるのだと痛感した。


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