27話:神崎麗華、異世界での奮闘
宿屋の簡素な部屋で目を覚ますと、慣れない木の天井が視界いっぱいに広がった。
まだ夜の帳が完全に開ける前、ひんやりとした朝の空気が肌を撫でる。
だが、昨夜、ぐっすりと眠ったおかげだろう、頭はすでに冴え渡っている。
重かった体の疲労も、ほとんど感じない。
宿屋に備え付けの、ごわつく麻の部屋着から、異世界に転移した時に身につけていた服装へと着替える。
それは、体に沿うように仕立てられた濃紺の革製チュニックに、動きやすさを考慮した同色の細身のパンツ、そして頑丈な革のブーツという、まるで物語の騎士がまとうような軽装だった。
無駄のない機能美の中に、私の毅然とした雰囲気を引き立てる品格が感じられた。
異世界で活動するには理想的な装いだ。
妙な落ち着きを感じながら、私は身支度を整え、宿屋の受付へと向かった。
壁に飾られた時計が目に入り、思わず息をのむ。
木製の簡素な作りだが、針はきちんと十二時まで記され、まさしく日本の現代世界と同じように時が刻まれている。
(一日二十四時間で、きちんと生活が営まれているのね……)
未開の地とは程遠い、規則正しい時間の流れが存在することに、私はこの世界の文明レベルの高さを見た気がした。
同時に、教師としての生活、時間厳守の日常が、どれほど私の精神に深く根ざしているかを改めて認識させられた。
とりあえず、朝食を摂ることにする。
ギルドの食堂も選択肢にはあったが、宿屋の日替わりメニューがサンドウィッチにサラダ、卵スープとミルクという、比較的女性向けの軽食だったのが決め手となった。
硬すぎず、柔らかすぎないパンに挟まれた新鮮な野菜と肉。温かい卵スープの優しい味。
私は、この異世界での束の間の平穏を、ゆっくりと味わった。
食事を終え、私は改めて自分の現状を整理した。
帰る術が見つからない今、冒険者として生計を立てるのが唯一の方法だ。
宿屋の予算は、あと二泊分。
このままでは路頭に迷うことになる。
何もしないわけにはいかない。
私は覚悟を決め、ギルドへと向かった。
受付で依頼掲示板に目を凝らす。
ゴブリンやスライムの討伐依頼は、報酬が極めて低い。
ゴブリン集落の壊滅で10レム。
百匹倒しても百レムにしかならない計算だ。
これでは、到底生活できない。
(やはり、一角うさぎしかないわね)
昨夜の一角うさぎ討伐で100レムという報酬を得たことを思い出す。
朝早く訪れているためか、掲示板には一角うさぎの依頼が五件も貼られていた。
(これは、全て受けるしかないわ。疲労を覚悟で、一気に片付けるべきね)
私は受付に行き、手続きを済ませた。
女性スタッフが、少し驚いたような、しかし好奇心を含んだ笑顔で私に問いかける。
「もしかして、一角うさぎハンターさんですか?今日の分、全部持っていかれます?」
彼女の冗談に、私は小さく苦笑を漏らした。
だが、冗談を言っている場合ではない。
全ての依頼の期限は三日以内。
これなら、何とか今日の内に片付けられそうだ。
依頼場所は、カナリア台地、カザフの丘、ヤワタ野原、イセサキ湿原、ヒダカ台地。地図を確認すると、それぞれの依頼場所は結構離れている。
肉食のうさぎだからか、そこまで数は多くないのだろう。
しかし、付近に住む人々からすれば、間違いなく驚異に違いない。
私はまず、ここから一番近いカナリア台地へと向かうことにした。
街を出ると、空気はさらに澄み渡り、足元を彩る草花の匂いが鼻腔をくすぐる。
レベルアップしているためか、昨日より足取りが軽い。
地面を蹴る一歩一歩が、以前よりもはるかに力強く、体が軽く感じられる。
昨日の疲れもほとんど残っていない。
カナリア台地では、すぐに一角うさぎを発見した。
「フッ!」
昨日と同じように『ライトシールド』で攻撃を受け止め、槍を繰り出す。
その突きは、迷いなく一角うさぎの急所へと吸い込まれていく。
冷静かつ的確に、一角うさぎを仕留めていく。
そのたびに、身体能力が向上していくのが実感できた。
(ファイト!ファイト!)
私は心の中で自分に声をかけながら、次々と依頼場所を移動した。
カザフの丘へと続く道の、緩やかな上り坂を駆け上がった。
ヤワタ野原の広々とした平原を横切り、イセサキ湿原の湿地帯を慎重に進む。
そして、最後のヒダカ台地へ。
一日中、魔物と対峙し、走り続けた。
教師としての体力には自信があったが、この世界の活動はそれをはるかに超えるものだった。
しかし、疲労よりも、自身の成長を実感する奇妙な高揚感、そして生徒たちを見つけ出すという目的意識が、私を突き動かしていた。
身体の芯から汗が吹き出し、息は乱れていたが、精神はどこまでも研ぎ澄まされていた。
夕方までに全ての依頼の一角うさぎを倒し終え、私は始まりの街コレットへと戻った。
ギルドの受付で全ての依頼を報告すると、合計で900レムという報酬を手に入れた。
冷たい通貨の感触が、私の掌に心地よい。
しかし、その喜びも束の間、私の視線は手元の槍へと向かった。
(これは……もう限界ね)
連日の激しい戦闘で、私の相棒となった槍は、刃こぼれが激しく、全体的に歪みが生じていた。
金属疲労を起こしているのは明らかだ。
これでは、いつ折れてもおかしくない。
受付の女性スタッフに「おすすめの武具屋はありますか?」と尋ねると、彼女は『鋼の鎚亭』という店を教えてくれた。
私はすぐにその店へ向かい、新しい槍を300レムで購入した。
それは、鍛え上げられた鉄製の穂先を持つ、堅牢な一本槍だった。
真新しい槍は、手に馴染むほど完璧なバランスだ。
新しい槍の代金を引いても、前日の稼ぎと合わせておよそ十二泊分の予算ができたことになる。
(まだまだ、安心はできないわね。生徒たちを見つけ出すためにも、もっと強くならなければならないし、何より、この世界で生きていくための知識も必要だわ)
私は新しい槍をアイテムボックスにしまい込み、再びギルドの食堂へと向かった。
私はカウンターで、肉と根菜がごろごろ入った温かいシチューと、焼きたての黒パンを注文した。
冒険者たちが大勢集う食堂は活気に満ち、香ばしい肉の匂いと、エールの独特の香りが混じり合っている。
一人、窓際のテーブルに腰を下ろし、慣れない食事を口に運んでいると、突然、見知らぬパーティが私に話しかけてきた。
「クラスの空気」だった田中くんが、なぜか輝いて見える。
そして、そんな彼の隣で、佐藤さんもまた、驚くほどの成長を見せている。
担任として、私は彼らの「異変」に気づいているかもしれません。
...それでも、この世界の真実を、あなたは知りたいですか?
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