25話:神崎麗華、追跡の果てに
翌日から、神崎麗華の「調査」が始まった。
放課後、生徒たちが部活動や委員会で散っていく中、麗華は教員室で書類整理をするふりをして、特定の生徒たちの動向を目で追っていた。
彼女の鋭い観察眼は、生徒たちの小さな変化も見逃さない。
休み時間中、麗華は教室の片隅で、花と鈴木由紀子が田中健太と親しげに話しているのを目撃した。
花は田中を小突いて笑い、由紀子も穏やかな表情で彼に相槌を打っている。
「ふむ……」
麗華は腕を組んだ。
彼女の目には、田中は相変わらずクラスの「空気」のように冴えない男子生徒に見える。
それが、クラスで成績も容姿も上位の二人の女子生徒と、これほど親密に交流しているというのは、やはり違和感があった。
あの二学期からの急激な変化に加えて、この不自然な人間関係。
麗華の中で、昨夜の成績データで感じた疑念が、確信へと変わりつつあった。
そして、昼休み。
麗華は生徒たちの様子を見るため、食堂に足を運んだ。
混雑した食堂の隅のテーブルで、またもや件の三人が固まっているのを見つける。
しかし、今日はもう一人、見慣れた顔がいた。
佐藤花の姉、茜だ。
彼女もまた、この学校の生徒だ。四人は楽しげに談笑し、食事を摂っている。
(佐藤姉妹に、田中くんと鈴木さん……やはり繋がっていたわね)
麗華の観察眼は、彼らの間に流れる、部活動仲間やクラスメイトとは一線を画す、親密な空気を捉えていた。
特に、田中健太に対する、花と由紀子の自然な距離感と信頼の眼差しは、麗華の胸にざわめきを生じさせる。
普段、冴えないとしか認識されないはずの田中が、この輪の中心にいるように見えるのだ。
麗華は迷わず彼らのテーブルへと向かった。
「佐藤さん、鈴木さん、田中くん、それに佐藤さんのお姉さん。皆さん、仲がよろしいようですね」
麗華の声は、普段の授業中と変わらぬ、厳格ながらも丁寧な口調だった。
四人は一斉に顔を上げ、驚いた表情で麗華を見つめた。
特に田中健太は、体が小さく震えているようにも見えた。
「あ、神崎先生!」
花が焦ったように声を出す。
すると、花の姉、茜が顔色一つ変えずに前に出た。
「はい、先生。私たち、最近同じオンラインゲームを始めて、それがきっかけで仲良くなったんです。年齢もクラスも違うけど、ゲームの中ではパーティ組んでるんで!」
茜は明るく、淀みない口調で答えた。
その表情には一切の動揺が見られない。
一瞬、麗華はそうなのか、と思ってしまいそうになった。
しかし、教師としての経験と、持ち前の分析力がすぐに警鐘を鳴らす。
(ゲーム?オンラインゲームで、ここまで急激に成績と身体能力が向上するかしら。しかも、この三人の突出した変化は、偶然ではありえない)
茜の嘘は、あまりにも用意周到すぎた。
その淀みない言葉の裏に、何かを隠そうとする意図が透けて見える。
麗華の心に、小さな火が灯った。
教師としてのプライド、そして生徒への責任感が、この不可解な謎を解き明かしたいという強い探求心へと変わっていく。
「そうですか。皆さん、ゲームのやりすぎで学業がおろそかにならないように気をつけてくださいね」
麗華はそう言い残し、その場を後にした。
内心では、真実を暴いてみせるという確固たる決意が燃え盛っていた。
放課後、麗華は再び静かに観察を続けた。
今日の彼女は、いつもより早く帰宅する生徒たちの波に紛れ込み、校門を出てからの田中たちの動向を注視する。
やはりだ。花、田中、由紀子、そして茜。
四人は校門を出ると、あたりを警戒するように少しだけ周囲を見回してから、連れ立って学校とは逆方向、人気のない裏道へと歩いていく。
(これは、絶対に何かあるわ)
麗華の確信は揺るぎないものになった。彼女は生徒たちに気づかれぬよう、しかし確実に距離を保ちながら、彼らの後を追った。
アスファルトの道が次第に細くなり、古い住宅街の路地へと入っていく。
学校の校舎の陰に身を潜めたり、電柱の陰に隠れたりしながら、彼女は四人の動きを慎重に追跡した。
四人が人気のない細い道を抜け、さらに奥まった、ほとんど人が通らないような裏通りへと進んでいく。夕暮れ時で、周囲には誰もいない。
そして、その瞬間だった。
麗華の目の前で、四人の体が、ふわりと淡い光に包まれたかと思うと、そのまま……消えた。
「は……っ!?」
思わず声を漏らしそうになったのを寸前で飲み込む。
目をこする。もう一度、目を凝らす。だが、そこに彼らの姿はどこにもない。風が吹き抜け、道の向こうから微かに車の音が聞こえるばかりだ。
(幻……?そんな馬鹿な。今、確かに見たわ)
麗華は隠れていた場所から飛び出し、四人が立っていた場所まで駆け寄った。
そこには何も残されていない。
足跡一つない。まるで、煙のように、跡形もなく消え失せたようだった。
しかし、その場所には、微かに、ほんの微かに空間が歪むような、膜のようなものが揺らいでいるように見えた。
それは、彼女の知的な感覚が捉えた、異質な「何か」の痕跡だった。
麗華は迷わなかった。
生徒たちが消えた場所に、恐れることなく足を踏み入れた。
使命感が、彼女の全身を突き動かしていた。
私は神崎麗華。教師であり、合理的な人間です。
しかし、私の目の前で起きていることは、論理では説明がつきません。
ある生徒は、まるで別人のように身体能力を向上させ、またある生徒は、驚くほどの知性を発揮している。
これは偶然ではありません。何らかの力が働いている。
この不可解な現象に、あなたも興味を持っていただけたでしょうか。
もしそうなら、【評価】や【ブックマーク】で、私の「調査」を応援してください。




