20話:炎剣閃めく覚醒
宿屋のベッドで一晩眠って、あたしはすっかり元気を取り戻した。
花を見つけるためには、この異世界で長く滞在して情報を集め、そして活動資金を稼がなきゃならねぇ。そのためには、やっぱり強い魔物を倒してレベルを上げるのが一番手っ取り早いんだ。
翌日、あたしはギルドの依頼掲示板の前で腕を組んだ。
一角うさぎはもう楽勝だったし、もっと手応えのあるやつを探す。
「よし、これだな!」
あたしが選んだのは、カンバラの丘のさらに奥に生息する「ロックバイソン」の討伐依頼だった。
報酬は200レム。
デカい図体で突進してくるらしいが、あたしの怪力と肉体強化があればなんとかなるだろ。
その前に、だ。
「木の剣じゃ、流石にキツいよな……」
あたしの木の剣は、もう何度も折れかけた跡があった。こんなボロい剣じゃ、強力な魔物には通用しないだろう。
あたしはギルドを出て、街の通りを歩きながら武具屋を探した。
すぐに、打ち付けるような金属音が聞こえる店を見つけた。
その店の名は『鋼の鎚亭』。
分厚い木製の扉には、大きく打ち付けられた鉄の板が特徴的で、開け放たれた入り口からは、カランカランと金属を打ち鳴らす音が絶え間なく響いていた。
店内には様々な剣や鎧、盾が所狭しと並べられていて、壁には使い込まれた斧や槍も飾られている。
いかにも『冒険者御用達』といった雰囲気だ。
「すみませーん」
店の奥から、真っ黒な革のエプロンを身につけた、がっしりした体格の髭面の男が出てきた。
その腕には鍛え上げられた筋肉が盛り上がり、顔には鍛冶でついたと思われる煤が少しついていた。
どうやら店主らしい。
「おう、いらっしゃい!何か良い武器でも探してるのかい?」
店主の声は、鍛冶場の喧騒にも負けないほど大きく、あたしは思わず少し身構えた。
「ええ。今使ってる木の剣じゃ心許なくて。丈夫で切れ味の良い剣が欲しいんですけど」
店主はニヤリと笑うと、店の奥から数本の剣を持ってきた。どれもこれも、木の剣とは比べ物にならないほど立派だ。
磨き上げられた刀身が、店内の薄暗い光を反射して鈍く光る。
「これなんかどうだい?冒険者さんに人気の『アイアンソード』だ。頑丈だし、切れ味も保証するぜ。お値段は200レムだ」
あたしは剣を手に取り、その重みとバランスを確認する。
なるほど、これなら安心して戦えそうだ。
懐には、一角うさぎやオークの魔石を売った金がたっぷりある。
「これにするわ!」
200レムを支払い、新しいアイアンソードを手に入れた。これで準備万端だ。
カンバラの丘の奥地に向かう道中、相変わらずスライムやゴブリンがちょろちょろと現れるが、あたしは新しい剣の試し斬りにはならないとばかりに、軽くあしらって先を急いだ。
しばらく進むと、森の奥からけたたましい唸り声が聞こえてきた。
「ガウッ!」
目の前に飛び出してきたのは、体毛が硬い針金のように逆立ち、鋭い牙を持つ巨大なイノシシだった。
「ワイルドボア」か。
こいつは手応えがありそうだ。
ワイルドボアは、あたしに気づくと低い体勢から一直線に突進してきた。
そのスピードと重さに、並の冒険者なら吹き飛ばされていただろうが、あたしは「剣術」スキルの動きでその突進を紙一重でかわす。
「遅ぇんだよ!」
すかさず新しいアイアンソードを振り抜き、ワイルドボアの側面を深く切り裂いた。
ギュルルル!と悲鳴を上げてワイルドボアが怯む。
追い打ちをかけるように、あたしは剣を突き刺した。
「よしっ!やっぱ新しい剣は違うな!」
ワイルドボアは断末魔の叫びを上げて倒れた。
『経験値を獲得しました。レベルが上がりました。』
『レベルが9に到達しました。』
『スキルを獲得しました:魔法剣:火(微小)』
『知能が上昇しました。』
ワイルドボアを倒し、レベルも上がり、おまけに新しいスキルまで手に入れたことで、あたしの足取りはさらに軽くなった。
何だか、いつもより頭がスッキリしてるような……?
気のせいか?
いや、でも確かに、今まで漠然としていた思考が、少しだけ鮮明になったような気がする。
これも魔法の力なのか?
ドドドドドッ!
大地を揺らすような足音が聞こえてきた。
目の前に現れたのは、岩のような皮膚を持つ巨大なバイソンだ。角も蹄も、とんでもない迫力がある。
「おおっ、こいつは良い獲物だ!」
ロックバイソンは、あたしに気づくと頭を低くし、猛烈な勢いで突進してきた。
その巨体と速度に、あたしも一瞬ひるむが、すぐに体勢を立て直す。
「っらぁ!」
あたしは突進をギリギリでかわし、すぐに「魔法剣:火」を発動させる。
アイアンソードがメラメラと炎をまとい、ロックバイソンの胴体に叩き込んだ。
ズガァンッ!
炎剣はロックバイソンの硬い皮膚を焼き、その肉を深く裂いた。ロックバイソンは悲鳴を上げてよろめく。
「硬ぇやつにはこれだよな!」
炎をまとった剣で、あたしはロックバイソンに猛攻を仕掛けた。
角の突進をかわし、炎剣で切り裂く。
ロックバイソンは巨体を揺らしながら、ついに力尽きて倒れた。
『経験値を大量獲得しました。レベルが上がりました。』
『レベルが10に到達しました。新たなスキルが覚醒しました。』
『スキルを獲得しました:異世界転移』
「異世界転移……!」
あたしは目を見開いた。これがあれば、元の世界に戻れるってことか!?
ロックバイソンを倒したことでレベルが10になり、まさかこんなスキルを覚えるなんてな。
まさかこんなスキルが手に入るなんて、あたしは驚きと同時に興奮を覚えた。
現実世界にも戻れるんなら、あっちで花の情報を集めることもできるはずだ。
しかし、気づけば日は傾き、腹の虫が大きく鳴いている。
「うわ、もうこんな時間か。腹減ったなあ……」
あたしはギルドに戻り、ロックバイソンの魔石とワイルドボアの魔石を換金した。
ロックバイソンの討伐依頼の報酬が200レム、魔石が150レム。
それにワイルドボアの魔石が120レム。今日の稼ぎは合わせて470レムだ。
上々どころか、破格の稼ぎだった。
受付嬢に「お疲れ様でした!すごいですね!」と声をかけられ、思わず得意げに笑ってしまう。
ギルドの食堂で温かいシチューとパンをがっついてから、あたしは馴染みになった宿屋『羊飼いの憩い』へと向かった。
一泊60レムの部屋は、簡素なベッドと小さな水場があるだけだが、異世界での初めての夜を過ごした場所だ。
何だかホッとする。
「明日は、いよいよ元の世界か……」
ベッドに横たわり、天井を見上げる。
花は無事なのか。
もしかしたら、もう家に戻っているかもしれない。
明日、あっちの世界に戻ったら、一体何が待っているんだろう。
期待と、少しの不安を胸に、あたしは深い眠りについた。




