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(完結)『隣の席の田中くんが異世界最強勇者だった件』  作者: 雲と空
第一章:私だけが知る隣の席の秘密
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2話:球技大会の衝撃、そして見間違いのはずが

体育祭の短距離走から数週間後。


クラスは球技大会の熱気に包まれていた。


教室の空気は浮ついて、普段は授業中に居眠りをしているような男子も、バスケの作戦会議と称して騒がしい。


「今年も優勝確実だろ! 山田のエースっぷり見たか?」


「おー、去年のリベンジ果たしてやる!」


私たちのクラスは、男子バスケが特に強豪だった。


去年も優勝しており、今年も練習に熱が入っている。


私も、体育祭の時の田中くんの走りが、ずっと気になっていた。


あの「ありえない速さ」を、私以外の誰もが「気のせい」や「前よりちょっとマシ」としか認識しなかったこと。


あの日から、私は無意識に田中くんを探すようになっていた。


休み時間、廊下で彼の姿を見つけると、なぜか胸がざわめく。


彼が何気なく消しゴムを拾う仕草、階段を上る足音、ノートをめくる音――すべてが、私の中で特別な意味を持ち始めていた。


「花、次、うちのクラス、男子バスケの決勝戦だよ! 応援行こ!」


友達の声に我に返る。


そう、私たちのクラスは順調に勝ち進み、今から決勝戦が始まるのだ。


田中くんも、男子バスケの選手として一応名前を連ねていたけれど、まさか出場するとは誰も思っていなかった。


私の心の奥で、小さな期待が芽生えていた。


もしかしたら、また彼の「違和感」を目にすることができるかもしれない、と。



体育館の熱気と歓声の中、決勝戦が始まった。


相手はやはり去年の宿敵、1組だ。


試合は一進一退の攻防が続き、息詰まる展開。


私も、クラスメイトたちも、手に汗握って見守っていた。


だが、第4クォーター、残り時間わずか。


「うわっ、エースが!」


クラスのエースが相手の激しいディフェンスで転倒し、足を捻ってしまった。


さらに悪いことに、残りの選手は、すでにインフルエンザで休んでいる者、風邪で声が出ない者、ついさっき腹痛で保健室に行った者……。


「誰か、出られるやつはいないのか!?」


監督役の体育教師が焦った声を上げる。


その視線が、ベンチの隅で縮こまっている田中くんに止まった。


私の心臓が、一気に早鐘を打ち始めた。


「た、田中! お前、出られるな!?」


田中くんはびくりと肩を震わせ、顔を青くした。


「え、え、僕ですか? ぼ、僕は……その……」


「いいから立て! もう時間がない!」


田中くんは震え声で「は、はい……」と答え、おずおずと立ち上がった。


私の息が止まった。まさか、田中くんが出場するなんて。


周りのクラスメイトたちがざわついている中、私だけが、胸の奥で何かが激しく脈打っているのを感じていた。


「田中? マジかよ……終わったな」


「よりによって、決勝のこの場面で……」


そんな声が聞こえる中、田中くんはコートに入った。


相変わらず背を丸め、どこか自信なさげな歩き方で、まるで処刑台に向かう死刑囚のようだ。


相手チームの選手たちも、彼を一瞥しただけで、「あ、楽勝だ」とでも言いたげな表情を浮かべている。


私は、手のひらに汗をかいていた。


体育祭の時のように、また私だけが彼の「秘密」を目撃することになるのだろうか。


残り時間、わずか30秒。スコアは一点差で負けている。相手ボール。


クライマックス


試合が再開された。


相手チームのエースがドリブルで切り込み、華麗なフェイントで田中くんをかわそうとした。


田中くんは明らかに動揺している。


「す、すみません、僕、あまり上手じゃなくて……」


そんな萎縮した表情で、まるで初心者のように右往左往している。


相手選手は余裕の表情でドリブルを続ける。


私は、思わず身を乗り出していた。


だが、次の瞬間――


田中くんが、まるで偶然のようにつまずいた。


相手選手のドリブルしていたボールに、彼の手がぶつかる。


「あっ! ご、ごめんなさい!」


田中くんが慌てて謝る。


しかし、なぜかボールは彼の手の中に収まっていた。


私の全身に、電流が走った。


「なっ!?」


相手選手が驚きの声を上げる。


田中くんも困惑している。


「え? えっと……僕、どうすれば……」


そんな戸惑った表情を浮かべながら、彼は恐る恐るドリブルを始めた。


私の目は、彼の一挙手一投足から離れない。心臓の鼓動が、耳元で太鼓のように響いている。


フォームは相変わらずぎこちない。まるで体育の授業でやっと覚えたばかりの生徒のようだ。


だけど――


その一歩一歩が、尋常じゃない。


彼のドリブルは、なぜか誰にも止められない。


私は、息を呑んだ。体育祭の時と同じ――いや、それ以上の「違和感」が、田中くんから溢れ出している。


相手のディフェンスが必死に追いかけるが、田中くんは「すみません、すみません」と謝りながら、なぜか全員を置き去りにしていく。


「あの、僕、どこに行けば……」


そんなことを小声で呟きながら、気がつけば彼はゴール下まで辿り着いていた。


私の瞳が、彼の姿に釘付けになる。世界中で、彼だけが光って見えるような錯覚に陥った。


「え、えーっと……」


田中くんは周りを見回し、ためらいがちにジャンプした。


本人としては、おそらく普通に跳んだつもりだったのだろう。


しかし――


その跳躍は、まるで重力に逆らうかのようだった。


相手のブロックを完全に置き去りにし、ボールはリングを吸い込まれるように、ネットを揺らした。


私の心臓が、止まりそうになった。


「え……入った……?」


田中くんが一番びっくりしている。まるで自分が何をしたのか理解できないといった表情で。



「ピーッ!」という審判の笛の音。ブザーが鳴る。試合終了。


体育館が、一瞬の静寂の後、爆発的な歓声に包まれた。


「うおおおおお! 勝ったー!」


「すげぇ、逆転勝利だ!」


しかし、興味深いことに、クラスメイトたちの記憶では――


「山田のあの伝説的なプレイ、すげぇよな!」


「いや、川口のスクリーンが効いたんだろ!」


「最後のあのシュート、神業だったわ!」


私は、体育館の中央で呆然と立ち尽くしていた。


私の身体が、小刻みに震えている。興奮か、驚きか、それとも――


私が見たのは、間違いなく田中くんだった。


あの、世界で一番運動音痴に見える動きで、超人的な活躍をしたのは、紛れもなく田中くんだったはずだ。


それなのに、誰も彼の名前を口にしない。誰も彼の活躍を認識していない。


まるで、私だけが特別な世界を覗いているかのような、不思議な感覚に包まれていた。


田中くんは、たった一人、ベンチに戻り、いつものように背を丸めて座っていた。


そして、相変わらず困惑した表情で、自分の手のひらを見つめている。


「あれ? 本当に僕がシュート決めたんですか? 夢じゃないですよね?」


そんな呟きが聞こえる。


私の胸の奥で、何かが熱く燃え上がった。


隣の友達が興奮して私の肩を叩いてきた。


「花! すごかったね、山田! さすがエースだよ!」


「う、うん……」


私は生返事をしながら、田中くんから目を離せなかった。


彼は、まだ自分の手を見つめながら、小声で「不思議だなぁ……」と呟いている。


その表情は、まるで自分自身が一番この状況を理解できていないかのようだった。


私の心が、激しく波打っている。


見間違いじゃない。あれは、絶対に普通じゃない。


短距離走の時の「違和感」は、今、揺るぎない確信に変わった。


彼は、自分でも気づいていない何かを隠している。いや、隠しているというより、本人も分からない何かが彼の中にある。


まるで、私だけがその秘密を知っているかのように、彼の存在が、私の中で特別な意味を持ち始めていた。


田中くんへの好奇心が、私の胸の中でむくむくと膨らむ。


そして、その好奇心の奥底で、かすかな、でも確かな「胸の高鳴り」を感じた。


いや――もうかすかじゃない。


私の心は、彼に向かって一直線に走り出していた。


彼は何者なんだろう?


なぜ、彼だけがそんなことができるんだろう?


そして、なぜ、本人が一番驚いているんだろう?


田中くんの困惑した背中が、私の目に焼き付いていた。


その背中を見つめていると、私の中で新しい感情が芽生えているのに気づく。


彼を知りたい。彼の秘密を知りたい。


そして――彼のそばにいたい。


私だけが気づいている彼の「特別さ」を、もっと近くで見つめていたい。


田中くんが顔を上げた時、一瞬だけ、私たちの視線が交差した。


彼はすぐに慌てて目を逸らしたけれど、その瞬間、私の心臓は跳ね上がった。


私の中で何かが、確かに動き出した瞬間だった。

俺は、クラスの「空気」だ。

誰とも話さず、目立たないように生きてきた。

でも、異世界ではそうはいかない。そこは、俺が最強でいられる場所だから。

もし、そんな俺の二重生活を、少しでも面白いと思ってくれたなら、評価してください。

...本当は、誰かに認めてもらいたくて、ここに書いているのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
田中君の「ありえない速さ」は、「私」だけが気づき、他の人は、「前よりマシ」程度の認識でしたね。 球技大会ではバスケですね。 決勝戦まできたけど、田中君は予備の人で、基本的には出ない筈なんですね。 メン…
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