17話:姉の嗅覚と、消える妹の影
ったく、花。最近のあいつは、マジで変だ。
あたしは佐藤茜。
妹の花のことは、手のひらで転がしてるくらいにはわかってるつもりだった。
明るくて、お節介焼きで、困ってる奴を見ると放っておけない。
いい加減なようで、妙に肝が据わってる。
そんな花が、どうも最近、おかしい。あたしの「姉の嗅覚」が、そう訴えかけていた。
きっかけは、数週間前からだ。
花は放課後になると、やけに浮ついた顔をしてることが増えた。
部活の生物部も、そこまで熱心なタイプじゃなかったはずだが、最近は妙に帰りが遅かったり、かと思えば急に「用事あるから!」と慌てて出て行ったり。
顔にはいつも、何か特別な秘密でも抱えてるような高揚感が張り付いてた。
「おい、花!また変なこと企んでんじゃねーだろうな!?最近、妙にニョロニョロしてんじゃねーか?」
リビングでスマホをいじってた花に、いつものようにぶっきらぼうに声をかけた。
すると、花はビクッと肩を震わせて、慌ててスマホの画面を伏せる。
「な、何言ってんの、お姉ちゃん!別にそんなんじゃないって!」
声はいつもの砕けた調子だが、目線が泳いでる。
あやしい。絶対、何か隠してる。
あたしの直感が警鐘を鳴らした。
このまま放っておいたら、この「変な」花が、どこか遠い所に消えちまいそうな気がしたんだ。
根拠はない。
けど、あたしの勘は当たる。
だから、あたしは決めた。この目で、花の異常を確かめてやる、と。
翌日の放課後。
あたしは教室を出た花の後を、隠れて追った。友達と別れ、一人になった花は、普段なら真っ直ぐ帰るはずの通学路ではなく、駅とは逆方向の、少し寂れた住宅街の路地へと入っていく。
学校の校舎の陰に身を潜めたり、電柱の陰に隠れたりしながら、あたしは花の動きを慎重に追跡した。
花は人気のない細い道を抜け、さらに奥まった、ほとんど人が通らないような裏通りへと進んでいった。
夕暮れ時で、周囲には誰もいない。
花はそこで立ち止まり、周囲を警戒するように、きょろきょろと見回している。
まさか、変な奴に呼び出されてるんじゃねーだろうな?
あたしの胸に嫌な予感が走った。
そして、その瞬間だった。
花が、目の前から、ふわりと……消えた。
「は……?」
あたしは思わず声を漏らしそうになったのを寸前で飲み込んだ。
目をこする。
もう一度、目を凝らす。
だが、そこに花の姿はどこにもない。
風が吹き抜け、道の向こうから微かに車の音が聞こえるばかりだ。
幻でも見たのか?
そんな馬鹿なこと、ありえるわけねーだろ。
あたしは慌てて隠れていた場所から飛び出し、花が立っていた場所まで駆け寄った。
だが、そこには何も残されていない。
足跡一つない。
本当に、まるで煙のように、跡形もなく消え失せたようだった。
「嘘だろ……なんでだよ……」
あたしの背筋を、ぞっとするような冷たい感覚が駆け抜けた。
花の最近の奇妙な行動。
そして、今、この目で見た信じられない現象。
あたしの頭の中に、「まさか」という言葉が、嫌なリアリティを持って響き渡る。
その日の夜、花は何食わぬ顔で夕飯の時間に帰ってきた。
「ただいまー!」
なんて、いつもの調子で。
あたしが「あんた、今日どこ行ってたんだよ!」と問い詰めても、
「えー?別にどこでもないよー?」と、ヘラヘラ笑って誤魔化すばかり。
(絶対に何かある……。このままじゃ終わらせねーぞ。)
あたしは花の監視を一層強化した。
花が学校から帰ってきてからの行動、そして、夜中の様子まで。
最近、深夜になると花の部屋から、かすかにガサゴソと物音がするのに気づいていた。
まさか、深夜にも出歩いてるんじゃねーだろうな。
そんな馬鹿な。
けど、あの消え方を見た後では、もう何でもありな気がした。
その日の深夜、日付が変わった頃。
家中の明かりが消え、両親も寝てしまっている。
今日は寝ずに耳を澄ませて、じっと自分の部屋で時間になるのを待っていた。
花の部屋から、またガサゴソと物音が聞こえてきた。
あたしは忍び足で自分の部屋を出て、廊下を進んだ。
花の部屋のドアは、かすかに開いている。
あたしは音を立てないようにそっと近づき、その隙間から中を覗き込んだ。
真っ暗な部屋の中、月の光が差し込む窓際に、花の姿があった。
制服姿じゃない。
妙な、見慣れない服を着て……何かもぞもぞしている。
そして、次の瞬間だった。
花が、ゆっくりと光に包まれ始めた。
淡い、青白い光が、花の体を下から上へと包み込んでいく。
「な……んだ、あれは……?」
あたしは目を疑った。
目の前で、信じられない光景が繰り広げられている。
花が、まるで別世界へ引き込まれるかのように、光の粒子になっていく。
(ちょ、待てよ……!どこに行くんだよ、花!?)
あたしは無意識に、開いていたドアの隙間から、花の部屋へ一歩足を踏み出してしまった。
その瞬間、花の体を包んでいた光が、あたしの体にも飛び火した。
「うわあああぁぁぁあああ!!?」
視界いっぱいに、強烈な光が弾けた。
体が、重力から解き放たれたかのように浮遊する。
全身を、電流が駆け抜けるような感覚。
頭が真っ白になり、意識が遠のいていく。
「花!おい、花ぁぁぁ!!」
あたしの叫び声は、光の中に吸い込まれていった。そして、あたしは、光の渦に飲み込まれる花と共に、意識を失った。
目を開けた時、目の前に広がっていたのは、見覚えのない森の景色だった。




