16話:奇跡の再会、そして「仲間」の始まり
「由希子!」
私は膝から崩れ落ちた親友に駆け寄った。
彼女の身体は傷だらけで、チュニックは血と泥で汚れ、杖を握りながら息も絶え絶えだった。
でも、その目には確かに、田中くんを見つめる意識的な光が宿っている。
ああ、由希子も……田中くんが見えるようになったんだ。
「す、鈴木さん……」
田中くんも慌てて駆け寄り、由希子の肩に手を置く。
彼の表情には、明らかに動揺と心配が浮かんでいた。
「田中……くん……?」
由希子は震える声で田中くんの名前を呼んだ。そして、私を見上げる。
「花ちゃん……ここは、一体……?」
「異世界よ。信じられないでしょうけど」
私は由希子の手を握りながら答えた。
彼女の手は冷たく震えていたけれど、確かに生きている温もりがあった。
田中くんは黙って由希子にヒールポーションを差し出す。
「これを飲んで。傷が治る」
由希子は戸惑いながらも、ポーションを受け取って口にした。
みるみるうちに傷が癒えていく様子に、彼女の目が見開かれる。
「すごい……本当に治った……」
「由希子、あなたも一人で『始まりの森』を抜けてきたの?」
私の問いに、由希子は小さく頷いた。
「花ちゃんと田中くんが光に包まれて消えるのを見て……気がついたらあの森にいて……スライムやゴブリンが襲ってきて……」
由希子の声は途切れ途切れだった。
きっと、私よりも体力がないおっとりとした由紀子にとって、あの状況は想像を絶する恐怖だったに違いない。
「でも、なぜか回復魔法が使えるようになって……何とか……」
回復魔法も使えなくなるくらいまで由希子は杖だけで戦っていたのだと思った。
田中くんが感心したような表情を見せる。
「鈴木さん、頑張ったね」
その言葉に、由希子の頬がほんのり赤くなった。
田中くんに褒められたことが嬉しいのかもしれない。
私の胸に、微かな違和感が走った。
「とりあえず、宿に行きましょう。由希子、疲れているでしょう?」
私たちは街の宿屋『羊飼いの憩い』へと向かった。田中くんが馴染みの宿として使っている場所だ。
部屋で落ち着いた後、由希子は改めて状況を整理するように尋ねた。
「つまり、田中くんは『勇者』で、花ちゃんはそれを手伝ってるってこと?」
「そうよ。信じられないでしょうけど、田中くんは本当にすごいのよ」
私は田中くんの方を見た。彼は相変わらず口数少なく、でも確実に頷いてくれる。
「私……田中くんのこと、全然知らなかった」
由希子がぽつりと呟く。
「学校では存在感がなくて、みんなも気にしてなくて……でも、花ちゃんだけは違ってた。いつも田中くんを見てて……」
そう言いながら、由希子は私を見つめる。
その目には、親友としての心配と、そして……何か複雑な感情が混じっているように見えた。
「由希子」
私は彼女の手を取った。
「あなたも一緒に来る?」
由希子は驚いたような表情を見せる。
「え?でも、私なんて足手まといに……」
「そんなことない」
田中くんが口を開いた。
「君の回復魔法は貴重だ。それに……」
田中くんは少し言葉を選ぶように間を置いた。
「俺も最初は一人だった。君の気持ち、よく分かる。仲間がいるのと一人でいるのとでは、全然違う」
由希子の顔が明るくなった。
でも同時に、私の心の奥に、小さなトゲのようなものが刺さった気がした。
田中くんが由希子の気持ちを理解している。それは優しいことのはずなのに、なぜだろう。
「本当に……私でも役に立てる?」
「もちろんよ!私たち親友でしょ?一緒にやりましょう」
私は笑顔で答えた。
でも、その笑顔は少しだけ作り物だった。
これまで田中くんの秘密は『私だけのもの』だった。彼の強さも、優しさも、全部私だけが知っていた特別なことだった。
でも今、由希子もその秘密を共有することになる。
親友だから嬉しい。
本当に嬉しい。
でも同時に、何か大切なものを手放すような、寂しさもある。
「ありがとう、花ちゃん、田中くん」
由希子は涙ぐみながら言った。
「私、頑張る。二人の足を引っ張らないように」
「鈴木さん」
田中くんが真面目な顔で由希子に語りかける。
「君は十分強い。それに、君がいてくれると心強い。花も、きっと安心する」
田中くんが私のことを気遣ってくれている。
それが分かって、心の奥のモヤモヤが少し和らいだ。
「そうね。由希子がいてくれたら、私も安心」
私は今度こそ、心からの笑顔で言った。
「じゃあ、明日からパーティね。『田中パーティ』よ」
「え?」
田中くんが慌てたような表情を見せる。
その様子に、由希子がくすくすと笑った。
「田中くん、普通に話すのね。学校とは全然違う」
「あ……その……」
田中くんが恥ずかしそうに俯く。
「可愛い」
由希子が小さく呟いた。
その瞬間、私の胸にチクリとした痛みが走った。
由希子……まさか……。
でも、そんな心配をよそに、由希子は私の方を向いて言った。
「花ちゃん、田中くんのこと、本当に大切に思ってるのね。顔を見てればすぐ分かる」
私の頬が熱くなった。
「え、えっと……それは……」
「私も応援するから」
由希子は優しく微笑んだ。
「親友の恋、応援しないわけないでしょ?」
その言葉に、私は安堵した。由希子は恋のライバルじゃない。親友として、私を支えてくれる存在だ。
「ありがとう、由希子」
「でも」
由希子が少しいたずらっぽい表情を見せる。
「田中くんがもし花ちゃんを泣かせたりしたら、私が許さないから」
「え?」
田中くんが困惑したような顔をする。
「鈴木さん……それは……」
「冗談よ」
由希子は笑った。
でも、その目は本気だった。
「花ちゃんは私の大切な親友だから」
私は由希子の優しさに、胸が温かくなった。
同時に、彼女もまた田中くんを少し特別に思い始めているのかもしれない、という予感もあった。
でも今は、それでもいい。
三人でいることの心強さの方が、嫉妬心よりも大きかった。
「じゃあ、改めて」
私は二人に向かって言った。
「私たち、パーティよ。これから一緒に頑張りましょう」
「ああ」
田中くんが頷く。
「よろしくお願いします」
由希子も深くお辞儀をした。
その夜、同じ部屋で休むことになった私たちは、遅くまで話し込んだ。
田中くんの異世界での体験、私が彼の秘密に気づいた経緯、そして今後の予定。
由希子は熱心に聞いていたけれど、時々田中くんを見つめる視線が、少しだけ特別なもののように感じられた。
私の『特別』が、少しずつ変化していく。
でも、それも悪くないかもしれない。
三人でいる方が、田中くんも笑顔が多い気がする。
複雑だけれど、これが私たちの新しい『仲間』の始まりなのかもしれない。
「花、また田中くんの話ばっかりしてる。ま、でも、アンタが楽しそうだからいっか」
親友の由希子は、いつもそう言って私を笑ってくれます。
この物語が、そんな由希子のように、あなたの日常を少しでも明るくする存在になれたら嬉しいです。
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