13話:日常と異世界の境界線、そして私だけの特権
異世界での冒険と現実世界への一時帰還を経て、私たちの生活は新たなバランスを見つけ始めていた。
深夜、人目を忍んで異世界へ転移し、数日間の活動を終えて現実世界のわずか数時間後、朝をめがけて帰還する。
そのルーティンは、まるで二人だけの秘密基地を行き来するような、甘くスリリングなものだった。
その変化は、まず私の学業に現れた。
異世界での活動を始めてから数日。
私たちはギルドの片隅に設けた「拠点」で、戦闘や探索の合間に勉強時間を設けていた。
「佐藤さん、ここ、この公式を使うと一発だよ。ほら、この魔物の動きのパターンも、数学的に解析するとこうなるだろ?」
田中くんは、私がアイテムボックスから取り出した数学の参考書を指差しながら、異世界の事柄に例えて解説してくれた。
彼の教え方は驚くほど的確で、教科書では複雑に感じられた公式も、まるでパズルのピースを合わせるようにシンプルに解説してくれる。
現実世界で頭を抱えていた問題も、異世界の膨大な時間を使ってじっくり取り組むことで、瞬く間に理解できた。
彼の声はいつもより少しだけ大きく、そして私だけに響くように感じられた。
それからというもの、私たちは異世界での滞在中に必ず勉強会を開いた。
田中くんの指導と、異世界での時間の効率性のおかげで、私の成績はぐんぐんと上がっていった。
特に数学は、あれほど苦手だったのに、気づけば得意科目になっていた。
「佐藤さん、すごいな!今回、数学の点数、俺より上じゃん!」
現実世界に戻って受けたテストの結果を見て、クラスメイトの男子が驚いた声を上げた。
私は照れつつも、内心ではガッツポーズだ。
これも田中くん、そして異世界での経験のおかげだ。
学力だけでなく、異世界でのレベルアップは、私の身体能力にも大きな変化をもたらしていた。
ある日の体育の授業、バスケットボールでパスを追った私は、無意識のうちに驚くほどの跳躍を見せていた。
リングに届くようなジャンプは、普段の私ではありえないものだ。
「今の、佐藤さん!?」
友人の由希子が目を丸くしたが、他の生徒たちは誰も私を見ていなかったかのように、すぐにボールの行方に意識を戻す。
「ははは……ちょっと、頑張っちゃったかも!」
私は曖昧に笑ってごまかしたけれど、気づいた。
私の身体は、異世界での激しい戦闘や訓練によって、確実に強化されている。
運動神経が良くなっただけではない。
五感が研ぎ澄まされ、周囲の状況をより正確に把握できるようになった。
まるで、世界がスローモーションに見える瞬間がある。
放課後、田中くんと二人きりになった時、私は尋ねた。
「ねえ、田中くん。私、最近、ちょっと変なんだ。勉強も運動も、前よりずっとできるようになってる気がするの。それに、たまに周りのみんなが、すごくゆっくり動いて見える時があるの。これって、異世界でのレベルアップの影響だよね?」
田中くんは静かに頷いた。
「うん。この世界と異世界では時間の流れが違うように、身体にも影響が出るのは自然なことだ。佐藤さんの基礎能力が上がっている証拠だよ。」
「そっか……。ねえ、私、田中くんみたいに、みんなに気づかれなくなる……みたいなスキルが発動しちゃうのかな?私、田中くんのこと、見つけられなくなっちゃったら嫌だよ!」
私の不安げな問いに、田中くんは小さく首を横に振った。
「大丈夫だ。僕の『存在改変』はちょっと特殊なんだ。呪いのようなもので、転移者にかかる認識阻害改変がちょっと、強くなっちゃったんだ。そう……、僕のスキルの説明に書いてある。転移者認識阻害の強化版って……」
田中くんの言葉に、私は安堵した。
そして、胸の奥で、じわりと温かいものが広がった。
彼を「認識できる」唯一の存在。
その事実は、私にとって何よりも特別な「特権」なのだ。
彼の寂しげな瞳に、私だけが映っている。その事実に、私はたまらなく愛おしさを感じた。
そして、私へは『存在改変』が働かないことで、私は少し目立ってきたことも事実だ。
あまりに度を過ぎたことは改変が多少は働くようだが、田中くんみたいな強力な呪いめいた改変はなく、私の成績アップや身体能力のアップは周囲に認識されてしまう。
そのことで最近、私の周りで嫌がらせのようなことが増えていた。
私が急に目立ち始めたことで、一部の女子グループが嫉妬しているらしかった。
最初はロッカーに虫が入っていたり、机の引き出しにゴミが入っていたりといった幼稚なものだった。
けれど、田中くんのアドバイスは的確だった。
「佐藤さん、ロッカーや机の引き出しを物理的に開ける必要はない。君の必要なものは全てアイテムボックスに入っているからね。もし中に何か嫌なものを入れられても、それに触れることなく、念じるだけでアイテムボックスに収納してしまえば、外から見ればその場で消滅したように見えるだろう。」
彼の言葉通り、私はその日から、ロッカーも机の引き出しも一切開けることはなかった。
ある日、女子グループの一人が私のロッカーを覗き込み、ニヤニヤと笑いながら去っていった。きっと何か仕込んだのだろう。
しかし、私はいつも通り、ロッカーを一切開けずに体操服をアイテムボックスから取り出した。
翌日、その女子が私に何かを言いたげにロッカーをチラチラと見ていたが、私が動じないのを見て、結局自分でロッカーを開け、顔を真っ赤にして何かを漁っていた。
仕込んだはずの虫やゴミが跡形もなく消えていたのだろう。
また別の日は、私が席を外した隙に、机の引き出しに大量の消しゴムのカスやプリントの破片が詰め込まれていた。
しかし、私が授業に戻り、何の躊躇もなく引き出しに手を入れることなく、アイテムボックスからノートを取り出すと、その日の夕方、抜き打ちで机の中身チェックがあった時、その女子グループのリーダーが驚きに目を見開いていた。
私の引き出しはいつも通り空っぽで、彼女たちが苦労して詰め込んだゴミは、私がアイテムボックスに収納したことで、まるで最初から存在しなかったかのように消え去っていたからだ。
そんな風に、私が不自然なくらい何も反応せず、困り果てている彼女たちの行動をただ空振りにするのを見て、不気味に感じたのか、段々と直接的な嫌がらせは減っていった。
私たちが秘密裏に繰り広げる攻防は、まさに異世界での魔物との戦闘と似ていた。
学校での嫌がらせを未然に防ぎ、彼女たちが悔しがる様子を見るたびに、二人だけの絆は深く、強くなっていった。
異世界でのレベル上げは順調に進み、私たちの力は着実に増していった。
そして、その力は、私たちだけの特別な日常を、ますます鮮やかなものに変えていく。
田中くんと私。
二人だけの、秘密と冒険に満ちた日々は、まだ始まったばかりだ。
いつも読んでくれて、ありがとうございます。
慣れない異世界での戦いも、現実での人間関係も、正直大変です。
でも、こうして読んでくれる人がいると思うと、少しだけ頑張れます。
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