12話:初めての帰還と、新たな決意の場所
翌朝、私は目覚めてすぐに隣の部屋にいる田中くんを訪ねた。
「田中くん、あのね……昨日のことなんだけど。」
田中くんは、いつものように落ち着いた表情で私を見た。
「うん、佐藤さん。レベル10到達、本当におめでとう。異世界転移スキルはもう試した?」
「ううん、まだ。でも、これで日本に帰れるんだよね?」
私の問いに、田中くんは頷いた。
「うん。心の中で『異世界転移』と念じるだけで、元の世界に戻れるよ。ただし、この世界で転移する時と同じで、安全な場所を選んでね。」
「そっか……じゃあ、一度、一緒に日本に帰ってみない?」
私が提案すると、田中くんは少し考え込むような仕草をした。
その表情は、どこか遠い目をしていて、少しだけ寂しそうに見えた。
「……日本か。確かに、元の世界の状況を確認しておくのは重要だね。」
彼の言葉の裏に、深い理由があるような気がした。
きっと、田中くんも私と同じように、元の世界で「置いてきたもの」があるのだろう。
「うん。だって、せっかく帰れるようになったんだもん!それに、日常生活も心配だしね。学校は大丈夫かなとか、家族は心配してないかなとか、色々気になることだらけだよ。田中くんのところも、ご家族が心配してるんじゃない?」
私の言葉に、田中くんは微かに表情を曇らせた。
彼の視線が、どこか一点を見つめ、静かに固定された。
それはまるで、遠い記憶の扉を開いたかのような、寂しげな瞳だった。
「……そうだね。日本の状況を確認するのは必要だ。」
彼の言葉に、私は安心した。
田中くんが一緒なら、何も怖くない。
彼も、異世界での目的をしっかり持っているのが分かって、私も頑張ろうと思えた。
「うん!わかった!」
私たちは宿屋でチェックアウトを済ませ、人目のないギルド裏の路地へと向かった。
「佐藤さん、準備はいい?心の中で日本にある安全な場所を思い描いて、『異世界転移』と念じてみて。僕たちは現実時間の午後4時30分にこちらに来て、そこから異世界で約3日間活動した。」
田中くんは何だか頭が良さそうな事を言っている。
「この世界の時間は現実世界の1時間が異世界の1日(24時間)に相当するから、日本に戻ればおおよそ三時間が経過し、時計は午後7時30分を指しているはずだよ。」
遅い時間だけど、深夜とかじゃなくてよかった。
田中くんの言葉に従い、私は目を閉じて、自分の部屋のベッドの上を強くイメージした。
そして、心の中で強く唱えた。
「異世界転移!」
次の瞬間、全身がふわっと浮き上がるような、不思議な感覚に包まれた。
目を開けると、そこは慣れ親しんだ、私自身の部屋だった。
ベッドの上に座っている私。
見慣れた机、教科書、そして窓から差し込むすっかり暗くなった夜の光。
部屋の時計はちょうど午後7時30分を指している。
異世界で約3日間を過ごしたのに、現実世界ではたった三時間しか経っていなかったことに、改めて驚いた。
「う、嘘……本当に戻って来れた……!」
思わず声が出た。感動と安堵で、胸がいっぱいになる。
ふと、隣に田中くんがいないことに気づく。
当然だ。
彼は私とは違う場所に帰還したのだろう。
安堵しつつも、少しだけ寂しさを感じた。
「成功だね、佐藤さん。現実世界の1時間で、異世界の1日(24時間)が経過するよ」
声の主を探すと、アイテムボックスの中のスマートフォンが微かに震えていることに気づいた。
慌てて手に取り、電源を入れる。
画面が明るくなった途端、けたたましい通知音が鳴り響き、大量の着信履歴とメッセージ通知がずらりと並んだ。
「うわっ……!」
思わず声が出た。
その中に、田中くんの名前も表示されており、メッセージアプリの通知が開いていた。
『佐藤さん、無事に帰還できたみたいだね。僕は、自宅の書斎に転移できたよ。まずはご家族に連絡を。
僕は少し調べておくことがあるから。』
彼のメッセージに、私はすぐに返信した。
『うん!田中くんも無事でよかった!私も家族に連絡するね!』
夕食時を過ぎても高校生の娘が帰ってこないのだから、家族が心配するのは当然だ。私には父、母、そして姉がいる。
きっと、みんなで心配してくれたのだろう。
両親に電話をかけると、案の定、母は安堵と涙声で、父は心配と、短時間とはいえ連絡がつかなかったことへの叱責の声が混じった返事が返ってきた。
私が無事だとわかると、すぐに帰ってくるように言われた。
しかし、部屋に靴がないことや、いつの間にか帰ってきていたことについては、今は深く追求されなかった。
ただ、父の「もうどこにも行くなよ」という一言には、異世界での「認識阻害」とは違う、家族の純粋な心配が込められているようで、胸が締め付けられた。
翌日、私は学校へ行った。
何事もなかったかのように流れる日常。
クラスメイトとの何の変哲もない会話、教師の退屈な授業、放課後の友だちとの他愛ないおしゃべり。
どれもが、どこか現実味を帯びていないように感じられた。
私はここにいるのに、私の意識の半分は、あの危険で、しかし心躍る異世界に囚われているようだった。教室の隅にいるはずの田中くんの存在も、彼の周りから認識阻害魔法が効いているかのように、誰も気に留めない。
私だけが、彼が実は「勇者」であることを知っている。
この日常の「普通」が、急に物足りなく、そしてどこか偽物のように思えてきた。
私は気づいた。
私が本当に生きたいのは、異世界での、田中くんの隣での冒険なのだと。
その日の深夜1時15分。
私は誰にも気づかれないよう、勉強道具や着替えを全てアイテムボックスにしまい、再び異世界へと転移した。
安全なギルドの食堂で落ち合うという田中くんとの約束通り、そこにはすでに彼の姿があった。
「ご家族との再会は、どうだった?」
田中くんが、心配そうに尋ねた。
「うん……すごく心配かけてたみたい。でも、無事だって分かったら、すごく喜んでくれたよ。」
「それは何よりだよ。……佐藤さん。元の世界に戻って、何か感じたことはあるかな?」
彼の問いに、私は迷うことなく答えた。
「うん。正直、物足りなかった。日本にいると、どうしても周りの目が気になって、自分を出し切れないから。みんなが私を『普通の子』としか見ない中で、私だけが田中くんの異常性に気づいている。」
私はきっと、ここ最近で一番シリアスな表情だったと思う。
こんなの姉貴に便秘で悩んでいる相談をした時以来だ。
「私、異世界では、ちゃんと戦えた。魔物を倒して、お金を稼いで、レベルも上げた。田中くんも、私をちゃんと見て、サポートしてくれた。」
私は自分の気持ちを正直に話した。
言葉にするたびに、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。
私は田中くんの目を見つめ、少しだけ声を震わせた。
「田中くんが、異世界で一人で頑張ってきたこと、私だけは知ってるから。だから、もう一人にさせたくない。」
私の言葉に、田中くんは何も言わなかった。
ただ、じっと私の目を見つめている。
その瞳には、今までの彼からは想像できないほどの深い感情が揺らめいていた。
彼の目尻が、少しだけ赤くなっているように見えた。
「……ありがとう、佐藤さん。」
田中くんが、小さく、しかしはっきりとそう言った。その声は、震えていた。
「僕も……。嬉しい。」
彼の言葉に、私の胸が温かくなった。私たちは、言葉以上に、互いの存在の大きさを感じていた。
「よし!決めた!また異世界に行こう!それで、もっと強くなって、田中くんの隣で、もっと色々できるようになりたいな!」
私が言うと、田中くんは静かに頷いた。
彼の表情は、先ほどまでの迷いを振り切ったかのように、どこか晴れやかだった。
「うん。では、今後の活動についていくつか確認しておきたいことがある。まず、この世界に戻る場所だけど……」
私たちは、異世界での今後の活動計画と、現実世界での学校生活や家族との時間をどう両立させていくかを話し合った。
田中くんは、異世界でのレベル上げの重要性を語りつつも、私が現実世界で困らないよう、具体的な解決策をいくつも提案してくれた。
その表情は、まるで私の専属のコンサルタントのようだった。
私たちの異世界での冒険は、まだ始まったばかりだ。
そして、私たちはこの冒険を共に歩むことを、改めて誓い合った。
他のクラスメイトは誰も知らない、私と田中くんの秘密の二重生活。
授業中にうとうとしてる彼も、本当は魔王と戦う最強の勇者なんです。
このドキドキを、あなたと分かち合えたら嬉しいです!
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