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(完結)『隣の席の田中くんが異世界最強勇者だった件』  作者: 雲と空
第一章:私だけが知る隣の席の秘密
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1話:クラスの片隅にいた「彼」の変貌

もし、あなたの隣の席に座る無口で地味な子が、実は世界を救う最強の勇者だったら、あなたはどうしますか?


この作品は完結まで書いてあります。


教室の隅、窓際の席で背を丸めているのが田中健太だ。


ボサボサの黒髪はいつも少し伸びすぎで、前髪の奥の目は所在なさげに伏せられている。

制服のシャツは一度もきちんとアイロンがかかっているのを見たことがなく、

今日も例えば襟元が軽くヨレている。彼はまるでこの世界に存在していないみたいに、

いつも空気のようで、クラスにいるのに、その存在を誰も気にしない。


私も、特別に彼を意識していたわけじゃない。

ただ、席が隣だったから、たまに目に入るくらいの存在。

地味で、おとなしくて、クラスにいつも一人でいる。

いじめられているところを何度か見かけたけれど、何の反応をすることもなかった。

まるで、それが当たり前の日常だとでも思っているみたいに。


そんな田中くんが、今日の体育の授業で、俄然変わった。


授業でいつも最後尾をトロトロと走っていた彼が、短距離走のスタートラインに立った時、私にはなんだか、ただ微かな胸騒ぎがあっただけだ。

今日の彼は、いつもより少しだけ、背筋が伸びている気がしたから。


ピストルの音が鳴った瞬間、それは起こった。


隣のレーンにいたはずの彼が、矢のように地面を蹴った。

あまりにも速すぎて、私には一瞬何が起こったのか理解できなかった。

わずか一瞬で、田中くんは私の視界から外れた。


「え……?」


私は無意識に声を漏らした。

だが、私の隣で走っていたはずの女子たちも、一瞬は驚いたような顔をしたが、すぐに

「え、今のって何?」

「なんか、普通に走ってただけじゃない?」と困惑し、

私と同じほどの衝撃を受けているようには見えなかった。


彼のフォームは決して洗練されているわけじゃない。

むしろ、ぎこちなくて、不器用だ。

腕の振り方も大きく、体は少し前に傾いている。

それでも、その一歩一歩に、いつもの弱々しさや遠慮は微塵も感じられなかった。

ただ一つ、そこにあったのは、前に進むという強い意志だ。


風を切り裂くような速さで、田中くんは他の生徒たちをどんどん突き放していく。

自分の目の前で何が起こっているのか、私には信じられなかった。

あれが、いつも教室の隅で縮こまっているあの彼だというのか?


ゴールラインを最初に駆け抜けたのは、紛れもなく田中健太だった。


一瞬、グラウンドは沈黙に包まれた。

しかし、それは田中くんがゴールしたことへの驚きというよりは、何が起こったのかを理解しきれていない戸惑いのようだった。

そしてすぐに、ざわめきに変わっていく。


私は口をあんぐり開けて、ストップウォッチを握りしめたまま固まっていた体育教師を見るしかなかった。

先生の顔にも、私に負けないくらいの驚愕の色が浮かんでいた――が、それはすぐに戸惑いに変わり、やがて何かを納得したような顔になった。


やがて、先生の戸惑いの声がグラウンドに響いた。


「た、田中……!うむ、前よりは早くなったな!」


その瞬間、私の頭の中は真っ白になった。

今、先生は何て言った?

「前よりは早くなった」?


私はすぐに隣にいた友達に顔を向けた。


「ねぇ、やばっ……!今の走り、すごくない!?」


友達は不思議そうな顔で私を見た。


「え? 普通に走ってたんじゃない? 前よりはちょっとマシになった気はするけど。でも、まあ、田中は田中だなって感じじゃない?」


クラスメイトたちは、まるで当たり前のようにその走りを受け入れている。

誰も、それが常軌を逸した記録だとは認識していない。

田中くん自身も、少し首を傾げるだけで、特別なことだと思っていないようだった。


田中くんは、ゴールした後も少し走り続けて立ち止まった。

彼の顔には、いつもの陰鬱さとはかけ離れた、ほんのりとした赤みが差している。

彼は少し驚いているようだった、まるで自分でも何が起こったのか信じられないかのように。


誰もが何も気にしない中、私はただただ彼の背中を見つめていた。

何が起こったの、今?あの速さは、一体何だったんだ?

そして、なぜ私以外の誰も、あの走りの異常さに気づかない?


私は何か見間違えたのだと確信しようとした。

それとも、田中くんが急に何か秘密の特訓を始めたのだろうか?

でも、あのいつも陰気な彼が、裏でこっそり努力するなんて、考えにくい。


授業が終わって教室に戻る間も、田中くんの走りを話題にする生徒は一人もいなかった。

誰も彼のことを気にも留めていない、いつも通りの日常だった。


でも、私だけは、その「偶然」という言葉に、どうしても納得できなかった。

あの速さは、彼の奥底に眠っていた何かが、突然目覚めたような、そんな劇的な変化だった気がするから。


隣の席に戻った田中くんは、いつものように背を丸めて、ノートにペンを走らせている。

彼の顔から、先ほどの赤みはもう消えて、いつもの影が戻っていた。


私、彼に何を言えばいい?

どう声をかけたらいいんだろう?


クラスが終わるチャイムが鳴るまで、私は勇気を出すことができなかった。

ただ、一つだけ確信したことがある。

今日、私の心の中に、ごく小さいけれど確かな「違和感」の種が芽生えたのだと。

そしてそれは、きっとこれからも私の心に根を張り続けていくのだろうと。


田中くんの秘密――まだそれは小さな種だ。

でも、いつかそれは大きく育ち、私の平凡な日常を大きく揺るがすことになるのかもしれない。

私は、そんな予感めいたものを、隣の席の背中に感じながら、自分のその日の残りの授業に備えた。

冴えない田中くんの、異世界での奮闘。そして、そんな彼を応援する花ちゃんの、一途な恋。

もし、この物語が少しでもあなたの心に響いたなら、ぜひ【評価】や【ブックマーク】でその気持ちを教えていただけませんか?

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※尚、この後書きの文章は色々なバージョンがあります。

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― 新着の感想 ―
田中健太・・・地味っぽい性格にピッタシな名前かもしれませんね。 田中の苗字は割と多いですから、埋もれそうです。 クラスにいても、あまり皆が注目してない感じですし…。 一見すると取柄の無さそうな田中君…
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