第六章:そして魔王城へ…(早い)
「おい、待て。なんで魔王城に着いてんだ俺たち」
「さあ?」
「いや、“さあ?”じゃなくてだな!!」
湿原を抜けて数日――本来なら中ボスの砦や山岳の試練、古代の精霊との契約など、最低でも三章分はかかるはずのルートを、なぜか勇者パーティは魔王城の目前に来ていた。
「……まさかとは思うが、またミナトの罠ショートカットか?」
「うん、うっかり崖の壁ぶち抜いたら、地下道が出てきてさ~」
「お前、前世でRTAプレイヤーかよ!!!」
勇者カイのツッコミも、もはや地を這うようなテンションになっていた。
ちなみにその地下道、かつての魔王直属の緊急脱出ルートらしく、魔族の警備ゼロ。快適そのものだった。
「魔王、案外セキュリティゆるいんだね~」
「お前らのせいでその警備網ズタズタになってんだよ!!」
魔王城は、見た目こそ威圧的だった。
黒曜石の尖塔、空を覆う暗雲、雷鳴と轟音。まさに“終盤感”のかたまりである。
だが――
「誰もいない……」
ミナトが門番を探して顔を出してみるが、入り口には貼り紙が。
《■臨時休業のお知らせ■
スタッフ研修のため、本日城門は閉鎖しております。
ご用の方は地下口をご利用ください。魔王》
「なに、ホスピタリティ!?」
「しかも“ご用の方”ってなんだよ!? 勇者、来るの前提なの!?」
「もしかしてこの旅、予約制だったのでは?」
「そんなRPGあるか!!!」
半笑いで地下口から侵入すると、もはや敵の気配どころか、**“案内板”**が立っていた。
《■ご案内■
右手:玉座の間
左手:お手洗い
まっすぐ:カフェテリア(現在満席)》
「満席て!!」
「ていうか玉座の間に“手書きポップ”あるRPG、初めて見た」
「お前らほんとふざけんなよ! こんな状況でどう戦う気なんだよ!?」
そのとき――廊下の奥、二重扉が開いた。
ギィィィィ……
「……ついに来たか、勇者よ」
低く、重厚な声。影の中から姿を現したのは、長身痩躯に黒いマントを纏った男だった。鋭い眼光、ただならぬ魔力の波動――
そう、魔王その人である。
「……やっと“それっぽい”の来た……!!」
カイが涙を流しそうになる中、リリィが突然叫んだ。
「うわ! イケメンじゃん!!」
「そこ!?」
魔王は、リリィを一瞥すると、口元に手を当ててフッと笑った。
「私に惚れても、苦しみしかないぞ」
「まるで現役ホストだな……」
「で、何しに来たんだ?」
魔王があっさり聞いてくる。
「え? ……えっと、お前を倒しに」
「そっか、じゃあ――今月末で退職するんで、引き継ぎだけお願いします」
「えええええええええええええ!?」
話を聞くと、魔王は昨今の働き方改革の影響で、魔王業の継続が難しくなり、自主的に魔王を辞めることにしたらしい。
「残業は多いし、部下は定着しないし……」
「お前、社畜かよ!!!」
「まあでもね? お前らがここまで来たから決心もついたよ。世界、任せた」
「任されるの!?!?!?」
しかも魔王、すでに転職サイトに登録済み。
「内定もらってるんだ。“世界樹の里でパン職人”」
「急に平和……!」
「……で? 勇者よ、俺がいなくなった後、お前が新しい魔王になるか?」
「いや、何言ってんの!?!?!?」
「いやいや、事務手続きは楽だぞ? 戸籍変更と魔力承継の印押すだけ」
「印鑑文化生きてたのかこの世界!!」
結局、戦闘は一度も行われず、魔王は「よろしく頼んだ」と爽やかに手を振って去っていった。
部下たちには退職パーティの招待状を配っていた。カイたちにもくれた。開催場所はアーリス村の井戸の横だった。
帰り道。
「……なんかさ」
「うん……」
「倒すべき魔王が、一番社会性あった気がするんだけど」
「今さらだな……」
カイは、ひとつ大きくため息をついた。
「世界を救うって、何なんだろうな……」
「私の神様は、“これからが本当の地獄”って言ってました!」
「お願いだから黙ってて!!」
こうして、勇者パーティは魔王城から何事もなく帰還し、旅は――続いてしまうのだった。