第一章:伝説の魔王を倒す旅に出た(はずだった)
王国歴1027年、黒き魔王が大地に蘇り、世界に再び闇が広がろうとしていた。
焦る王国、騒ぐ民衆、沈む経済。
そして、選ばれし者たちが集められた──伝説の勇者パーティである。
その中心に立つのは、若き勇者カイ。
聖剣と共に神殿に導かれし、真面目で責任感が強い……が、何より苦労性だった。
「さあ、ついに魔王討伐の旅が始まる!」
カイが高々と剣を掲げ、王都の門前で声高らかに叫んだその瞬間――
仲間たちは、文字通りバラバラに四方八方へ散っていった。
「おいィィィィィ!!!」
出発の儀式開始から5秒で、出発が中止になるという前代未聞の事態に、王都の門番もあんぐりしている。
「……こっちが北だって言ってるだろ、ゴードン! そっちは井戸!」
「喉が渇いてただけだが?」
「飲んで落ちんなやァアア!!」
見ると、戦士ゴードンが井戸の縁に逆さまで突っ込んでいた。豪快に落ちたらしい。
鎧が重すぎて抜けず、カイがロープで引き上げている間、後方ではまた何かが起こっていた。
「ちょっと! 地図がないんだけど!? あれ、どこ置いたっけ!?」
地図係、魔法使いのリリィが、馬車をひっくり返しながら叫んでいる。
「は!? 朝一で持ってたろ!? というか、さっきお前のローブのポケットに……」
「それ、鳥に食べられた」
「鳥に……!? いや、どういう種類の鳥だよ!?」
「赤くて丸くて火を吹いてた」
「それ火の精霊だよォオオ!! なに悠長に餌付けしてんだよ!!」
リリィは火の玉に「スイートボール」とかいう謎の菓子を与えていたらしい。精霊喜んで飛んでいったらしい。ついでに地図も持っていったらしい。
「うん……いいや、方向感覚で行こう!」
「だめだ! なんでよりによってお前が一番の方向音痴なんだよ!!」
仕方なく、カイは予備の地図を取り出したが、その瞬間、ガシャーンという金属音が鳴った。
「へぶっ!! いてて……なんでそこに落とし穴!?」
盗賊ミナトが、なぜか自分で踏み抜いて落とし穴にハマっていた。
しかも深い。半分埋まってる。
「罠チェックしてるんじゃなかったのかよ!!」
「うん。でもこの罠、すっごい出来がいいんだよ。ほら、この角度と支柱の位置、芸術だよこれ!」
「褒めんなよ!? 引っかかったお前が言うなよ!?!?」
盗賊なのに敵の罠に感動する神経がよくわからない。
とりあえず引きずり出して、手でパンパンと砂を払う。すると今度は後方から、のんびりと手を振る姿が見えた。
「カイさーん、神様が今日の旅立ちは控えろって言ってます~」
僧侶ノエルだった。
光の神に仕えるこの少女は、奇跡の力を授かっているが、どうもその奇跡の方向が怪しい。
「……なに? 旅立つな?」
「はい。あと、さっきゴードンさんが落ちた井戸、呪われてるって言ってました」
「遅いわ!!」
「しかも、井戸の主がゴードンさんを気に入ったらしくて、『また来てね♡』って……」
「井戸にフラグ立てんなァアア!!」
ゴードン本人は、井戸水をすすりながら「悪くなかった」とか言ってる。怖い。
ノエルは何やら神託のメモを取りながら、魔除けの鈴を振っているが、効果があるかは謎だ。
なんだこのパーティ。
誰一人としてまともにスタートラインに立てていない。
カイは思わず剣の柄に額を押し当て、深く深くため息をついた。
「……本当にこのメンバーで魔王を倒せるのか……?」
「だいじょーぶだって! なんとかなるって!」
リリィが元気よく笑いながら、軽く手を振る。その手の先には、魔力の光が輝いていた。
「ちょ、お前その手何して……」
ズドォォォォン!!!
火球が暴発し、地面が派手にえぐれた。空中に土煙が舞い、カイの頭にモフッと灰が降りかかる。
「まず自爆やめてくれえぇぇぇえ!!」
そして勇者たちの旅は、門の前で一歩も進まないまま、一日目を終えたのだった。