第6話 ありがとうニブルヘイム! そしてさようなら!
ニブルヘイム入口――固く閉ざされた魔界の門が地響きを立てて口を開く。
「――外だぁぁぁぁぁ!!! テンションMAXっっっっっ!!!」
肌を焼く太陽の熱。爽やかな風。新鮮な草木の匂い。どれも地下では決して手に入らないものだからこそ、地上に出たという実感が心の底から沸いてくる。
「……暑いですね。テンション20ダウンです」
「お前のテンションは知らん! てか、何でついてきたんだよ」
「地下にいてもやることないので。それに、アトスがいなくなったら誰が私の頭を撫でてくれるんですか?」
「いや、撫でるくらい誰だって出来るだろ……。まぁ、地下にいてもやることがないってのは俺もこの三年で身に染みたし…………しょうがないな、連れてってやるよ」
「わーい」
「何でそんな棒読みなんだよ……」
ヘルの考えてることはホントに分からん。まぁ、何だかんだダンジョンで一人だった俺の孤独を一番埋めてくれたのは同じ人型で話の出来るヘルだったからな。多少の恩はあるし、一人くらい同行者が増えてもまぁ問題ないだろう。
「それじゃ、早速街に戻るとするか――ん?」
何やら背後――ダンジョンの入口がグラグラと揺らぎ始める。後を追うように発生した地鳴りで木々に止まっていた小鳥が蜘蛛の子を散らすように飛んでいく。
――◎★●※○▼※△☆▲!
――●※○◎★☆▲▼※△!
――☆▲●※▼※△○◎★!
「お前ら? 一体何の騒ぎぃッ――!?」
ダンジョンの中からモンスターたちが次から次へと飛び出し、有無を言わさず俺の元に押し寄せてきた。一体、また一体と俺の上に跨り、巨大な魔物タワーが形成される。
「そんなにたくさん背負って、いつもの筋トレですか? 今日はずいぶんとやる気ですね……ふふっ」
いつの間にか距離を取って惨事を回避していたヘルが口に手を当てて小さく笑う。
「んな訳ないだろ…………。笑ってないで、はやく助けて…………」
このままだと間違いなく腰がボキボキにイカれてしまう。どうにかヘルに引っ張り出してもらい、背骨を押さえながら山積みのモンスターと向き合った。
「……それで、お前らはまた俺に用でもあるのか?」
――●※○◎★☆▲▼※△!
「『自分たちも連れていけ!』って抗議してますね」
「いや無理に決まってるだろ! こんな大量のモンスター引き連れていったら街中大騒ぎになるわ!」
――◎★●※○▼※△☆▲!
――☆▲●※▼※△○◎★!
「……『ヘルだけ連れていくのは不公平!』『だったら僕たちも連れていくべき!』……とのことです」
モンスターたちはヘルの代弁に反応し、各々手足をジタバタさせて連れていけアピールをしてくる。
「……確かに、不公平だと言われたらぐうの音も出ないな……。分かった、それじゃこうしよう! ヘルもここに置いていく! そうすれば全員平等だろ?」
「――は?」
俺の提案にモンスターたちは『それならまぁ……』『仕方ないか……』的な雰囲気でアピールを止めた。
「そういう事だからヘル、すまないが公平を期すためにお前も――」
残れ、と言おうとした俺は咄嗟に口を噤んだ。そうしなければ間違いなく殺されると、目の前の魔物が発つ尋常でない圧――殺気を限界まで鍛えられた俺の第六感が感じ取ったからだ。
「――何余計な事言ってるんですか……? 溶かされたいんですか? 全員今すぐこの世から消してあげてもいいんですよ?」
目を真っ黒に塗りつぶしたヘルが一人で何万ものモンスターたちに詰め寄り、一匹一匹に恐怖を刷り込んでいく。
「まだ息をしていたいなら、くれぐれも余計なことは言わないように……いいですね?」
モンスターたちは完全に心折られたのか、全員が口を揃えて小さい鳴き声を上げる。
「…………こえぇ……」
「――何か言いました?」
「うぇっ!? な、何も言ってないけど!?」
やばい、このままだとこっちまで火傷する! どうにかして気を逸らさないと……!
「そ、そう言えば! どうやって街に戻ろうかなー!? 確かここから街までかなりの距離があったはずだしなー!」
よし、この話題は同行者のヘルなら気になるだろう!
実際悩んでるのは本当だし、とりあえずこの話を続けて彼女の気が収まるのを……。
「あ、そこの龍、あなたは残ってください。それ以外は帰っていいです。――さ、どうぞ」
ヘルがすっと指をダンジョンの入口へ向けると、指名された黒枯龍を残してモンスターたちが全速力で中へと戻っていった。これがボスモンスターの本気か……。
「……なぁ、ヘル。わざわざそいつだけ残したのって……?」
「はい、乗り物です」
「あ、やっぱりそうだったか……」
「えっ?」と意外そうな顔をする黒枯龍のことなどお構いなしでよいしょよいしょと跨るヘル。その漆黒の髪と黒を基調としたゴシックドレスはまるで太陽の光を拒絶するかのように一際異彩を放っていた。
「――ほら、何をしてるんですかアトス。早くしてください。目的地は決まってるんですから」
ヘルは黒枯龍の上からこちらを見下ろし、手を伸ばす。
「あ、あぁ……そうだな! ――行くか!」
そうだ、目的地は決まっている。目指すはかつて活動の拠点にしていた、冒険者の集うギルド都市――「カルゼリア」だ。
俺とヘルを乗せた龍がその翼を大きく広げて空を舞う。空気も景色も、何もかもを置き去りにする感覚は言葉に出来ないくらい爽快だった。ふと下を見れば、ダンジョンが飛び去る羽虫の如く小さくなっていく。
「――ありがとな、ニブルヘイム! もう戻ってくることはないだろうけど!」
ようやくダンジョンから解放された俺は思わず浮かべた笑みと共に別れを告げ、かつての記憶を頼りに黒枯龍を向かわせるのだった。
* * *
時を同じくして――ギルド所属の調査員である男は木の影に隠れて息を殺し、事の顛末を見届けていた。
「な、なんだったんだ今の…………!? 幽炎狐に影喰魔、隔氷狼に黒枯龍…………。災害級のモンスターばっかりじゃねぇかよ…………! あんなのが一斉にダンジョンから出てくるなんて……いや、それよりもだ!」
恐怖で極限まで薄まっていたものの、辛うじて残っていた調査員としての矜恃が震える男の手を動かした。
土汚れた鞄の中から取り出したのは「幻影紙」という、魔力を通じて使用者の見たものを紙面に焼き付けるアイテム。それを強く握り締め、男は天を見上げる。
そこには触れたものの生気を枯らす不吉な龍に跨り、人ならざる殺気を繰り出す魔性の女をも従える何者かの姿があった。見たところごく普通の少年の顔つきだが、背中では数多の返り血で濁った無骨な大剣が鈍く輝き、痛んだ外套が風を受けて尻尾のように蠢きはためいている。
そのあまりの不気味さに心が竦みながらも男は少しでも情報を残そうと目を凝らした、その時だった。遥か上空にいる少年がこちらを一瞥してきたのだ。
――まさか、気づかれた…………!?
極度の緊張に襲われ、却って見ることしか出来なくなった男の瞳には少年の笑顔が映し出される。まるでこちらが隠れていることも、こうして幻影紙で撮っていることもお見通しかのような、全てを見通す嘲笑い顔が。
幸いにも気づいていなかった――いや、襲う価値すらなかったのだろうか。少年はすぐに視線を戻して空を駆けていく。一方で腰が抜けて動けなくなった男の頭には次々と恐怖が塗り重ねられ、やがて恐怖はひとつの面影となって心を掌握した。
「…………化け物なんかじゃない、あれは――魔王だ……! 早く、みんなに知らせないと……!」
男は龍が飛び去るのを確認しては踵を返し、無我夢中で走り始める。この時、男の手に握られた幻影紙がアトスのこれからを大きく左右することを、当の本人はまだ知らない。
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