第4話 ちょっとばかりの喧嘩両成敗
「――はぁっくしょん!」
閉鎖された地下空間にとびきり大きな声が響き、その振動を受けた壁や天井の一部がポロポロとこぼれ落ちる。
「くしゃみなんて珍しいですね。風邪でもひきました?」
「ぐずっ……いや、筋トレの熱が冷めてきただけだ。心配するな」
「……別に、あなたの心配なんてしてませんけど」
ぷくっと小さく頬を膨らませるヘルを他所に一息つこうとダンジョンの壁にもたれかかるが、またしても周囲が震え始めた。振動は一度や二度で収まらず、壁に背をつける俺を頻りに揺さぶってくる。
それから暫くして、ダンジョン内のモンスターが次々と最下層へ降りてきた。種族も生息するエリアもバラバラなはずなのに、全員が一心にこちらへ向かってくる。
「何だ、どうしたお前ら――」
――◎★●※○▼※△☆▲!
――●※○◎★☆▲▼※△!
――☆▲●※▼※△○◎★!
「分かった分かった! 分かったから一斉に喋るな!」
焦りに満ちた多種多様な声が混ざり合っているせいで何一つ聞き取れなかった俺は両手を掲げてモンスターたちを静止させた。
「……はぁ、どうせあいつらがまた喧嘩でもしてるんだろ? ちょっと待ってろ!」
俺は詰めかけてきたモンスターの集団から抜け出し、立て掛けてある愛用の大剣を担いでダンジョンを揺るがすその震源へと向かう。
この三年間、俺はこのダンジョンで日々を過ごしてきた訳だが、当然ここにはモンスターが大量に生息している。実質一対十万の圧倒的不利な生存競争を強いられているようなもので、まともに対峙するだけでは絶対に生き残れない。
だから俺はモンスターを屠る為の剣を手放し、彼らとの共存を試みた。
言葉どころか意図すら伝わるか怪しい相手に我ながら無謀なことをしたと今でも思う。だが、それでも俺は「生き残る」という一心でモンスター一匹一匹の習性や思考を学び、どうすれば彼らと分かり合えるかを模索し続けた。
その努力の甲斐あってか、今や俺と本気で殺し合おうとするモンスターはいない。……が、どうやら彼らの中で俺という存在は大きくなりすぎたらしい。
側に寄ってきて甘えてきたり、餌を分けてきたり、体を撫でるように要求してきたり……これくらいなら寧ろ喜ばしいのだが、ダンジョン内での問題まで俺に持ち込むようになってしまった。おかげでこっちはダンジョン中を走り回っていざこざを収める毎日だ。
「……ったくあいつら、俺のことを自分らの親玉か何かと勘違いしてるのか?」
「え? そうじゃないんですか?」
「違うわ! というか、ボスモンスターはお前だろ! さらっと職務放棄しようとするな!」
いつの間にか付いてきてきたヘルが如何にも意外そうな顔をしてみせるので、つい言葉を荒らげてしまった。
そして当の本人は「嫌です。めんどくさい」と完全ノータッチ宣言。……ニブルヘイムが人類の脅威になってたのって、もしかしなくてもこいつが管理をサボってたからなんじゃないか?
なんて考えているうちに上層へ辿り着くと、そこには二体のモンスターが互いに睨み合っていた。
そのうちの一体は主に上層を住処としている隔氷狼というモンスター。縄張り意識が強く、ニブルヘイムを攻略しようとする冒険者の大半はこのモンスターに敗れて逃げ出していく。上層を守る番人的な立ち位置だ。
そんな隔氷狼と対峙しているのが黒枯龍。自由奔放な性格でダンジョンの各地に出没しては他のモンスターの縄張りなど気にもかけずに振る舞う暴君。つまり、隔氷狼とすこぶる相性が悪い。
正直、揉め事の九割がこいつらのせいと言っても過言ではない。とはいえ、ダンジョンで一二を争う力を持つ二体の間に割って入ることなんて並のモンスターに出来る訳もなく、唯一対抗出来るヘルもあの有様なのでこの手の問題はどうしても俺にお鉢が回ってくるのだ。
――ウォォォォォォン!
――グルルルルウァァ!
隔氷狼の周りには凍てつく冷気が走り、黒枯龍の立つ大地はその生気を吸い取られる。まさに一触即発といった雰囲気だ。このまま放置するとダンジョンそのものが崩壊しかねない。
「――こら、お前ら! その辺で止めとけ!」
二体の間に割って入ると、まず真っ先に隔氷狼が前足をこちらに振り下ろしてきた。いつもは声を掛けると大人しくなるのだが、今日はかなり頭に来ているらしい。
「……仕方ない。ちょっと大人しくさせるか」
軽く後ろに跳んでを躱すと、敢えてこちらから一歩前に踏み込む。間合いに入った標的に隔氷狼は爪と牙を無数に繰り出してくる。
「お前ってやっぱり賢いというか、真面目だよなぁ。しっかり急所狙ってくるもん」
だからこそ、却って躱す算段も立てやすいというものだが。
攻撃が一段落ついたタイミングで俺はぐっと大剣の柄を握りしめ、剣の身の部分を隔氷狼の顎目掛けて思い切り振り上げた。
――ドカァッ!!!
――キャインッ!!?
隔氷狼の体が二回、三回と宙を舞って地面に激突する。これで少しは頭も冷えるだろう。
「――あとは、お前だな」
すぐに襲いかかってきた隔氷狼と違い、黒枯龍はフンと鼻を鳴らしてこちらを見下ろして大きく息を吸い込む。
「慢心しすぎ。いつになったらその癖治すんだよ――っと」
予備動作で丸わかりのブレス攻撃。それが放たれるよりも先に黒枯龍の懐に入り込み、勢いをつけて隙だらけの心臓部に柄頭をめり込ませる。
――メリメリメリッ!!!
俺の一撃を受け、黒枯龍は目を見開いてピタリと動きを止める。いくら最強と名高いドラゴンと言えど、急所を狙われれば俺一人の攻撃でもそれなりの痛手になることくらい分かってるはずだが……多少の攻撃ならビクともしないという自負がこうして油断を生んでいるのだろう。
「とまぁ、これで一件落着かな」
二体ともすっかり大人しくなり、騒ぎの収束を聞きつけたモンスターたちが「ありがとう!」と言わんばかりに手を振って自分たちの生活場所へと戻っていった。
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