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第28話 契約

 契約。ただ事ならぬその一言に俺はごくりと唾を飲む。


「アトスが私と契約をして()()()を行えば、私の力をあなたに渡すことが出来ます。それを使って、あなたが彼女たちに憑りつく嘘を溶かすんです」


「その言い方だと、今までみたいにヘルが力を使うのじゃダメってことか?」


「そうですね……ダメということはないかもしれませんが、上手くいく保証はありません」


「……と言うと?」


 いまいちピンとこない俺を見て、ヘルが頭を捻りながらも話を続ける。

 

「少なくとも彼女たちはアトスのことを魔王だと本気で信じているので、言葉自体は()()()()()んですよ。なので彼女たちを元に戻すなら表面上の言葉ではなく、もっと心の奥深く――大元を正す必要があるのですが……心根を見せてもらえるほどの関係性は私にはありません」


「……何となくだけど分かった。あいつらを元に戻すには心の中にある嘘を取り除く必要があって、それならヘルよりも付き合いの長い俺の方が適任――と、ざっくり言えばそんな感じか」

 

「はい、ざっくり言えばそんな感じですね。……で、どうしますか? 私としてもこれは悪くない話なのですが――」


「――問題ない。好きにやってくれ!」


 俺は両手を広げ、無抵抗の意思を示してヘルの前に立つ。


「そ、即決ですね……」


「あいつらが元に戻るなら、眷属だろうが奴隷だろうが何にだってなってやるさ。それくらいの覚悟はとうの昔に出来てる。伊達にパーティで前衛して命張ってたんじゃないんでな」

 

「…………ふ~ん、そうですか……」


「何で不服そうな顔するんだ……?」


「いえ、何でも。それでは、契約成立――ということでいいですね?」


 彼女の問いに頷くと、異質な空気が辺りに満ちていく。空は陰り、虫も鳴かず、木々のざわめきすら息を潜め始めた。


 続けて足元からじわじわと黒い靄が湧き出すのを見て、俺はぐっと息を呑む。それらが周囲の草を黒く枯らし、枝葉を静かに蝕み萎らせる様はまるで森そのものを俺たちの前に跪かせているみたいだった。


「……怖いですか?」


 俺の元に歩み寄り、右手を伸ばすヘル。その声は焚火の残り火のように、穏やかながらも一際存在感を放っている。


 俺はほんの一瞬浮かんだ戸惑いを消し去り、すぐに自らの手を彼女の元へ差し出した。その瞬間、黒紫の紋章が俺たちの手の甲に浮かび上がる。紋章に刻まれた絡み合う鎖のような線と、中心に刻まれた幾何学的な模様が掴みどころのない不気味さを見た者に平等を以て与えてくる。


「……この契約は、一方的なものではありません。あなたが私を受け入れるように……私もまた、あなたを受け入れます」


 ヘルが俺の耳元でそっと囁く。

 

 靄が、一層濃さを増していく。空気は重く、彼女の魔力が皮膚に触れる度に肌の焼けるような感覚が襲ってくる。辺りの木々は幹が割れ、葉が黒く染まり、腐蝕が生命そのものに手をかけていた。


「力を欲するなら、代償も覚悟してください。あなたの身体も、心も……少しずつ、蝕まれるかもしれません。それでも――」


 ふっと、微笑が浮かぶ。


「……私を、受け入れますか?」


 俺は短く息を吐き、顔を上げてヘルと正面から目を合わせる。


「――俺は、お前を信じてる。力を貸してくれ」


 その言葉と共に契約によって刻まれた紋章が鮮烈に輝き、周囲の靄が俺の掌へと集まって注ぎ込まれる。濃密な魔力が身体中を満たし、滲み出すそれが地面の小石や草をじわりじわりと腐らせる。


「…………これがヘルの力か。なんか、想像してたよりずっと禍々しいな……」


「当然ですね。中身は実質呪いみたいなものですから」


 ヘルはそう言ってどこか楽しげに微笑みながら、手に刻まれた紋章を摩る。つられて俺も手の甲に刻まれた紋章に目を移す。


「…………これで、契約は成立したんだな?」


「はい。これで正真正銘――()()()()の眷属です」


「そうか、これでヘルは俺の眷ぞ…………今なんて言った?」



 



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