第2話 懐かしの約束
ダンジョンに一人取り残された俺はこの三年間、死ぬ物狂いで生きてきた。時には水分を得るために壁の隙間から滲み出る雨水を啜り、時にはモンスターの死体に紛れて死んだフリをし、時にはモンスターとリンボーダンスをしながら夜を明かすこともあった。
そうまでして生きてこられたのは、偏に「いつか助けが来る」という希望の光があったからだ。だが、流石の俺も思う……いくら何でも時間が掛かりすぎじゃないか?
「あいつら、いつになったら助けに来てくれるんだろ……なぁ、ヘル?」
「知りませんよ。……いいから、もっと頭を撫でてください。早く」
さり気なく膝上に乗っかってくる女の子に思い切って長年の疑問をぶつけてみるが、返ってきたのは素っ気ない返事となでなでの催促だけ。俺は言われるがまま差し出される黒髪を手で梳き、頭を撫でる。
顔の右半分を黒髪で覆う女性――ヘルは蒼と碧、二色の瞳でまっすぐ俺だけを見てくる。表情はツンとしているのに、しきりに頭を差し出してアピールしてくる様はさながら気分屋な野良猫といったところか。
だが、見た目に惑わされることなかれ。彼女こそがここ、「ニブルヘイム」の頂点に君臨するボスモンスターなのだ!
その驚異的な身体能力に加え、彼女が触れたものは例えアダマンタイト級の武装でも灼熱に晒された氷のように容易く溶かされてしまう。当然防御なんて不可能だし、更に言えば彼女の得意技は暗闇に紛れての奇襲。もし彼女と相対する場合、一秒でも気を抜けば間違いなく命はない。
実際俺はこうして彼女と言葉を交わせるようになるまで、千を超える死線を潜り抜けてきた訳で……。
「うっ……思い出しただけで寒気がしてきた。ここは一つ、日課の筋トレでもして体を温めよう」
まだ頭を擦りつけて催促してくるヘルを降ろし、俺は指で輪っかを作って息を吹き込む。
ピーッという爽やかな音がダンジョン内に響くと、十秒も待たずに大岩が三つ俺の元へ転がってきた。
――ガウ! ガウ!
拳三つ分の距離を開けて停止した大岩は内側に包んでいた手足を展開して元の蜥蜴型モンスターへと戻り、そのまま腕立ての体勢を取る俺の背中へと乗っかる。
「いつもありがとな、お前ら。それじゃいくぞ――いっち! に! さん! し!」
うん、深岩蜥蜴三体分くらいが今の俺にはちょうどいい。この調子でまずは腕立て五百回、いってみよう!
「ご! ろく! しち! はち――ぃ!?」
何だ、急に負荷が増して……?
「どうしたんですか? ……ほら、腕が止まってますよ」
顔を上げると、放置されて少々不貞腐れた様子のヘルが俺&深岩蜥蜴三体で出来たタワーの頂上に座ってこちらを見下ろしていた。
「暇だから、少し手伝ってあげます。まぁ、私一人増えたところで羽一枚の重さにもならないでしょうけど」
「いや、お前一人の方が三体よりも重……」
「――は?」
「い……、いい負荷になるなぁ! おかげで筋肉が輝いてるよ! いや、ありがとなホント!」
危なかった! あと少し舵を切るのが遅かったら、今頃ヘルの腐食アイアンクローで顔面がなくなるところだった。
頭上から降り注ぐ殺気の嵐を寸前で躱した俺は筋トレに熱中する振りをし、波風を立てないようにしてやり過ごす。
彼女との付き合いもかれこれ三年になる。これくらいの回避は朝飯前。魑魅魍魎が跋扈するこの魔界で鍛え上げられた危機感知能力を甘く見てもらっては困る。
「…………いや、そうか。もう三年になるんだよな」
ダンジョンに入ったのは俺が十五歳の時だったから、今頃はみんな十八歳前後。余裕で酒の飲める歳になっているはずだ。
「懐かしいな……ここに来る前、ダンジョンから帰ったらみんなで初めての酒に挑戦しよう! って盛り上がってたっけ」
緊張を和らげるための他愛もない会話だったはずなのに、今やこれが彼女たちとの最後の思い出になっていた。
「元気でやってるかな、あいつら……」
筋トレで空っぽにした頭の中には、何年経とうと色褪せることのない仲間たちの姿が思い浮かぶのだった。
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