第19話 混濁した意識の中、三人は――
混濁した意識の中、聖女は嘆く。
あの時、自分が階段の前で立ち止まっていれば、あるいはもっと早く力をつけてアトスの元に駆けつけていれば、彼がモンスター――それも人類の驚異である『魔王』などにはならずに済んだかもしれない、と。
『……私の、私のせいでアトスさんは…………。だから、私の手で浄化しないと……。聖女として、魔を祓い救う身として彼を…………』
まるで自分の物とは思えないほど強力な使命感に駆られ、「魔王を討つ」という想いが強くなるエイシア。同時に「討たなければならない」という現実が胸を強く締め付ける中、一つの疑問が彼女の頭を過った。
『……浄化した後は? アトスさんは何処へ? 何処にも行けず、誰の物にもならず、ただ独りで無に還るだけ……?』
刹那――心の奥底で眠っていた感情が目を覚ました。
『そんなの……絶対に嫌! 嫌です……!』
せっかくこうして会うことが出来たのに。また彼の顔を見て、声を聴いて、匂いを嗅いで、その手に触れて……彼の全てを感じることが出来るようになったというのに。
このままでは以前と何も変わらない。またアトスさんを失い、交わした言葉も思い出も他の人より少ない私は数少ない彼との記憶で日々を慰めるしかなくなってしまう。
『…………私が、彼を救います……。今度こそ、絶対に……!』
聖女としての使命と、聖女だからこそ押し殺していた想い。二つの糸が絡まり合い、一つの強固で身晒しな欲望へと変わる。
『――私だけが、彼の全てを手に入れるんです…………』
* * *
混濁した意識の中、闘士は訝しんだ。
目の前にいる男は、本当にアトスなのか――と。
『……アトスが、モンスターにやられて魔王に…………? ……嘘よ、あいつがモンスターなんかに負けるなんて、そんな…………』
頭の中で「アトスの死」と「魔王化したアトスを倒さなければならない」という情報が何度も繰り返される。あたかもそれが事実であると、自らに言い聞かせるように。
だが、リプレはそれを心の奥底では強く否定していた。
『そんなの――絶対に嘘よ……! だってアトスは、この私が認めた男なんだから…………!』
冒険者になった日から、リプレの目は変わらずアトスの背中を追い続けている。追いつきたくても追いつけない、どれだけ努力を重ねても遠ざかってしまうその背中を。
『アトスが……負けるわけない……! モンスターになんかに屈するわけがないのよ……!』
呪いのような感情が渦を巻く。刹那――心の奥底で眠っていた感情が目を覚ました。
『……そっか。アトス――あなた、私の知ってるアトスじゃないのね……?』
誰かに負けるアトスなんて、アトスじゃない。その尊敬という名の信念が刻み込まれた事実を捻じ曲げ、歪んだ愛情へと姿を変える。
『……そうよ。本物のアトスじゃないから、モンスターなんかに負けて魔王になったのよ…………! こんなの、私のアトスじゃない……違う、違う、違う違う違う違う違う!』
信じることに酔い、疑うことを止めたリプレはどこか壊れた笑みを浮かべ、拳に力を込める。
『待ってなさい、アトス……。偽物なんかぶっ倒して、アンタの強さ……私が証明してあげるから…………!』
* * *
混濁した意識の中、魔法師は睨んだ。
魔王となったアトス――その隣で寄り添うように立っている、知らない女を。
『…………誰、あの女……?』
黒い髪に冷たい目、冷酷さを前面に押し出した可愛げの欠片もない女。当然見覚えなんてない。知っていたら、ここまで感情が昂ることもなかっただろう。
『……何で、あんな知らない女がアトスの隣にいるの…………?』
小柄で、無表情で、どこか似た気配を纏っているはずの両者。だが、今アトスの隣にいるのはミディではない。その事実は彼女にとって激しい毒となった。
『……何で、私じゃないの…………?』
アトスはずっと私の傍にいてくれた。無口で、人付き合いが下手で、誰の輪にも混じらず孤独を当たり前に生きていた私の隣で無邪気に笑ってくれていた。
魔法だって、たくさん褒めてくれた。
小回りが利かなくて、力任せで、危なっかしいって怒られることがほとんどだったけど、アトスだけは違った。私の魔法を心から喜んで、真っすぐに褒めてくれた。
『あの時からずっと、私にとってアトスは特別……。アトスにとっても、私は特別だったはず……。なのに…………どうして?』
『どうして…………そんな女と一緒にいるの…………?』
刹那――心の奥底で眠っていた感情が目を覚ました。
『…………分かった、アトス……。アトスが魔王になったの、その女のせい…………でしょ?』
頭の中で「アトスがモンスターにやられて魔王になった」ということだけははっきりしているのだが、肝心の原因が分からないままだった。けど、目の前にいる女が原因なら納得出来るし、アトスが私ではなくその女の隣にいることも説明がつく。
『だいじょうぶだよ、アトス……。今、全部……消してあげるから。そうすれば、また褒めてくれるよね……? 二人っきりで、誰にもじゃまされない……私たちだけの世界で……ね』
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