第16話 堕落した剣
「ぶん殴る? 俺たち四人相手にどうこう出来ると思ってるのかよ? 取り残されたショックで頭でもやられたか!」
溢れる余裕を笑みに変えるウーフェを見たヘルが俺の方へと目線を合わせる。
「……私はあの癖の悪い赤髪女と、ついでに後ろの魔法女を相手します。さっきの借りも返さなくちゃならないので」
「分かった。エイシアとウーフェは俺が請け負う。くれぐれも――」
「溶かしたり、無暗に傷つけたりするな――って言いたいんでしょう? 分かってますよ……意外と冷静なんですね」
「……あいつらとまともに殺り合うなら、冷静じゃなきゃ勝てないだろうからな」
俺は一つ深呼吸をして、柄の握り具合を再確認する。
「難しい注文だとは思うが、出来るか?」
「愚問ですね。それじゃ、そっちは任せましたから」
ヘルがこの場を去り、宣言通りリプレとミディの方に向かって距離を詰める。
「あの女の狙いは私たちみたいね。迎撃するわよ、ミディ!」
「……了解」
リプレもヘルに対抗すべく、音すら置き去りにする光の速さで突進する。
リプレの蹴りが赫光となってヘルの体を捉える直前、ヘルは地面スレスレまで身を沈めて攻撃を躱す。
「……私の蹴りを二発目で見切るなんて、只者じゃないわね」
「別に、あなたが遅いだけじゃないですか?」
「そうかもしれないわね。でも――」
リプレが振り返った先、ミディの頭上で魔力が殺到する。
「――氷炎の罪過……」
それらを使ってミディの杖から放たれたのは、灼熱と氷結が混在する異常なエネルギーの塊。大気が軋み、重力すら歪めるほどの圧力がヘルに襲いかかる。
「……確かに強力な魔法ですね。けれど――」
ヘルは体の前で静かに指先を持ち上げ、掌を前に向ける。そこから溢れ出したのはまるで墨を溶かしたような漆黒の霧。空気すら侵すような毒々しさを前に炎と氷の螺旋が牙を剥くが、ジュゥ……という嫌な音と共に霧の中へと吸い込まれ、存在そのものが否定される。
「高位の魔法ほど、私には効きませんよ。綻びなんて、いくらでも見つけて腐らせてしまいますから」
ヘルの決して強がりではない言葉に、ミディは無表情のまま目を細める。
「…………なら、触れられる前に当てるだけ……。援護よろしく」
「分かってる。いくわよ――!」
そうしてヘル対リプレ&ミディのドンパチが始まる中、俺は残った二人に向かって剣を向ける。
「どうだ? これならどうこう出来るとは思わないか?」
お互い一進一退の攻防を目の当たりにしたウーフェは僅かに冷や汗をかいてふんと息巻く。
「た、確かにお前の召使い……多少はやるみたいだな……。だが、肝心のお前はどうだ――っ!」
そうして正面から突っ走り、手に持った細身の直剣を振り下ろすウーフェ。特にフェイントらしい動作はなく、ただ殺意だけで振り下ろした一撃だった。
――ガキィン!!!
剣が交差する。鋼と鋼が火花を散らす度に空気は研ぎ澄まされていく。
ウーフェの一撃は鋭かった。無駄のない剣捌き、華やかさと効率性を併せ持つ型。それはまるで演舞の如く人々を魅了し、かつての俺もその無駄のない動きには憧れを抱いていた。
だが――。
「…………これじゃ、話にならないな」
目の前で繰り返される今の弛みきった斬撃に、熱くなっていた頭が一気に冷めていく。
最初に見た時から薄々感じてはいた。エイシアたちには「成長」という変化が強く現れていたのに、ウーフェにはそれがなかったことを。
それどころか、脂肪で上塗りされた筋肉に酒飲み特有の酔いが回った頬の赤み、まるで危機感の足りない盾の構え方に単調な剣。莫大な報酬や栄誉を手にした冒険者が陥る、典型的な堕落のそれだった。
「断言する、ウーフェ――今のお前じゃ、俺に勝つのは無理だ」
「なっ!? そ、その程度の安い挑発で俺が折れると思うなよ!」
煌びやかな刃が唸りを上げる。ウーフェの剣が左右上下と怒涛の勢いで襲いかかる。だが、そのすべてが空を切った。
軽く足を引く。肩を僅かにずらす。体をほんの少し後ろにそらす。それだけでウーフェの斬撃をいなし、かすり傷一つ貰うことすらなく攻撃を否定してみせる。
「――なぁっ……!?」
ウーフェが額に汗を浮かべて後退し、振り返ることなく声を放つ。
「エイシアッ! こっちに強化魔法を回せ! 一気に仕留めてやる!」
「……分かりました」
即座に応じた彼女の魔力が風のように駆け抜け、光の帯となってウーフェの全身を包み込む。筋力、反応速度、視力――全てが底上げされ、ウーフェは全能感に満ちた表情でこちらを見る。
「――あははははっ! これならさっきみたいな軽口は叩けないだろう! 覚悟しろ、アトス!」
「…………そうか」
初撃と同じ剣筋で意気揚々と振り下ろされるそれを、俺は握る手に隙間を作って軽く振り払った。
「…………へぁっ……?」
何が起きたのか分からないといった様子のウーフェ。弾かれた剣を何度も見返して、やっと俺の言葉を理解したかのように踏鞴を踏む。
「だから言っただろ。今度は、こっちからいくぞ――ッ!」
本作をお読みいただきありがとうございます!
「面白い!」「続きが気になる!」と思ったら下の欄にある☆☆☆☆☆で作品への応援お願いします!
※面白かったら☆5、つまらなかったら☆1くらいの気持ちで気楽にしてもらって大丈夫です!
皆様の応援が作品投稿の励みになりますので、よければ応援のほどよろしくお願いいたします!
※本作はカクヨムでも連載しております。
最新話まで一気見したい方はこちらから是非ご覧ください!
https://kakuyomu.jp/works/16818622172640690368




