85人間を好きになってしまったバンパイアの戦い(リア)
「人間は卑劣で愚劣な種族。でも、全員が全員ではない。目の前で困っている人間がいれば助けてあげて欲しい。」
それが、あの少女との約束、そして、謎の男の言葉。
正直なところ、そんなのどうでもいいのよ。あたしの長い寿命からすれば、ほんの一瞬の出来事、そんな約束、守らないでも関係のないこと。
でもね、今、あたしの目の前には、家をなくし、行く手なくし、逃げ惑う多くの人間たちがいる。
それを見ると、どうしても無視せずにはいられないの。
あのときの少女との約束なんでしょうか、あの謎の男が言ったからでしょうか。
あのとき、老婆になった少女は言いました。「あなたは誰よりも心優しいバンパイヤ。」だと。
まったく、自分でもあきれるほど、そうかもしれませんね。
それにね、どうやらあの少女には子供がいたらしいのよね。
そう、今、この大迷宮に住んでいる者たちには、あの子の子孫たちもいる。
ようやくだけど、やっと安住の地を得たのでしょうね。
けどね、やっと安住の地を得ても、それを今、再び脅かそうとする奴がいるの。
それにやはりあたしは、あの子との約束はやぶれないみたい。それにね、あたし自身があの子と旅をしている中で気づいたわ。あたしは人間が好きになっていた。
『人間は卑劣で愚劣な種族。でも、全員が全員ではない。目の前で困っている人間がいれば助けてあげて欲しい。』
だから、
「何が何でもあたしはお前を止める!それがあの子との約束だから。」
「ふん、何を言うと思えば。」
アイギスは腕をこちらへ向けると、無数の魔術の弾丸を放出してきた。
あたしは、それを紙一重で避け続ける。だけど、やはり、血肉を得ているバンパイヤは早い。
紙一重で避けるといっても、徐々に避けきれなくなってくる。
「劣等種なぞに、情をもってかれた血族が!」
その無数の魔術の弾丸の嵐の中、アイギスは赤黒い槍をあたしに向けて突いてきた。血肉を得ているバンパイヤは動が早い。
物理防御の結界を瞬時に張る。けども、見事にその結果を貫通し、その槍があたしの上半身を貫いていたわ。
ごめん、もしかすると、約束を守れないかもしれないわ。あなたと交わした約束。あなたとの友好の証のはず。
なのに、血肉を得てないあたしの体は時間と共に大きく劣化している。目の前の敵を前に何もできないことがもどかしすぎる。
アイギスはあたしの体から槍を引き抜き、再び、槍をあたしの体へ目がけて突き刺す。
キーン!
突如と、あたりに甲高い金属音がこだました。
アイギスの赤黒い槍ははじかれていたわ。そして、そこには、一人の人間の姿がいたの。
「えっ、なぜ?」とは思ったけど。でも、目の前にいるあたしのよく知っている人物、タツヤさんに間違いない。
「タツヤ、、、さん?」
「大丈夫か?って、おい、血が凄いことになってるぞ!アリエル、霞、手当てをすぐに頼む。」
「大丈夫。あたしはこのぐらいは大丈夫なの。でもね、あたしのことよりも、、、」
タツヤさん。それは、あたしもよく知っている冒険者。
いつもうちの店に地図を卸してくれる冒険者さん。
このラビリスで糧を得るために地図屋さんを開いたのだけど、毎回売れる地図を入荷してくれる金づるさん。
地味で見た目はただのオッサンで、寡黙で何を考えているわからないし、ランクもD。
けどね、彼は誠実で実力も確実。そこらの、若い冒険者なんかよりも技量も経験も遥かに上なの。
もう、ダメかと思った。あの子との約束も守れない、と思った。
だけど、タツヤさんが来てくれて、一縷の望みが出来たかもしれない。このままアイギスを放ってはいけない。
同じバンパイヤであっても、彼女を止めなければならない。
ここは、ようやく安住の地を手に入れられた、あの子の子孫たちが暮らす街。ラビリンス。
地上には絶望しかなかったけれど、ここには人々の希望の集まる町、ラビリンス。
あたしの思いは、このラビリンスを救いたい。あの子との約束を果たしたい。
ただ、それだけ。
気づいたら、自分の意思とは無関係に口から声が漏れていた。
「ねぇ、お願い。あいつを倒して。。。」
あたしは下を向き、どのような表情であったのか、わからない。
ただ、大粒の水滴が、いくつもいくつもこぼれていた。




