6つまらない人生が変わるきっかけ(タツヤ)
民間兵の隊長の手元は淡い光がともる。何かの魔術を発動させた。
おそらくは、炎か風の魔術か、あるいは、めったに操れる者はいないという光や聖の魔術か。
「おい、出るぞ。隊長の得意のあれが。」
「おい、マジかよ。あれが見れるのかよ。」
よくわからないが、隊長の魔術はすごいらしい。
だが、なんの魔術を発動させようが、そんなことはどうでもいい。
「おい、Dランの雑魚風情が。邪魔しやがって。食らいな。俺の魔術、紅蓮昇竜撃炎!」
隊長が放ったのは炎の魔術。紅蓮なんとかという名前を付けてたので、凄いのを期待したが、ただの炎の魔術だ。
Cランクの魔術に比べれば実用的だが、所詮はその程度。Bランクが放つ魔術などその程度だ。
「おぉ。」
手から飛び出した炎が、自分の全身を覆い、その皮膚を焦がす。周りの兵士たちは歓声をあげるが、所詮は焦がす程度で終わりだし、この程度はいつものこと。慣れている。
「おい、どうだDランが!」
Bランクの隊長がこちらへ近づく。
「ふん。雑魚が。Dラン風情が逆らうんじゃねぇんだよ!」
ズドン!、バチン!、デュクシ!
兵士は俺に向って、そのまま腹を蹴り飛ばす。そこに、顔面にパンチをいれ、すかさず、腹に再度を蹴りを入れる。
「おい、どうした。Dラン風情が!!」
俺は地面に倒れるが、それもいつものこと。
転生する前も後もイジメや蔑まれ続けた自分にはいつもの慣れた光景でしかない。
これがDランクの扱いだ。
自分は選ばれし人間とでも勘違いをしてるのか、Dランク相手に何をしても許されると勘違いしてる奴は沢山いる。
反撃してもいい。だた、反撃したところで、何か人生は変わるわけではない。結局、いつか死を迎え、そして、似たような世界へと再び転生するだけ。
それに気づいたとき、自分は、自ら行動を起こすことを辞めた。ただ時間の流るるままに、何もせずに身を任せた。運命のなすがままに身を任せ、流るる運命に反抗することを辞めた。
ドクン!
心臓の鼓動が再び、大きく脈打った。
もう、何度も転生を繰り返し、転生した数さえ忘れた。年数にすれば、膨大な年数が経過した。
自分はそのすべてに、諦め、ただ時間が過ぎる待つだけのはずだった。
なのに、今回だけは違った。
俺は立ち上がり、相手の兵士の目を見る。
「おい、なんだ、その目は!」
ズドン!
再び相手から腹に蹴りを受け、そのまま吹っ飛ぶ。
「おい、Dラン風情が!教育が足りないようだな。」
なぜだろう。なぜかはわからない。いつもと違う感覚。いつもなら、このままやり過ごすはずだというのに。
なぜか、体が反抗する。贖えと。
相手の兵士は抜刀し、その刀身に炎を纏わせる。なるほど、魔法剣という剣に魔術を付与させた技だ。
「おい、見ろ。隊長の魔法剣だ。」
「おぉ。」「すげー。」
まわりはその魔法剣で騒いでいるが、どうでもいい。
「じゃぁな。Dランよ。」
そして、その魔法剣を大きく振りかぶる。
ドクン!
ふー。
胸の鼓動が再び大きく脈打つ。同時に小さくため息をつき、普段はまったく動かさない体を俺は動かした。
突如、目に残像として残るような、白い一閃が目の前に広がった。
あぁ、何年ぶりか。
もう、何度も転生し、運命に逆らうことを諦め、もう何年だ?十年、百年、千年?万年すら経過しているだろう。
久しぶりに、自らの運命に反抗した。
それは、相手の隊長が放った魔術でなければ斬撃でもない。
俺が帯刀していた刀を抜刀した。
もう、何度も何度も転生している。何度も転生し、何度も戦いに身を預けたせいか、剣術だけは十分すぎるほど鍛えられた。
「えっ。」
その「えっ。」は背後にいた女性が発したものだった。
わずか一瞬、刹那の瞬間の後、眼前のRGF社の兵士たちが気絶し、全員一斉に倒れた。
俺は、ふと、後ろの女性へと振り返る。
そう、その顔は自分には見覚えがある。
間違いない。自分が転生する前、自分が想いを寄せた大学時代のあの先輩。
その肩まで伸びる艶やかな黒髪、そこそこの豊満な胸、瑞々しいまでの唇、やや茶色がかかった瞳。
似ている。別人だろうか。いや、見間違うはずがない。その人は自分が恋した大学時代の先輩、そのままだ。
だが、そんなはずがない。だって、ここは、転生後の世界だ。
そんな偶然があるわけがないんだ。ただ、思わず、どもりながらも聞いてしまった。
「あ、あ、あの、お名前は?」
「はい?名前?、え?、あたしの?、、、『霞』ですけど。」
霞。。。そりゃそうだ。あの人の訳がない。思わず、名前なんて聞いてしまった。変質者に見られなければいいが。
でも、似ている。似すぎている。。。
はっ、と我に返る。
どうやら、あまりに似すぎて、ずっと彼女を見つめていたようだ。
なんて声をかけていいかわからない。何せ、何度も転生をしたが、ほぼ孤独なのだ。
話をする相手も店員さんに「いくら?」とか「ごちそうさまでした」の挨拶ぐらいしかない。
しかも、相手は女性。
「だ、だ、だ、だ、だ、大丈夫ですか?」
「あ、えぇ、大丈夫です。慣れてますので。」
一応、どもりながらも話は出来た。
何も喋らず。軽く会釈をし、踵を返した。
心の中で思うのだ。あんなにもよく似た人がいるのかと。
でも、今、思えば、このつまらない自分の人生に、大きな変化をもたらすことになる転機だった。