198繰り返す転生(タツヤ)
目をゆっくり開くと、目の前に広がる世界はすべて真っ黒。一切光の入らない漆黒の闇の中。
自分は瞼を開けたはずなのに、未だ、目を閉じているのではないかと錯覚するほどの闇の中。
そして、体の感覚はあっても、足には地面の感触はなく、まるで宙を漂っているかのような感覚。
音はない、匂いもない、触覚もない、まさに五感を遮られた世界。
あぁ、そうさ。ここは死後の世界だ。何度も転生を繰り返しているから、何度も見たさ。
いつもならば、この世界へと来ると、記憶があいまいになるんだ。
直前に何が起きたのか、これまで自分がどうやって過ごしてきたのか。もう、思い出すこともできない。
けども、必死に堪えた。
だって、あんなに希望に満ちた世界、ずっと、ずっと、ずっと会いたいと思っていた人についに会えたんだ。
そんな記憶を忘れることなんて出来ない。
だから、必死に、必死に、その記憶を保とうとしたよ。
しばらく、時間は経過する。時間が経過すると、ふと自分の周りに、ポワンと光る球体が徐々に見えてくる。
そう、転生先の世界だ。この光の球体に触れれば、異なる次元、異なる時間、異なる場所へとつながり、また、新たな転生が始まる。
そう考えていた。
そう、これはいつもの転生なんだと考えていた。
ここは死後の世界、足には地面の感触はなく、まるで宙を漂っているかのような感覚。音はない、匂いもない、触覚もない、五感を遮られた世界……、のはずなんだ。
けども、まるで、誰かが俺の服を掴んでいるかのような感覚…、これは何?
後ろを振りかぶっても、闇に紛れて何も見えない。
そっと、その服を掴まれている辺りのところを手でまさぐる。
何かの感触、何かが引っかかっているような感触。
さらに、その何かをじっくりと手でまさぐると、まるで、人間の手のように、五本の指とわずかな温かみ。
まさか……。
そう思って、思いっきりその手のようなものを引っ張り上げる。
徐々に、その闇から、一人の女性の姿が現れた。
目は虚を見ており、焦点が定まっていない。
けども、その姿は、背はスラっと高く、黒のストレートのロングヘアーだが、毛先に少しウェーブがかかった大人のヘアスタイル。ただ、頭のてっぺんに大きな寝ぐせがついているのが少し残念で、紺色の和風なロングスカートでスリットから見える太ももが少し色っぽく、白色のシャツに、そこそこの豊満な胸、革ジャンを羽織り、腰に護身用か小さな短刀を帯刀していて、小さな鞄を肩から斜めに提げている。
………。
間違いない…、いや、間違いない。
今目の前にいる女性は、今、自分が忘れずにいようとした女性のまったく同じ姿。
ここまで、明確に表現できるというのに、彼女の名前は思い出すことすらできない。だけど、あのときの名前だけは、思い出せる。あのとき、優しくしてくれた大学の先輩の――――。それだけは、ちゃんと思い出せる。
それまで、虚を見つめていた彼女の手、それは自分の服をしっかりと掴むように、まるで俺を追いかけるかのように、しっかりと掴まれている。
でも、その手がゆっくりと動き出し、俺の顔に触れた。
俺も、彼女を離すまいと、彼女の手を握る。
彼女の目は未だ虚を見たまま焦点は定まっていない。
俺たちはこの状態で二人でしばらく彷徨った。
無と呼ばれる世界を、二人で彷徨い、次の転生先の世界の光が次々と現れる中を彷徨った。
そこには無数に浮かぶ球体、つまり、次の転生先が数多と浮かんでいる。
その中で、隣にいた女性が無意識にか球体に手を触れた。
ゆっくりと脳裏に、その球体の中の世界が広がっていく。
あぁ、これは、おそらく、俺の過去だ。
ひどく懐かしい感じが、自分の中に広がっていく。幾度なく転生を繰り返した自分が、初めて転生する前の世界なのだろうか。
俺たちはこの世界の傍観者となりながら、この世界を俯瞰し、傍観しながらも、過去の自分の姿を追う。
幼少期、イジメられ、腹パンされている自分。
小学校、女子からバイキン扱いされイジメられる自分。
中学校、いじめがあるからと親に無理矢理、中学受験させられ私立の中学へ進学するも、イジメは一層激化する。
高校、イジメというよりもカツアゲなどされている自分。
こうして過去の自分をみているのが恥ずかし過ぎる。
「ねぇ、いつもイジメられてたのね。」
「あぁ、そうさ。ロクな人生じゃなかった。」
えっ?と思って、ふと、隣を見る。先ほどまで虚を見ていた彼女の瞳に、光が戻り、自らの意思で動いている。
そして、この世界の時間は過ぎ、例の大学時代へと突入する。
こうやって、サークル活動に勤しみながらも、そこで出会った、1つ上の先輩。
キレイで美しいあの先輩。
今、隣にいる人と瓜二つ、というか、まったく同じ。
俺は隣の女性と、目の前にいる憧れの先輩を見比べる。
「久しぶりじゃないの。」
「えっ。」
会話が通じている。そして……、
「何をそんなに、きょどっているのよ。随分と老けたね。」
「先輩こそ。」
「女性に老けたとか言わないの。元気だった?」
「うん、元気です。」
記憶がある。普通に会話ができている。
「いろいろと大変だったのね。」
「うん。」
世界の時間は進む。
大学時代から、社会人へ。毎日、夜遅くまで強制労働、電車で立っていれば何もしてないのに見ず知らずの人間に邪魔だと言われ、汚え、と罵声を浴びせられる日々。
「ほ、ほら、世の中、変な人もいるからさ。」
「うん。」
こんな情けない自分を見られるのは少し恥ずかしい。でも、先輩は優しい。
さらに時間は進み、そして、孤独に死を迎える。
「まぁ、人生なんてそんなもんでしょ。ほら、元気出して。」
「うん。」
「ほら、男の子でしょ、だから、泣かないの。」
気づけば、俺は泣いていたらしい。大好きな先輩の前で、本当にだらしない。
けど、けども……、こんなにも嬉しいのはなぜだろうか。
そして、その世界は幕を閉じる。目の前には、再び、漆黒の闇の世界。
でも、彼女は微笑みかける。
「ねぇ、今度は―――が守ってよ。」
「うん。俺が――――を守りるよ。」
そこに、別の球体が現れ、俺たちの前に立ちはだかり、俺たちは、次の球体に取り込まれ、次の世界へと転生を始めた。
そうだった。俺の名前は―――、この世界で死を迎え、転生をしたときに忘れていた本当の俺の名前。
完全に忘れていた名前だった。




