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197人間の寿命(タツヤ)

 

 そのあとはどうなったか?

 人々は復興した。ラビリンスもノヴァリスも戦いはなくなり、昔のように交易が盛んになった。

 今の地上には、もっと大きな大都市が出来上がり、人々は豊かになったさ。


 めでたし、めでたし、という感じだろうか。

 俺たちも、新しい大都市の郊外に家を構えたさ。そこで、残りの生活を二人、いや、ペットの羽虫がいたから二人と一匹と表現した方がいいだろう。ともかく、のんびりと残りの生活を過ごしたよ。

 霞は相変わらず金目の物には糸目がない様子で、グローリーホールの地下にレアな鉱石を採取によくでかけていた。自分もマッパーとして、今もなお地図を作ってはリアの店に卸していたよ。


 グレゴリーやベベルたちは、今ではこの大都市の顔として、自治政府の役員となり、取り仕切ってるようだ。


 アリエルは、相変わらず、復興した街にイタズラしに行ってるようだな。許せんことに、あのとき、アリエルの姿を見たという一般人が多数いて、今じゃアリエルは女神扱いさ。人々に平和をもらたらした女神なんて言われている。

 あのアリエルがだぞ。

 信じられんわ。セシリーとかいう妖精たちも一緒にいるようだが、セシリーたちからの嫉妬が半端ないようだ。


 まぁ、それはそれとして、日々の生活はそれで大満足だったさ。


 平和だった。ようやく平和を手に入れた。

 自分が初めて転生をしてからどれだけの時間が経過したか?地球が生まれて50億年などと言われているが、そんなもんじゃない。はるか、永遠ともいえる時間を過ごし、自信をなくし、ただ、過ぎ行く時間を見つめるままに過ごしてきた。


 だが、ついに手に入れたんだ。

 いつもだったら、すべてを諦めて、ただ、無駄に時間を過ごすだけだったであろう。だけど、諦めなかった。

 この世界に転生し、初めて霞と出会ったときに、感じた直感。

 あれ、もしかして…、という、淡い期待だった。あのとき、諦めたら、今頃、いつも通りのただ無駄に時間を過ごすだけの人生を過ごしていたのだろう。でも、もがいた。自分なりにもがいて、数ある人生の中から、今のこの道を突き進んできた。そして、手に入れた平和な世界。

 どれほどまでにこの世界を待ち焦がれたことか。どれほどに恋焦がれたことか。


 ―――今、間違いなく、自分はこの平和の世界を生き抜いている。


 けども、それからというもの、幾星霜の時間が経過した。幾星霜と言っても、何度も転生をしている自分からすれば、短い時間かもしれない。この世界を生き抜くという意味では、十分すぎる時間だった。

 どんなに平和な世界を築いたとしても、人間という動物の寿命は無限ではない。

 何度も転生を繰り返したとしても、人には必ず、寿命が訪れる。

 朱音やベベル、グレゴリーたちはとっくに老衰で三途の川を渡ったそうだ。実に嬉しそうな最期だったと聞く。

 そして、今は自分たちの番が回ってきたのだろう。


 ここまで辿り着くのに、本当に時間が長く掛かり過ぎた。

 今もなお、あの人の顔は覚えている。


 だけど、その人の声は覚えているだろうか。

 その人のいつものしぐさを覚えているだろうか。

 その人の匂いを覚えているだろうか。


 あぁ、覚えている。

 覚えているさ。

 忘れるわけがない。


 だけどさ、寿命が近づくにつれて、少しずつ、記憶が欠けていくんだ。

 あんなにも大切な人だったのに。

 こんなにも大切な人だったのに。


 どんなに転生を繰り返していても、寿命が近づくたびに、脳細胞が劣化する。時間が経過するたびに徐々に記憶が薄れていくんだ。


 おれは霞と出会った。

 顔、髪型、それがよく似ている霞と出会った。


 霞はあの人と似ていると思っていたけども、本当にその人の転生した後の姿だった。

 霞と過ごすことによって、あの人の仕草、匂いが、また、思い出されていくはずだというのに、時間の経過が許さない。時間が経過するたびに俺の脳細胞は、その一つ一つを忘れようとしていく。


「タツヤ……。」


 でも、いい。

 俺も人間。長く生きてれば、いずれは、脳も劣化する。

 仕方ないんだ。


 自分は、この何度も転生を繰り返した期間を、この昔の記憶にずっとしがみついていた。

 孤独な自分には、この記憶に、どんなに助けられたことだろうか。

 だけど、今は、目の前にいるじゃないか。本物が。


「それも、大切な思い出。だけど、時がたてば、思い出は薄くなる。それよりも、思い出の人よりも、今を大切にしたい。今、目の前の人を大切にしたい。」

「タツヤ…、」

「霞…、」


 俺たち二人は互いに抱き合った。もう、力など残っていなかった。

 もう、十分に生きた。


 自分にとってはもう何度も経験した転生、そのどれもが孤独でつまらない世界。ただ、時間の過ぎるのだけを待つ世界だったというのに、今回の転生の世界は、密度が濃すぎた。

 そんな密度が濃いなんていう陳腐な表現では、表現してはいけないのだろう。


 こうして、霞を、好きだったあの人を愛でることができた。なんて幸せだったんだろうか。


 目の前の視界が徐々に白くなっていく。そして、霞の瞼も徐々に閉じようとしている。

 自分の余命と霞の余命が、もう、ほんの数刻しかないのがわかる。


 本当に霞には助けられた。感謝しても感謝しきれない。あとアリエルにもだ。

 最初はただの隣人というか、隣人とすら気づいてなかったが、まさか、こんなことになろうとは思いもしなかった。


 あぁ、神よ。転生の神よ…。

 再び、転生の世界を繰り返すのであれば、霞と共に次に世界へと旅立ちたい。それは、贅沢というものだろうか。


「霞、ありがと。霞には、感謝している。ただ生きるしなかった俺に、活路を見出してくれた。」

「何言ってるの。あたしも、あんたには感謝しているのよ。まぁ、思ったより金は稼げなかったけどさ。いろいろと助けてくれてありがと。」

「こんなときに金の話か。十分に稼げただろ。」

「ふふっ、いいじゃないの。」

「なぁ。俺たち。もう死ぬんだよな。」

「そうね。そこまで死神が迎えに来てるわ。」

「天使の間違いだろ。」

「ごめん、そうだった。」

「もしさ、次の世界に転生するんだったら、――――と一緒に転生したい。」

「バカ、あたしもさ。」

「なぁ、一緒に行こう……。」

「そうね……。」




 人にはどれだけ長く生きようとも、必ず寿命というものがある。

 彼らは、この世界で100歳を超えて生きた。

 それは仲睦まじく生きた。

 この世界で100歳を超えて生きるのはなかなか珍しい部類なのかもしれない。


 だが、俺たちも寿命には逆らえない。

 日に日に、足腰が衰えていくのが手に取るようにわかる。

 徐々に目の光が衰える。

 周りの音が聞こえづらくなる。


 そして、ある日、その日が訪れた。

 たまたま訪れた宅配便の配達員が発見したらしい。

 ちょうど俺たちは、二人で抱き合うように亡くなっていたそうだ。

 老衰だそうだ。

 その配達員が言うには、まるで幸せそうに二人で抱き合っていたそうだ。


 そういえば、何度も何度も転生してきたというのに、こうして見事に寿命を全うしたことなど初めてなのかもしれない。

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