08
“あの卒業式典”から二日。
あんな騒ぎを起こしたから当然、式典は史上初めて延期となった。
その場で騒ぎを起こしたキースとカレン、および取り巻きは拘束され、全員が“オラシオン元修道院”へ収監されている。キースとて例外ではない。
この修道院はクーデターが起きた際、王族を裁判にかけるまで、また刑の執行まで監禁していた施設だがこれを契機に牢獄へと姿を変えた修道院である。
他の塔よりも広く大きいがしかし低い建物が中心にあり、ここは看守をはじめとするここの管理運営をするすべての人間が仕事をする場となっている。そしてこの左右には高くそびえる塔が建ち、ここが牢獄。男女それぞれ別の塔へ収容されていた。
他にも牢獄もいくつかあるが、ここオラシオン元修道院は有料だ。
払った額によって収監される部屋と設備が変わる。
ちゃんと支払えば家具もついているし──支払った金額によっては持ち込む事さえ可能だ──支払った金額によっては仕事はもちろん、読書など趣味の事まで出来る独房に入れる。
しかし、これは収監される人間に対してそこまでの金を使っても良いと思うからこそ出来る事で──仮に家のプライドのためだったとしても──、貴族や裕福な商人などでなければこのような独房に入る事は出来ない。
あとはある程度払える人間が入れる簡易的なものとはいえベッドもある雑居房と、何も払う事が出来ない人間の入る最低ラインの雑居房の二つがある。
最低ラインのそれは塔の地下に存在しておりオラシオン元修道院ではあまり活用されていない。ここよりももっと“牢獄”らしい牢獄があるので、そちらが埋まってしまわない限りここのそれは利用される事はないのだ。
さて、そんな有料の牢獄オラシオン元修道院に入った彼らだが、キースを除く全員が中程度の雑居房へ入っている。
流石に王子であるキースを雑居房に入れる事は出来なかったが、それでも元ある家具だけの房なので快適かと問われれば首を振るだろう。
そして彼らは今日、簡単な湯浴みをさせられると王宮の審議の間へ連れて行かれた。
裁かれる立場の人間としてここへ入る事に全員が騒いだが近衛騎士たちの眼光の前には沈黙し、それを見計らって国王陛下に王妃殿下とアーロン、そしてアンジェリカとその父親、その場にいたという事でノアと父ランベールが入室。
それぞれ相応の場所に座り、彼らと対峙した。
「さて、お前が叩きつけたこの書類だが」
前置きもなく国王はそう言い、あの日ホールの床にキースが叩きつけた書類の束を掲げる。
「お前は、お前が王子である事を理解しているのか?私が頭が痛い」
「な。どういうことですか!!?」
キースは目を見開き叫ぶ。
裁く人間はそれでも座り心地を考えたものに座っているとはいえ、机や椅子、そうした最低限のものしかない。
広く冷たいこの部屋の空気を散らすように、キースの声が四方へ散らばった。
「お前にも、そして婚約者たるアンジェリカ嬢、当然ながらアーロンとその婚約者バグウェル伯爵もだが、全員に王家、私が直々に任命したものが護衛及び、婚前の今は“監視”としての役割も担った者が数名ずつついている」
「それくらい、知っています」
「いや、お前は理解していない」
静かだが威圧的な声にキースがたじろいだ。
「私が任命するのは『どんな権力にも負けず真実のみを私へ伝える人間』だ。こうした事に長け、建国以来その力を発揮してくれているある家にそれを担ってもらっている。その人間が、お前にもアンジェリカ嬢たちにもついているのだ」
「ですから、解っております!」
「解って、これを出したのか!!!」
ビリリと皮膚が痛くなるような音声には、この声を向けられているわけでもないノアも縮み上がりそうになった。
「ここにあるのはすべて、お前たちが作り上げた冤罪ではないか」
「そんなわけありません。カレンがそのように言ったのです。そのものたちはアンジェリカの都合のいいように証言しているだけで」
冤罪ではない、と言い募ろうとした声は喉から出てこなかった。
「いくつかは、お前と共にそこな女に無能にされた男らの婚約者たちが、思い余ってした事と調べはついている。彼女たちはそれぞれ一週間の謹慎とひと月孤児院での奉仕を沙汰とし下してある」
「カレンに対しあれほどのことをしてその程──────ッ」
キースが反論すべく空いた口を途中で閉じたのは、国王の視線がキースに突き刺さったためにだ。あまりに鋭く威烈なそれを受け、黙らざるを得なかった。
「彼女たちのした事は“過ち”だろう。しかしそれはすべて、その女に“手籠”にされ、本来ならば支え合わなければらならない婚約者という大切な存在を、婚約という家同士の契約を、蔑ろにしたお前たちが原因だ」
学園という“子供たちの王国”でいかように振る舞おうと、本物を前にすれば何も出来ない。彼らは今の今まで、もしかしたら今も、自分達が一番であるという思いを持っていたのだろう。
国王の鋭い、普段の国王からは想像もつかない鋭い視線に、ようやく卒業した程度の青年たちは身動きも取れなくなった。