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「本当……アーロン王子殿下はノア様を大切になさってるわよね」
「羨ましいわ。あのお二人に憧れずにはいられないじゃない?あのような関係になれるといいんだけれど。私も今更態度が変えられないわ」
「そうよねえ。でも、気持ちの問題よ、きっと。私なんて、こっちがいくら歩み寄っても向こうはいつも枕詞は『君は親に決められた婚約者だから』から始まるのだもの。お互い様でしょ?自分ばかり可哀想ってされてもねえ」
と女子生徒の声や
「やっぱり婚約者と歩み寄るべきだと思ったよ。俺も考えを改めようと思って……王族だからとかそう言う問題じゃないんだよな。相手を思いやる気持ちだったんだよ」
「ノア様の様にいつもニコニコ笑っていれば考えだって違うって言ったらさ、「それはあんたの力量と態度の問題でしょ」って。その通りだなってアーロン王子殿下を見ていて実感した」
「そうだよなあ。向こうだって同じく家のためだっていうのに、自分は哀れだなんて悲劇の男みたいに酔ってたんだよなあ……我が事ながら自分に引いたよ」
なんて、婚約者との関係を改善しようと思う様になった、と言ったような声が広がったりしていた。
アーロンとノアが入学してひと月、七彩月から雨雷月に変わっている。
名前の通り雨と雷が多い月で、学園に向かう馬車もいつも以上に渋滞を起こす。
だからこの時期だけ寮生活をする生徒もいて、なんと王太子妃となるキース王太子殿下の婚約者アンジェリカは一年次からこの雨雷月から翌月の雷鳴月が終わるまで寮生活をしている。
アーロンとノアも勧められたのだけれど、ノアは「マリアンヌが寂しがると嫌だな」と、アーロンは「ノアがいないならなあ」と、それぞれの理由で二人は寮生活を選ばなかった。
ノアのクラスメイトである友人は軒並み全員寮生活で──金銭的問題もある生徒もいるが、「通学時間が短ければ短いほど魔法を勉強出来る時間が増える!」という理由も大きいそうだ──その中でも特に平民である友人たちは「こんな経験、公爵家のお坊ちゃんで王子の婚約者なら、今後絶対にできないよ」とアンジェリカとは違うアプローチで誘われたが、彼らのお誘いよりもマリアンヌを選んだノアである。
「ノア、迎えに来たよ」
ノアのクラスを覗き込んだのはアーロン。後ろにはちゃんとトマスがいる。
授業時間以外──例外として校外での授業は傍に控える事も可能となっている──は従者や侍女を傍に控えさせる事が可能で、ノアもアーロンもそうしていた。
ノアの従者エルランドも実はトマスの横に控えているのだが、ノアの場所からは死角になっている。
トマスとエルランドもなかなかの美形なので、女子生徒や彼女らと学園に来ている侍女には目の保養らしい。
保養以上を狙う者もいるらしいのだけれど、こんな場所で王子殿下とその婚約者の従者に言い寄るなんてバカな事をする人間は今のところ居ない。
「アーロン様。待ってて、今行きます」
立ち上がったノアは机の上に出ていた教科書とノートを“パッ”としまった。
“パッ”というのは素早さを表した擬音ではなく、ノアの作った空間にそれをパッと消す様に収納したという事である。
魔法科はこの、教科書など授業で使用する程度のものをしまう程度の“小さな空間魔法”を覚えるのが一番最初の授業。魔法科の生徒はここに教科書など、学園で利用する全てを収納する。
これを日常で使い続ける事自体が、授業の一つとなっていた。
あまりに大きなものをしまう場合は、魔道具のマジックバッグを利用する方が魔力も減らないし精神的負担もなく優しいのでほとんどはそちらを使う。しかし魔法科の生徒たるものは、自分の勉強道具くらいこれで常に管理する気合を見せろという、意外にも体育会系な感じの趣旨なのだ。
ちなみにアーロンはこれを聞いた時
──────ノアの場合は精霊が気を利かせて、とんでもない大きさの空間を作ってくれそう……そして負担ゼロが叶いそう。
と思ったとか。これは想像ではなく事実となり得る事なのだけれど、精霊は精霊なりに気を使うのか、今のところはノアの実力で空間魔法を使っている。
ただし、ノアは彼自身が思っているよりも魔力が豊富にあるので、負担自体はかかっていない様なものなのだけれども。
「今日はガゼボでお昼を食べよう」
「うん」
顔を見合わせ頷き合う可愛らしい二人を、それぞれの従者は微笑ましく──とはいえ、表情には出ていないけれど──見守り、周りの生徒たちは憧れの眼差しで見ていた。
政略結婚だのなんだのと言って反抗するかのように相手を罵ったり知ろうともせず、ただただ自分勝手に距離を開け、そのくせ相手は自分を知ろうとしないと激怒する。
二人を見ていると、そうした行動が心底子供のようで、またバカバカしく感じ、二人のおかげ──────いや、影響で、学園に通う1、2年生たちは随分と変わったそうだ。
こんな状態は我慢出来ないと親に訴えたものもいるし、変わろうと努力して謝罪を重ねているものもいる。
どうしたら自分達の仲は改善出来るだろうかと考え、難しいとなれば親にも相談し、円満に白紙に戻した婚約者たちもいるようだ。
“王族と公爵家嫡男の政略結婚”を目の当たりした彼らは、政略結婚から愛が生まれるなんてありえないと声高に言い、だから自分は真実の愛を見つけるのだと言うあり得ない事が、真実あり得ないと認めざるを得なかったと言うものあるのかもしれない。
確かに、貴族の中には──そうではなくても──冷え切った夫婦もいる。だから政略結婚となる自分も当然そうなると思っていてもおかしくはないのだろう。
だが、自分はそうならないかもしれない、そうなりたくない。その気持ちを持つ様になったものも、確かにいたのだ。
そして彼らのおかげで随分と1、2年生たちのうち、そういう事で悩み苦しんでいたものたちは変わっていた。
もちろん、結果自分の行いで婚約を破棄となったものもいたけれど、それでも彼らは『真実の愛』について深く考えた事だろう。




