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マリアンヌ。今すぐにわたくしを、わたくしと同じ気持ちで好きになってほしいなんて言わないわ。家族愛を持ってもらえるだけでも嬉しいの」
「あ、あ、でも、でも、わたし、あの、でもその……えっと、わたしよりもアンジェリカさまのほうが、きっとその、素敵な公爵様になれて、その、ムコイリなんてもったいないから、その」
混乱してイントネーションも怪しい俯いたマリアンヌの手を、アンジェリカがそっと握った。
「わたくしは、女公爵となるマリアンヌを、マリアンヌが大好きなミューバリ公爵家を、マリアンヌの大好きなお兄様であるノアが帰ってこれるミューバリ公爵家を守りたいと思うあなたを守って、ここを一緒に守りたいの。わたくしにも守らせてほしいの。好きな人が、幸せに笑う顔をわたくし、ずっとみていたいの」
「わたしといっしょに、アンジェリカさま、まもってくれるの?」
パッと顔を上げたマリアンヌにアンジェリカは大きく頷いた。
その様子はその辺りのお坊ちゃんたちよりも男前だ。こうした雰囲気に学園の女子生徒は「アンジェリカ様……」とうっとりしていたのだろう。
しかし顔を上げたマリアンヌの目は先ほどとは少し違っていた。
(お兄ちゃんの帰る場所を守りたいって、初めて言ってもらった……)
マリアンヌはチラッとノアを見る。
病弱だった時、毎日毎日礼拝堂で祈りを捧げてくれた兄ノア。
王子の婚約者になって泣きたい事もあったに違いないのに、マリアンヌに会う時は笑顔ばかりで苦しさなんて一つも見せなかった兄がマリアンヌは好きだった。
どんな時だってをマリアンヌが家の中で明るく過ごせるように、いつだって明るくしてくれた兄。ノアがいたから健康にもなれた。
“おうきゅうはわるいひともいる、ちみもうりょうのふくまでん”
この言葉の意味を当時さっぱり解らなかったが、兄のいる場所が怖い場所である事は幼いながらに察した。
──────お兄ちゃんがが疲れ切って泣きたくなった時、安心して帰れる場所であるこのミューバリ公爵家を自分が大切に守るんだ。病弱の自分を守ってくれたように、私はここを守るんだ。
マリアンヌがここを継ぐと決めた理由の一つはこれであった。
今までマリアンヌに媚びてきた人は皆、“公爵家を守ろう”としてくれる人はいなかった。そんなふうに感じる事も出来なかった。
幼くてもマリアンヌは聡明だ。まだ子供だからこそ見える事もある。
憧れの人が自分の思いを汲んで、喜んで助けてくれる。
マリアンヌは嬉しくてポロリと一粒、涙をこぼしてしまった。
これに慌てたのはアンジェリカだった。
珍しく本当に慌てている。
急いでハンカチを出して頬にそっと当て、顔を覗き込んで「やっぱり同性に突然言われたらいやよね。どうしましょう。もっと穏やかに距離を詰めるべきだったんだわ」と早口で独り言を言っている姿なんて、一生お目にかかれそうにもない。
「アンジェリカさま、私、お母様とお父様みたいな、お兄様とアーロン殿下みたいな、そういう夫婦になりたいんです」
ランベールが空気を読まず「ノアと殿下はまだ夫婦じゃない」と小声で突っ込むが、全員完全に無視した。
アンジェリカは美しい顔で美しい笑顔を作った。
「わたくしもそういう夫婦に憧れているの。わたくし、めいっぱいマリアンヌに愛を示すわ。さっきの『家族愛を持ってもらえるだけでも嬉しい』も撤回するわ。わたくし、わたくしと同じ気持ちで好きになってもらえるように、めいっぱいマリアンヌに愛を示すわ。そしてマリアンヌの理想の夫婦になって、一緒に幸せな家族を作って、ここを大切に守るって約束するわ。それが守られているかどうか、ずっとずっと厳しく見ていてほしいの。マリアンヌ、わたくしとゆっくり愛を育ててくださらない?わたくしの婚約者になってくれないかしら?」
情熱的な告白にマリアンヌはアンジェリカと視線を合わせて「はい、お願いします」と言って頭を下げた。
「ああ、とってもうれしいわ。わたくし、かならずマリアンヌ、あなたを幸せするわ」
はしゃぐように言うアンジェリカは本当に嬉しそうで、ノアは自分の事のように嬉しくなった。
大切な人が大切な妹を幸せにしてくれる。大切な人がそれを幸せだと言ってくれる。
こんなに嬉しい頃を喜ばないなんて事は出来ない。ノアだけじゃなく、大人もみんな嬉しそうな笑顔を作っていた。
ランベールだけ、なんでこんな事になったんだろうか、と頭を抱えていたけれど、それでも顔は嬉しそうだ。
部屋の中が眩しいほどに輝いているのを、エルランドが目を細め見ていた。